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『お父さんの代わりはいないんだよ?』と言われて私は年収500万を捨てました。

こんにちは、無職です。

私は今、もう社会的には、なんの肩書きもありません、
全部投げ捨ててしまいました。
今回は、もう思い出したくない当時の心境と状況を記録しておこうと思います。

もしかしたら誰かの役にも立つかもしれませんしね。


以前の私は、仕事、仕事、仕事、で、
朝7時前から、夜は9時過ぎまで家を空け、
ろくに家族と会話も出来ていませんでした。
しかし今私は毎日、妻と娘の顔を見ることができます。毎日ちゃんと会話も出来ます。

会社辞めるの、怖いよ怖いよと怯えていましたが、

無職になった今、意外と静か穏やかで、幸せです。

しかしそろそろ傷病手当金も終わります。こんなに長い間保険金をもらうとは思いませんでした。
無職になって6ヶ月、
引きこもりになって丸1年経ちました。


1年前、私は限界でした。
仕事中は視野がとても狭く暗く感じたり、
立ち止まって時々大きく深呼吸をしないと動けなくなっていきました。
何か判断しようとする時に、
いちいち脳みそがヒヤーとなって、
意識が遠のいて、
とにかく何をするにも不安になり、
怯えていました。

どんどん仕事も遅くなり、
同僚の前では冗談ぽく振る舞っていましたが、
なぜだなぜだ、私はもっと出来るはずだと、
焦れば焦るほど空回りして、泥沼に沈んでいくようでした。

そしてトラックを運転しながら、
荷物と共に川へ突っ込んで楽になろうとか、
ここではないどこかへと向かおうとしていました。
全身に蕁麻疹が出ても、震えながら働いていました。

気合いが足りん!と思っていました。

が、そう長くは続きませんでした。


それでも辞められなかったのは、「お金」への執着です。
こんなボンクラでも年収500万。

もしあのまま仕事を続けていたら、
資産は2000万3000万となって、
5年後くらいにはサイドFIREしてたはずなのに…
しかし、妻に言われました。

『資産っていうかさ、フツーに死んでたんじゃない?』



それから当時、

ヤスマセテクレ ッテ言ウノコワイ
ヤメルノコワイ、ヤメレナイ
ヤルシカナイ、ヤルシカナインダ

って、毎日震えていた私に妻は言いました。

『いいから休めって!嫌なら辞めていいから。
残念だけど、会社でのあなたの代えはいくらでも効くから大丈夫!
でもうちでのお父さんとしての代えは効かないんだよ!?』



それから、娘も言いました。

『お父さん!
よかったじゃん夢が叶うんじゃん。
だってお父さん、
仕事辞めたいって言ってたじゃん!』



当時の私はストレスのあまり、
子供にも必要以上にキツく当たっていました。
むしろ八つ当たりしていました。

私が声を出すと、子供がビクッとして怯えるようにこちらを見る様になっていました。

今は仲良しになりました。
お父さん優しくなったね、と言われます。
辛い思いをさせてたんだなあと苦しくなります。

あのまま仕事を続けていたら、
金は確かに増えていたでしょうが、
子供にトラウマを植え付け、
親子の関係性は修復不能になり、
夫婦の関係もぶっ壊れて、
ほんで私ももっと酷い精神状態になってたでしょう。
捨てられて、ひとりぼっちになっていたかもしれません。

私が逃げることができたのは、
投資で得た多少の金融資産と、傷病手当金があったからです。
金は、死にそうな時に「逃げる」という選択肢をくれました。


何が最善だったかはまだ分かりませんが、
社会不適合者であること、脱落者であることを受け入れたのは、
あれはあれで良かったのだと思います。

もし今、あなたが辛くて逃げたくて、でも逃げられなくて震えているなら。
逃げても大丈夫です。
少なくともここに一人、逃げて生還した人間がいます。
あなたの代わりは、会社にはいても、あなたの人生にはいないです。

と言っても私、総資産はマイナスなので、
まだまだ、お先は真っ暗です。

でも逃げてよかった。
生きててよかった。


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