歯医者が怖い
無知であることは、
恐怖を掻き立て、想像力を膨らませる。
無造作に置かれた、
目元のタオルは、ちょっと臭い。
この数秒後に何が起きるのか、この先生は、信用できるのだろうか。
タオルの置き方を見る限り、信用できない。
すでに落ちかかっているからだ。
口を開けてください。と言われてから、
わたしは長いこと口を開けて待っている。
足音が遠のいていてから、
長いこと口を開いている。
私は昨日虫歯治療の為に歯医者に訪れていた。
私は看護師。
脳外科、呼吸循環器、消化器、整形、小児科、乳腺、眼科。全ての科をぬるっと働いてきた、
ぬるっとナースだ。
ただ、”歯”だけは、専門外である。
口がそろそろ乾いてきた。
おや、先生どこいった?
口閉じてもいいのかな?
ダメなのかな。
閉じてみた。
しばらくして、口を開けてみた。
小心者である。
開けてくださいと言われたのに、
閉じてやがると思われることに
ビビっているのだ。
パタパタと足音が近づいてくる。
口を開けてみる。
あっ、違う。この足音じゃない。
とっとっとっ、と、足音がする。
あ、これだ。
私は一度聞いた足音は、
だいたい聞き分けられる。
慌てて口を開けた。
ずっと開けてましたよ?と言わんばかりに。
「あ、閉じてください。」と、歯医者は言う。
閉じるんかい。
「開けてください。」
2秒かい。
「麻酔をかけます、ちくっとします」
麻酔をかけます、ちくっとします?
麻酔はどんな種類なんだい?
チク?とは、何に対しての疼痛なんだい?
針で刺すということ?
針の細さは何ゲージ?何箇所よ?
ちなみに、虫歯があると言われている箇所から、とても遠い位置の歯茎周辺がピリピリピリピリ〜と渋い痛みを広げている。
数ヶ月前の、歯石除去では、虫歯もなく綺麗ですね、と言われ、てへ。と思っていたのに、今回2箇所も虫歯が見つかった。
上顎4、5番目。
下の奥歯も虫歯予備軍がいるらしい。
なんでこんなことになった。
「うがいをして、待っててください。」
麻酔の甘苦さを、
急いでぶくぶくし、水をペッと吐く。
歯医者はまたどこかの部屋に消えていった。
慌てて、処置用の機材を眺める。
なんだ、こんなもんか。
機材を見て、なんとなく安心するのは、
医療職の性なのだと思う。
とっとっと、足音が聞こえ、
何もみなかったふりをする。
「では、行きます。」
何を?
「口を開けてください。」
またちょっと臭いタオルが目元に雑に置かれる。
歯が削られていく。
定期検診こられてるので、
神経まではいってませんので……
ごにょごにょ……
痛い。
ひ、ヒィー!!!
鼻先でフンと笑われた。
しばらくなにも食べられないらしい。
私は、あの歯医者の足音がすこぶる嫌いだ。
ちっ
来週、色々な説明をしてくれるらしい。
に、しても、
なんで急に虫歯ができ始めたのだろう。
私は会計を済ませて、
歯医者の周辺を散策する。
「富澤商店…?」

ご飯のお供のラインナップがすごい。
オニザキノキンゴマカツオの瓶詰が異様に多い。
一通り全部パトロールし、私は目を奪われる。

ピーナッツきな粉クリーム…!!!
即買いする。
虫歯の原因は、これかもしれない。
レジ袋いりません、
と言う口元が、麻酔で全然開かない。
えっ?
と言うラリーを何度か繰り返す。
今朝、ピーナッツきな粉クリームを食べようと冷蔵庫を開ける。
パンがない。
私はピーナッツきな粉クリームの味を想像しながら、雨の中を出勤する。
右の奥歯がまだ、じんわりと痛い。
私の服も、ちょっとだけ、臭い。
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