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ちょっとは世の中の役に立つことを……

【コストから逃げ続けた果て】
学生の頃に劇団を旗揚げした。当時は劇作家を気取り、深夜のファミレスでドリンクバーをガブ飲みしながら、熱に浮かされるように台詞を書き連ねていたものだ。その後もプロライターを称し、若さにまかせてシナリオや小説を書き散らしてきた。
 幸いなことに、僕の書くものは「売れる」程度のクオリティは備えていたらしい。実際にそれなりに売ってきたし、いま現在もそれで生活している。だが、振り返ってみれば、結局は自分が「オモシロオカシイ」と思ったものしか書いてこなかったなと……そんな風にも思うのだ。
 文章を捏ね上げるのは、多大なコストを要する作業だ。脳細胞をすり減らし、椅子に貼り付いて一文字ずつ「命」を削り出すようなものだ。こんな疲れる行為にコストをかける以上、自分が面白いと思えないものを書くなんて道理に合わない。気の向かないテーマについて書くなんて、不毛な労働でしかないだろう。

【ストーリーテリングという名の病】
 だが、たまには違うことをやってみたいと思うこともある。世の中には時事問題やら経済評論やらを鋭く解説し、キュレーションサイトで注目を集めるようなライターがごまんといる。
 僕だってライターだ。しかも、けっこう長くやっている。「神の見えざる手」がどうだとか、「量子もつれ」が人類の意識をどう変えるかとか、人様を啓蒙するようなお役立ち記事のひとつも書いていたって不思議はないはずなのに。
 しかし、僕の中にいる「僕」という厄介者が、それを頑なに拒んできた。彼はストーリーテリング以外に一切の興味を示さない。「趣味に合わない」だの「コストに見合わない」だのと駄々をこねるのだ。
 教養を深め、社会に貢献する、そんな崇高な美学を理解できないわけではない。だが僕の指先は、不条理なユーモアや滅びの美学を含まない「非物語」、そうした文字列を打ち込むことを頑なに拒絶してきたのだった。

【素直で勤勉な「もう一人の僕」】
 ところが時代は変わった。今はAIさんがいる。僕がこれまで書き散らしてきた、山のようなシナリオや小説――それらは僕の思考の癖、文体の歪み、そして執着を積み上げた、いわば情報の貝塚にほかならない。
 こいつをAIさんに食わせればどうなるか。答えは明白だ。ネットワークの彼方に、もう一人の自分を作り出すことができる。しかもその新しい自分は、僕のように「あれはヤダ、これは書きたくない」なんて不遜なことは口にしない。誠実かつ勤勉に、僕の文体を模倣して文字列を出力し続ける。
 わがままな劇作家の魂を宿しながらも、命令ひとつで経済評論から科学記事までを書き上げる「オモシロライター」の誕生である。

【量産される「お役立ち情報」】
 これから僕は、「僕であって僕ではない」もう一人のライターを駆使して、世の中の役に立つ記事を量産していこうと思う。
 難解な量子力学も複雑な国際情勢も、「僕」というフィルターを通せば少しはオモシロオカシく変貌するだろう。老い始めた脳細胞と、腱鞘炎で痛む手指を酷使することなく……。
 これは僕なりの静かな革命なのだ。読者諸氏には乞うご期待!

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