『変態病院』episode10エリ、治療拒否する。《創作大賞2025#お仕事小説部門》
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episode10 エリ、治療拒否する。
ある日目覚めたら、お腹が痛かった。一言で言えば、ズコーンと巨人に蹴り回されている感覚である。ツライ、痛い、怖い。何が怖いのかというと「腹痛」には、無限の疾患に通じるものがあるのだ。
看護師であることを呪った。可能性が多すぎる。「胃腸炎、虫垂炎、胆石、がん、腸閉塞、腎炎…」痛みの中で病名がラップする。
ただ言えることは、どこが痛いのかわからないけど腹全体が痛いということだった。そして、痛みの中で身体をアセスメントした。脈拍が速い。体が熱い。40℃近くの発熱をしていた。
多分消化器系のどっかが炎症起こしている…私は布団から這い出した。今日は、勤務日だ。とは言え、熱源が感染症ではない場合なら、働ける。私はパジャマのスウェットのまま、よろよろと出勤した。
看護師が仕事を休むというのは大きなハードルがある。「体調が悪いです」と言った日には、どこが?いつから?なぜ?内服の種類は?当院でもう一度検査しなおしましょう」と、警察官の如く事情聴取が執り行われるのだ。
他で診察するより、自分の働く病院に行くしかない。選択肢は、一つだった。
「エリ、今日は?どうしたの?」
消化器外科の小久保先生だ。ラッキーだ。
「今朝から・腹痛・鈍痛・全体・発熱40℃・下痢、便秘なし・既往歴・オペ歴なし・朝食とってないっすぅ……」
消えいるように要件だけを伝える。限界だった。採血とCTをとり、診察室に戻る。
「エリ、憩室炎だね。辛かったね。きっとストレスだよ」
小久保先生は、優しい。でも、私には思い当たる節があった。過去1週間の食事を思い浮かべてみる。思い出す限り、ラーメンしかない。原因はきっと暴飲暴食…。あえてその点は伏せておいた。不思議なもので、原因がわかると痛みも和らいできたような気がする。
「4B空いてるから、入院しなよ」
「……!?……」
自分の働く病棟で入院ですと!?
むりだ…
こんな辱め…先輩や後輩に看護される…
消化器外科の頑固ジジイの医者からの診察…
ありえない。しかも、このCTの結果も採血結果も見られてしまう。いやだ、裸を見せたほうがマシである。私は長めに息をつき、まっすぐと小久保先生の目を見て言った。
「嫌です」
治療拒否である。
「え?エリわかってる?炎症すごく上がってるよ?熱も高いし、一人暮らしでしょ?」
でも、私に迷いはない。腹はめちゃくちゃ、痛い。頭もフラフラする。でも、私は負けない。
「具体的な治療方針の提示を」
私は背筋を伸ばした。武士のように。
「基本的には抗生剤の点滴を一日2本。あとは消化にいいご飯を食べること」
キュピーン。チャクラが開いた。
「要するに、朝、夕の抗生剤の時間に合わせて外来にくればいいということですね?」
「え、エリ帰る気?彼氏もいないでしょう?」
「くっ…いらん情報を…おりませぬ。帰ります。こんなところ、居たら…ストレスで余計腹痛くなります」
私は静かに泣いた。
小久保先生も項垂れる私の肩を叩いて、帰る許可を出してくれた。治療という名の切腹の回避に成功した瞬間だった。
──おだいじにね。と一言残して。
病院の外に出ると太陽が随分と昇っていた。痛み止めのおかげで熱も腹痛も少し軽くなっている。
私は家に向かって歩き出す。
病気にもなるし、嫌なこともある。一人だって気楽だし、寂しさが心地いいこともある。
看護師だって人間なのだ。
たまには、泣きながら逃げてもいい。
……それでも、私は諦めたくないのだ。
──塩ラーメンなら、いいよね?
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