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『ギフテッド』と積極的分離理論の再考②

通算300記事到達を記念して、『ギフテッド』と『積極的分離』の情報を再整理するシリーズ記事の第2回です。本記事の目的は、精神神経症試練を経験している人たちに、今置かれている状況の僕なりの分析と、試練を抜けるためのヒントを伝えることです。


積極的分離理論の生まれた時代背景は現代とは異なる

積極的分離理論とはポーランドの精神医学者:カジミュシュ・ドンブロフスキが提唱した『人格成長理論』のことです。

同時期に欲求5段階説を提唱したマズローも『自己実現』という人格成長に向けてのモデルを提示したわけですが

あるがままを受け入れ、自分のポテンシャルを開花させていくことを語ったマズローに対して

ドンブロフスキは『未熟な自己を否定する』ことが成長のために必要というスタンスでした。

これは第2次世界大戦を経験し、複数回に及ぶ投獄、拷問を受けたこともあるなど、共産主義国家で言論統制が敷かれ『自由』が制限されたポーランドで生きたドンブロフスキの人生体験が大きく影響しています。

より善く生きようと自分の信念に忠実に行動したにもかかわらず、その行動が社会的に受け入れられず苦しみました。

ドンブロフスキの生きた当時のポーランドにおいては、『社会に適応すること』と『倫理的に生きること』は相反するものでした。

倫理的な成長をしようとすると、自らの価値判断と社会で求められているものが相反していて、苦しむわけです。

ドンブロフスキは自身の臨床経験を通して、才能を持った人たちが、こうした社会のかかえる矛盾に気付いて苦しむ様子を見てきました。

『倫理的な成長』と『社会適応』が相反するため苦しむ『精神神経症』の状態が

倫理的な成長を遂げるための『肯定的ポジティブ』なものであるという理論が積極的分離理論になります。

ですが積極的分離理論を現代の日本社会に当てはめる時に注意しなければならないことがあります。

現代社会は当時のポーランドとは異なり『倫理的に生きることは善とみなされる社会』であるということです。

社会に適応して生きている人たちが、倫理的でないという訳ではないのです。

ドンブロフスキの論文に感化される人たちの中には、レベル1=悪とみなしてしまう人もいますが、それは間違いなのです。

また、当時のポーランドにおいてドンブロフスキがレベル1とみなした人たちも社会的な制約を受けることで倫理的な成長を制限されていたとも捉えることができます。

現代社会は倫理的に生きることは基本的に善とみなされる社会ではあるものの、多くの人たちが『常識』と受け入れていることが、実はいい結果を生んでいないケースがあります。

その結果、より善い状態を目指そうとする場合に、既存の価値観と衝突するケースが出てきます。

自分自身の価値基準と社会が求める価値基準がズレると、周囲から孤立して苦しむことになります。

ドンブロフスキの提示した積極的分離理論は、そうした内的葛藤を乗り越えて倫理的な成長を遂げる道筋を示したものです。

ですが『積極的分離理論』をそう単純に解釈してしまうと、既存の価値観の矛盾に気付ける人だけが辿る成長モデルということになってしまいます。

僕は積極的分離理論の本質とは

自分自身の思考パターン・人格の構成要素(ダイナミズム)をより善いものへ置き換えていくことによって、精神的な危機は解消されていく』
ということだと思っています。

僕はこれまでギフテッドに関することだけでなく、心を軽くする考え方についても発信してきています。

これはまさしく『人格の構成要素をより善いものへ置き換えていくこと』を促す内容を書いてきていたのだと感じています。

内的な葛藤に苦しむ人たちには『(ギフテッドの)特性だから仕方ない』とあきらめてほしくないな~と思います。

積極的分離(肯定的崩壊)の5つのレベル

前回記事と重複しますが、再度積極的分離の5つのレベルについて整理していきます。

先ほど説明したドンブロフスキの背景を頭に入れた上で5つのレベルを見ていきましょう。

積極的分離の人格成長レベル1~3

レベル1
社会的なルール・慣習などに疑問を抱かずに盲目的に従う
自分の価値基準を(検証しないまま)正しいと思い込んでいる

レベル2
社会的なルール・慣習』
『周囲の思い』『自分の想い』
何が正しいか分からなくなり混乱する

レベル3
自分の内面的な価値基準が芽生え、社会的なルール・慣習にズレが生じて苦しみはじめる。
自分の信じる理想をかなえようとあがき始めるが、『あるべき論』に囚われることで自分も周囲も苦しむことになりやすい。


