雨の日の珈琲 ⸻10gの贅沢。
不思議と吸い寄せられるように立ち寄った一軒の店があった。駅のバス通りに面したその店には「雨の日の珈琲」という丸っこい字体の看板が立っている。
店の中には眼鏡をかけた、小綺麗な男性店主が一人で珈琲を焙煎しており、店の外まで甘くて苦い香りが鼻を掠めた。特に用事もなかったが呼ばれるようにそっと扉をあけて、私はその店に足を踏み入れた。
酷く疲れていた日だったような気がする。外は薄い雲に覆われて、陽は確かに傾き始めていた。店内にはずらり並んだ珈琲豆が皿の上にちょこんと乗っており、ポップには「ブレンド 雨の日」「ブレンド 夏時雨」と不思議な名称の珈琲が並んでいた。そのひとつ一つが物語の中にいるような不思議な感覚は、洒落たネーミングをのせいだということはわかっていたが、馴染みにない店にうっかりと入った珈琲初心者の私を、ふと場違いな感覚に陥らせた。
店主は「いらっしゃい」といったきり話しかけてはこないし、どうやら私はその場にいることを許されたことに気づき、ゆっくりと、珈琲豆を覗き込んでいると、背後から小汚い風貌の男が店内にずかずかと入ってきた。
「ブレンド雨の日、10g」
「はいはい」
店主はごく当然のように、10gだけのブレンド珈琲を紙袋に入れ、男へ渡した。
「一杯あたり10gなんですか?」
私は店に来て始めて口を開いた。「そうですねぇ。そんなもんです。挽きたてが一番おいしいですからね、そういうお客さん意外と多いんですよ」
珈琲の本質を知り尽くしたような男の姿は、私の瞼に酷くこびりついていた。
その日から、私は帰宅途中に「ブレンド雨の日」を毎日購入しては、一杯だけの珈琲を飲む楽しみを覚えた。
この雨の日の珈琲を知り得てから、私はすぐに引越しをしてしまい、だいぶ足が遠のいてしまったけれど、広告代理店に勤めていた店主が雨の日にも珈琲を楽しんでもらいたいという、キャッチコピーがそのまま看板になったらしいという話を噂で聞いた。
私は無知であること隠すように、「ブレンド10g」と毎日それだけを話して、珈琲を購入していたが、それで十分だとも思っていた。お気に入りの珈琲をたった10gだけ買うという、非日常。美味しいものを、カップ一杯だけ注ぐ楽しみを、私は知った。もう10年以上昔の話であるが、洋服やコスメを買うことよりも、充実したお金の使い方をしたと今でも思っている。
あの時は現金主義が当たり前で、財布に小銭が入っていれば十分に買える焙煎された10gの珈琲は、私の労働の対価として支払われる給料に見合った使い方をしていた。
今の私は、あの時のようなお金の使い方ができているだろうか。サブスクや、何に使ったかわからないようなクレジットカードの明細を見ては、浪費という言葉が頭を掠める。
それでも、いまだに、私は朝の一杯の珈琲を注ぐ習慣だけは、どんなに眠くても、遅刻ギリギリであったとしても、必ず守るようにしている。それは、私だけの約束事で、心を落ち着けるただの作業だとして、あの時の10gの珈琲を買いに行く私をいまだに肯定するためでもある。珈琲の苦味は私の1日の始まりで、1日の終わりでもある。敢えて甘味を求めない苦さは、私の人生にはちょうどいい。
今日は、よく晴れていた。心が雨の日だったとしても、珈琲だけは私に寄り添ってくれる。たった一杯の、苦い苦い珈琲。私はそんな苦味と香りを、人生に置き換えて、今日も喉を潤す。
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