七福神日誌63

九時起床。
ガジュマルが枯れている。
小さな葉っぱが赤くなってねじれ、こげたような見た目。寒くなってきたので油断して、そういえばしばらく水をやらなかった。
命尽きてしまったか、それとも紅葉みたいなもので、また春には緑を取り戻すのか。
水をやりつつ、気長に様子をみたい。
十一時前にバルチカに出勤する。
今日は三味線の野中師匠の命日。
さらしを巻いて、玄関の宝船の手ぬぐいに手を合わせる。
これはいつだったか、野中さんがくれたもので、七福神バルチカ店の開店から額に入れて店に飾らせてもらっている。
京都に住んでいた頃は、冬はいつも野中さんの家でモチを焼いて過ごした。しょっちゅう大勢で押しかけて、夜中まで酒を飲んだ。
禄丸さんが三味線を弾いて、俺は落語をやって、熊野寮の妙な学生たちがその周りで、中島らもやバタイユの話をしていた。
野中さんはコタツで丸くなって寝たり起きたりしながら、時々、「おきばりやす」といって誰彼かまわず殴りつけたり、締め技をかけたり、俺たちは驚いて逃げ回りながら、たまに反撃、やがてつかまってぼろぼろになり、みんなでクタクタになって、明け方のあじき路地を歩いて帰った。
寂しい。就職で妻と京都を出る時に、いつかまた京都に住みたいねと話した。いざこっちへ帰ってきても、たまに集まる野中さんの家がないので、なかなか京都の方へは足が向かない。
「おきばりやす」が口癖の野中さんの告別式では、THEイナズマ戦隊の「応援歌」が流れていた。
今日はその歌をかけて、のれんを揚げ、営業を開始する。
すぐに満席になった。

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