ギフテッドは『より善い状態を目指す性質』を持つため、人はどう生きるべきか?や生きる意味など答えのない問いと向き合う人が多く、彼らは自身の非倫理的な行動を咎め、自責・自罰感情に囚われるなどして精神的な不調に陥りやすくなります。

そして自身の志す『より善い生き方』が社会の価値判断基準(ルールや常識)と相反するケースが出てきて苦しみは深くなります。

その結果

  • 苦しみから逃れるために社会的な慣習に盲目的に従う道を選ぶ(レベル1への退行)

  • 自分自身を押し殺す『擬態』を選ぶ(レベル2でくすぶり続ける)

  • 自分自身の価値判断に従う(レベル3に進む)

の選択を迫られます。

レベル3とは、内面的な葛藤を抱えながら、周囲と衝突しようとも自分の最善と考える道を貫こうとしてしまう段階なのです。

この時期は精神的な不調のピークになります。

最善を尽くそうとしているのに、結果的に周囲と衝突し、皆を傷つけるという結果になります。

自分を押し殺して皆と合わせようとしても、自分自身の最善を目指そうとする性質がそれを許さないため、それができません。

この状態は前に進むことも後ろに進むこともできない地獄の状態なのです。

また、ギフテッドの中にはこのレベル3において、倫理的ではない状態に陥るケースがあります。

僕自身も通った道なのですが『より善い状態を目指さない人たちを見下し、攻撃的になる状態』です。

社会の価値観と自分を一致させたまま疑問を抱かない人たちのことを許せなくなります。

あるべき論を振りかざしてしまうことで、周囲と衝突して孤立を深め、人から受け入れられないこと・理解者がいないことに苦しむことになります。

僕の場合は、この状態の時に、
『あるべき論を振りかざすだけでは自分の理想は実現できない。協力者の全くいない自分には、理想を成し遂げる力はない。』
と悟った瞬間に、脳がバラバラになるような体験をしました。

ショックで自殺をはかり、精神病院に長期入院することになりました。

退院してから10年以上をかけて『他者から受け入れられ、応援されるような人間』へ自分を育てなおすという道を歩んできて今に至ります。

ギフテッドが精神的な危機に陥いる積極的分離のレベル2・3は、自ら命を絶つケースもある非常に危険な状態です。

才能あふれる若い芸能人が自殺するケースは、この段階の苦しみに耐えられなかったのでは?と思っています。

レベル3での激しい苦しみに焦点が当てられがちですが、『擬態』を選んでレベル2でくすぶり続ける状態も、出口がないだけに長期化すると非常に危険です。

積極的分離の人格成長レベル4~5

このレベル3の状態を抜けて、自分の価値判断を迷いなく実行できるように自分を育てなおしていくのがレベル4です。

レベル3では自分の価値判断を押し通そうとして衝突していたのに、レベル4以降になるとそれが起こらなくなっていくのは何故なのか?については後述するので、先にレベル5について説明します。

積極的分離理論を唱えたドンブロフスキも、それをギフテッドという概念と結び付けたピエコフスキも、積極的分離理論におけるレベル5をマハトマ・ガンジーなどの社会的に大きな功績を残した『英雄』のような人たちとして設定しました。

ですがドンブロフスキの理論をアーカイブとして残しているウィリアム・ティリアーは、周囲との衝突が減り、内面的な葛藤が無くなって、『自分らしい生き方』を貫けるようになった段階が、積極的分離のレベル5と呼んでいいのではないかと提案しています。

『英雄』となった人たちは、『自分らしく生きた』結果周囲がそう評価しただけなのです。人格成長の最終到達点は『英雄』となることではありません。

より大きな善を成そうとする自分の性質を抑え込むことなく自分らしく生きられるようになった時点が一旦のゴールであると言っていいと僕は考えています。

そして『英雄』になった人たちの中には、積極的分離のレベル3の状態すなわち『あるべき論・理想論』を振りかざした段階で、彼らの掲げる理想が社会的なニーズと合致し、受け入れられた人たちであるケースも多いように思います。

レベル3の段階でも『英雄』になり得るのです。

マザー・テレサのような人でも『神が応えてくれない』ことに対して晩年に葛藤を抱えていたようです。

より大きな理想を抱えていたゆえだとは思いますが、こうした『英雄』のような人たちはたとえ倫理的な成長を遂げていたように見えていたとしても、苦しみを抜けた状態をレベル5と規定するのであれば、そこには至っていなかった可能性もあります。

積極的分離(肯定的崩壊)の苦しみを抜けるためには?

