わがまま解釈の、、日本史(14) 🔴大和は遷都?? ´ どこから、、、 ➡スキ💖🙏 ´ 【 南あわじ市 阿万海岸に巨大隕石落下したことが重要な歴史のはじまり 】
プロローグ:上の画像の黄色い〇印は、巨大隕石の落下地点!!!
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わがまま解釈の (13)のつづきです。
2つの天の香具山
大和(やまと)にカモメがいるわけない。
耶麻迹(やまと:『神皇正統記』の記述に従う)には、かもめがいた。
大和は(やまと)うたに歌われているカモメはやはりいない。
耶麻迹(やまと)も大和(やまと)も、天の香具山がある。
( 注意 大和は、奈良県のやまと。 ´ 耶麻迹は、淡路島南あわじ市のやまと。)
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本のやまと と 模倣のやまと
巨大隕石が、淡路島の南あわじ市に落下したと考えているから、
耶麻迹(やまと)がもとで、大和(やまと)が模倣と考えて書いている
大和の三山は模倣したものである。大和(やまと)には、模倣の天の香具山・耳成山・畝山の大和三山がある。 南あわじ市には、もとのやまと三山があったと考えられる。
耶麻迹(やまと)三山のうち、天の香具山は諭鶴羽山と比定した。あとの2つ、耳成山・畝傍山はどこにあるのだろうか。
天から山が降って来た時にできたのが天の香具山でもあるし、うたを詠んだ情景が合うということしかできない。証拠を出せと言われると厳しいものがある。
そして、スケールの大きさや歌の詠まれ方からして、
大和(やまと;奈良)は、耶麻迹(やまと;南あわじ市)の模倣
だとして考察する。
耳成山と畝傍山に合う場所はここだ
耶麻迹(やまと)の、天の香具山は諭鶴羽山。
耳成山は、南あわじ市の西端の湊港から鳴門大橋側を経て阿万海岸西端までの山である。南あわじ市の中央から見ると、山の両端はいずれも海へと落ち込んで海面につながるように消えて見え両耳がないのである。
畝傍山は、残った北側の方面である。南あわじ市の中央から見ると、山というより丘というように低く平らにまるで畝を作ったように長く続いている。
洲本市と南あわじ市の境界線にある山々が畝傍山と言ってよいだろう。
青銅器文化の中心地
松穂銅鐸展があるという。慶野松原海水浴場の近くで地元の人から聞いたところ、銅鐸を見つけて持っている人がかなりいるらしい。真偽は定かではない。ここは、青銅器の生産拠点であったことは間違いがない。
青銅器と言えば、Wikipediaに「中国の青銅器時代は、二里頭文化(紀元前2000年頃)に始まり、殷(紀元前1600年頃 - 紀元前1050年頃)、西周(紀元前1050年頃 - 紀元前771年)、春秋時代(紀元前770年 - 紀元前403年)を経て、戦国時代の初期に鉄器時代へ移行しました。」とある。
紀元前の中国の青銅器文化の時代に、出雲に定着し山越えし瀬戸内海側の吉備から南あわじ市、摂津市、高槻市、琵琶湖南岸を経て、名古屋、浜名湖まで青銅器文化を発展させたグループがいた。
日本語が生き残っていることは、青銅器文化を持った人は縄文人と同化していったと考えるのが自然なのかもしれない。彼らは、技術は上回ったのに縄文人を殺戮して根絶やしにしなかったのは事実になる。孔子の中国の聖帝の時代だったのか。否か。
その中心に巨大隕石が落下したのである。
仕組まれた幻影か台本なのか、あまりにも稀有な偶然か。
確立にすれば、限りなくゼロに近い。
巨大隕石が落下するという地球上のインパクトや気象の変化など起こしたに違いない。
わがまま解釈は、「隕石の落下は、栄えていた青銅器文化に壊滅的な打撃を与えた」とする。 ´ ´ 青銅器文化の中心地のひとつ、南あわじ市が当時の都の中の都だった。そこに落下したとは何という運命か。
遷都と隠された淡路島・徳島県
山跡(やまと;神皇正統記)になってしまった都を遷都したのが、奈良の地だった。 ´ 奈良の地に、かつて都だった「耶麻迹(やまと)」を模倣した。 ´
それ以前の呼び名は、「伊(い)」かもしれない。伊の意味がそれらしい。 ´ 模倣とは「大和(やまと)三山など」がそれだ。 ´ 時代を経て、本家本元の、徳島のスサノウと、耶麻迹(やまと)の名は残せたとしても、本当の事実と実態は忘れ去られ寂れてしまった。 ´ 日本は奈良からスタートを切ったのではない。神武東征が何か合わないのである。隠された徳島と言っていい。 ´ 隕石落下を契機にともかく奈良へ遷都して、 新たな「大和(やまと)」として、 新たな都としての歴史が刻まれた。 ´ 奈良からの時代は現在に近いし、文字文化も進んだので後世に残るような歴史を築いていったのだろう。
他民族の集合地「大和(やまと)」は、 ´ 知性の集合地だからこそ、 ´ 和(やわらぎ)また、和(あえる)よう ´ 努力してきた
「大和」の意味からして、他民族の集合地として集まったからには「和(やわらぐ)」を掲げなければいけなかったのだろう。
日本にやってきた人々は、王族か高い技術をもった集団である。または、母国の戦乱から逃れてきた王族の難民としてだろう。 ´ 高い知性と技術をもった、移民としてやってきてくれた方が、お互いに満足のいく利益になっていたということである。
今日のように、単純労働者でも、金儲けの利害だけのための移民ではないと断言したい。 ´ 悪徳官僚・悪徳政治家・悪徳斡旋業者・悪徳使用者を使って、日本を破壊しに来る。移民を推進する者が、すべて悪徳の内か。 ´ 今の名前をうまくごまかした、悪徳の事実上移民とはわけが違うのである。
経験上、2割を超えて利己的に勝手なことを事を始めると、集団そのものは形を残しつつ深部ではいろいろ問題を噴出させていき、最後には、まじめな人ほどやる気を失い、みんな利己的になり壊れていった。
世界は、どうなるのだろう。
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