怪談マンスリーコンテスト2026年5月期応募作品『集水枡(しゅうすいます)』 (お題:箱に纏わる怖い話)
中学生の頃、通学路の途中に、小さな空き地のような場所があった。
近所の人が勝手に菜園にしているらしく、季節ごとに葱やら茄子やらが植えられていたのだが、その隅に、水色の古ぼけた浴槽がひとつ置かれていた。
雨水を溜めて、農業用水として使っているんだろう。
そう思っていたけれど、浴槽には分厚い板が渡してあって、箱のようになっていた。
その箱のことが気になり始めたのは、梅雨の頃だった。
雨の日、その前を通りかかるたび、板の下、浴槽のなかから水音が聞こえる。
雨垂れの音ではない。
傘にはじける雨音とも違う。
浴槽に溜まった水のなかで、なにかが蠢くような。
がぼ。
ぼこ。
そんな、籠った音が。
最初は聞き間違いか、気のせいだと思っていた。
でも、やはり雨の日だけ聞こえる。
ある晴れた日の放課後、気になった私は、板をずらしてみた。
もしかしたら、鯉などの魚が飼われているのかもしれない。
でも、なかには濁った水が溜まっているだけだった。
深緑色の、もやもやした藻のようなものが浮いていて、底は見えない。
なんだ、やっぱり気のせいか。
そう思って、板を戻した。
けれど、翌々日の雨の日、また音がした。
傘にあたる雨音の向こう、さぁさぁいう雨垂れに重なって。
水底で泡が弾けるような、籠った音が。
傘の柄を肩で挟むようにして、私はもう一度、両手を板にかけた。
傾けた板の、その暗がりの下。
もやもやした薄暗い水底の方で、丸いような、白っぽいものが揺れた気がした……その瞬間。
板が、ガコンと鳴った。
浴槽から滑り落ちそうになった板を慌てて押さえ、きちんと蓋をしないまま私は手を離した。
これ以上、触れていたくない。
角がわずかに開いた浴槽をそのままに、私は帰り道を走った。
翌日。
浴槽は横倒しになっていた。
なかの水は空っぽで、周囲の土が黒く濡れている。
そして、浴槽の開口部からすぐ横の側溝まで、なにかを引き摺ったような跡が続いていた。
見ると、側溝の縁に朝日を反射して光るものがある。
半透明の、薄い膜。
鯉などの鱗のようにも見えたけれど、それよりも薄い。爪を切ったあとに剥けることがある、あの薄皮を大きくしたような。
ぺらぺらと柔らかそうな。
そのとき、側溝の先、交差点付近の集水桝のほうで、
がぼ。
と、重い水音がした。
ふと、そちらに歩を進めようとした私の首に、ひたっと温い水が滴り落ちた。
これは竹書房の怪談マンスリーコンテスト、2026年5月期『お題:箱に纏わる怖い話』に応募したものです。
もう一つ、応募した作品がありますので、そちらはまた後日投稿させていただきます。