【どう生きるべきかの答えが見つからない人へ】

考え過ぎてしまう性質を持っている人たちに伝えたいことは、考えることで自分で自分を苦しめていることに気がつきましょうということです。

考えることは大事ではあるのですが、考えることよりも実践・行動を大事にして、『行動しながら考えて軌道修正していく』ようになると『案ずるより産むが易し』で意外となんとかなることが多いです。

最善の状態を目指す性質があるので、失敗を恐れてしまう気持ちが強くなりますから、幼少期の失敗体験から自分自身に呪縛ロックをかけてしまっていることがあります。

自分自身を縛っているものに気付いて、その縛りを解除していきましょう。解除していけばいくほど、心が楽になっていきます。

リスクを過大評価して、ネガティブになってしまいがちですが、自分を否定することで自分を苦しめていないでしょうか? 

自分や誰かを責めないような物事の受け止め方の引出しを増やしていくことが大事です。

【自分の価値判断に従うことで周囲と衝突して苦しんでいる人へ】

より善い状態を目指すことは、当然いいことです。

ですがそれが『○○すべきである』『○○しなければならない』と自分自身や周囲の人を苦しめることになってはいないでしょうか?

『○○すべき』(『ねばならない』)という考え方は、自分も他者も苦しめる考え方になります。

『○○すべき』という考えに縛られ、自分の本当の気持ちが分からなくなっているのではないでしょうか?

自分の心の声に耳を傾け、その心の声をかなえていくことが大事です。

『○○すべき』から解放され、『自分は○○したい』という気持ちに気付けたなら、その気持ちを周囲に伝えるようにしましょう。

今までの衝突が嘘だったかのように周囲から受け入れられるようになります。

周囲の人たちの想いが届くようになり、自分の価値観が心地よく揺らぐ(拡がっていく)ようになっていきます。

あるべき論を振りかざすことで孤立してしまい、『自分の正しさ』を証明しようとしていたことが、周囲との衝突の原因だったことに気付くでしょう。

世の中には絶対的に正しいものはなく、どのメリットやデメリットに重きを置くかで正解は変わります。

『どっちが正しい・間違っている』『どちらが上でどちらが下』といった二元的なものの見方から解放されていくと人から受け入れられるようになります。

周囲の人たちの想いが届き始め、自分以外の人の価値観に触れることが増えていくと、思考の軸が増えていき、より大きな善とは何かが見えてくるようになります。

自分自身に向けていた批判的思考、自責・自罰思考も緩和されていきます。

周囲から理解されない・受け入れられない・衝突してしまうことで、増幅されていた自己否定的な感覚は、二元的なものの見方から解放されて

『自分も間違っていないし、相手も間違っていない』

ことが分かっていくと和らいでいきます。

自分の気持ちも、他者の気持ちも尊重できるようになり、主張の仕方が相互尊重的アサーティブになっていくと、自分の選択を周囲も尊重してくれるようになっていきます。

同じく自分の価値判断を選択するにしても、反発を受けるレベル3と反発を受けなくなっていくレベル4の違いはここにあります。

レベル4に達すると、自分らしく生きても反発を受けることが少なくなっていくため、精神的な不調から脱していきます

周囲とのコミュニケーションにより、自分の価値観が心地よく拡がり、思考の軸が増えていくことになります。

それを積み重ねていくことにより人格的な成長が進んでいくとともに、生きることが楽になっていきます。

まとめ(次回に続く)

積極的分離(肯定的崩壊)の各段階とその乗り越え方について書いてきました。

ですが人格成長を実現するには、必ずしも精神的な危機を伴う訳ではありません。

パートナーシップ
子育て
自分の老いを受け入れること

丁寧に『より善い生き方』を志して生きていけば、積極的分離を経験しなくても成長はするものです。

ギフテッドは、自らの深い思考能力で自らに試練を与えてしまっているのです。

自分が自分を苦しめていることに気付き、自分の本当の心の声をかなえていくことが試練を乗り越えるために必要です。

次回記事では、『試練を抜けたら見える世界』と『人格的成長は目指すようなものではない』ということについて書いていきたいと思います。
ではまた!

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