こどもには可能性しかないんだな〜っと思いつつ、昔を思い出す。
こんにちは、無職です。
私は無職ですが子供がいます。
架空の話ではありません。
妻もいますし、ちゃっかり借金もあります。
私はほぼ引きこもりで家にいるので、
家事はもちろん全て私がやりますし、
子供との時間が、以前では考えられないほどたくさんあります。
これは無職になってみて、一番のメリットだと感じます。
日々関わって眺めていると、
子供って可能性しかないんだなあ、
と、しみじみ思います。
まだ頭の中が空っぽというか、無色で染まらないというか
なんでも吸収して自由に表現できるんだなあと思います。
うちの子は動物が好きで、動物のお医者さんかお世話をする人になりたいんだそうです。
ペットの鶏たちのこともよく観察しています。
3羽の性格の違いをちゃんと見抜いているのには感心させられます。
コッコちゃんは優しくて、
コーチンはまねっこでいじわる、
オウハンはバカだけど一番の仲良しだと言います。
よく庭で追いかけっこしています。
一方で、学校では保育園にはいなかったような、
嫌な子が沢山いると言っていて、
なかなか苦労しているようです。
時々、学校帰りに疲れて昼寝をして起きると、
30分くらい、限界まで大きな声を出して泣き喚きます。
心配になる程大泣きするので、
以前はどうしたどうしたとアタフタしましたが、
それがこの子の感情の処理の仕方なんだなと、
今はそっと見守っています。
無職になって余裕ができたのでしょうか、
私はいい父親になったなと思うわけです。
私も幼い頃、こんなふうに接して欲しかったかもなあと、
あるとき己の幼少期を思い出しました。
私は感性豊かな、多感症の子供でありましたので、
まっすぐ伸びた線路をひたすら歩いてみたいと言ったり、
夕焼けの寂しさに憧れていたことや、
ゆっっくりと変わる雲の形にワクワクしたりしていました。
そんな幼い私の感性を、
父はいつも
「普通のことを考えろ」
と、冷たく塗りつぶしました。
「稚心(ちしん)を去れ」ともよく言いました。
「男のくせに家事を手伝うな」
「男なんだから猫を可愛いと言うな」
「男なんだから喋るな」
ともよく言いました。
そしてときに反論すれば、
「お前のいうことは全部屁理屈だ」と言われました。
いま思い出すと、ひでえ親です。呪いですよね。
いま私が親になってみて、
アレはないよなと反面教師としています。
こんなに自己否定的で自信がなくて他人の評価を恐れているのは、
そんな背景が関係しているのかもなと決めつけたら、
ちょっと生きるのが楽になりました。
私は日頃、子供にはできる限り目線を合わせて、
しっかり話を聞き、尊重するようにしています。
そうする時、私は娘を通じて、
幼い私自身を慰めているような感覚を覚えるんです。
おかしいでしょうかね。
冒頭で、子供には可能性しかないと言ったけど、
実は大人も、私のような無職も、
もう、終わっちゃったなって気がしているだけで、
まだまだほんとは、可能性しかないんだろうと思います。
頭を空っぽにはなかなかできないけど、
できるだけタコのように猫のように、
柔軟で自然体でいたいものですなあ〜〜・・・っと。
