最近の記事での「僕が『ギフテッド』と呼んでいる人たち」という表現の意味
前回記事にて『自分がギフテッドだと思う理由は何ですか?』という質問を受けたので、予定を変更して質問への回答を記事にしたいと思います。
僕は最近記事の中で、『ギフテッド』という言葉に『僕が~と呼んでいる人たち』という言葉を意識的につけています。
『呼んでいる』であって『定義している』ではないんですね。『ギフテッド』という呼称に対しては、現代においていろいろな定義がなされてしまっているので、僕が記事を書く上で読者と想定している人たちのことを、僕が個人として『ギフテッド』と呼んでいるという意識でいます。
前回記事でも書いたように、そんな仰々しい呼称は捨ててしまいたい思いはあるのですが、『ギフテッド』というラベリングは、苦しんでいる人たちにとって、灯台の明かりのように皆を導くものになっていますから、そうした人たちの救済に繋げるために僕自身も『ギフテッド』を自称しています。
『自分がギフテッドだと思う理由は何ですか?』という質問に対する答えを書いていきますね。僕が『ギフテッド』という言葉を知った時はIQ130以上という定義が主流でしたし、僕はIQの値が120台なので『ギフテッド』ということを自称することはできていませんでした。
(下位検査の中にはスコア上限に達するものがあったので2Eかも、とは思っていました)
僕が『ギフテッド』であると考えるようになったきっかけは、ひよこ@ギフテッドのみらい様のギフテッドが辿る積極的分離という道についてという記事です。
『積極的分離』という自分の人生がそのまま書いてあるとしか思えなかった概念について書かれた記事をきっかけに、これまでの人生が自分に問題があった訳ではないこと、同じような苦しみを抱えている人たちがいることを知り、救われました。そして積極的分離を経験する人=自分と同じような苦しみにもがいている人たち、を『ギフテッド』と呼ぶのだと信じたのです。
ですが、そうした認識は実は誤解であったと、学んでいく中で見えてきました。
実はこちらの記事シリーズにて、『ギフテッド』の定義が乱れてしまっている歴史的ないきさつを書いています。
積極的分離理論を提唱したドンブロフスキは、歴史的に大きな功績を残した人たちが、精神的な危機を人格を再構成することで乗り越えて、人格的な成長を果たしていることを文献研究にて発見しました。
『積極的分離』と日本では訳されていますが、人格が崩壊してそこから人格を再構成して成長するわけですから、精神的な危機は肯定的なものであるというのがドンブロフスキの理論であって、『肯定的崩壊』と訳す方が原意に近いです。
人格(感情)成長理論であった積極的分離理論だったのですが、ドンブロフスキの弟子的な立場であったピエコフスキが、才能(ギフテッド)教育に適用する形でアメリカで発表したために『ギフテッド』という言葉が拡大解釈されることになってしまいました。
すなわち
『アメリカにおける高IQ児』という定義に
『積極的分離を経験する人』という定義が追加され
それが誤解されたまま広まってしまったのです
日本のギフテッド界隈も、この誤解をベースとしてある意味『発展』してきていますし、僕もその一端を担ってしまっています。
僕には『ギフテッド』なんていう呼称は捨ててしまいたい気持ちがあるのは事実で、前回記事で『異才』と呼ぶ方がしっくりくるな~という話をしたのです。
「僕が『ギフテッド』と呼ぶ人たち」
は広い範囲に及びますが より範囲を狭めて
「こうした人を『ギフテッド』と呼びたい」
という僕の想いについて書いてみます
それは『利他精神を持っている人』です
僕には、IQが高い(アメリカ的ギフテッド)にしても、他者を犠牲にして自分の利益を最大化するような人を『ギフテッド』とは呼びたくはない、という気持ちがあります
自分の利益よりも
全体の利益を優先できる人
他者の気持ちや痛みに共感する能力が高く
人を傷つけたくない もしくは
人の気持ちにプラスの影響を与えたい
という気持ちを持って
それを行動で示していける人ですね
実は肯定的崩壊を迎えている時は、利他精神が自己犠牲的な形で発揮されてしまう人も多い(逆に攻撃的になる人もいる)のですが
そこを乗り越えると
自分らしく生きていてもそれが
みんなにとってプラスで
それが自分にとってもプラスになる
という状態になっていきます
それまでは
自分の大切な何かを皆に捧げるような
苦しみであったものが
他者に与えたエネルギーが
増幅されて自分に還流されていくような
状態になっていきます
僕は苦しみを乗り越えて
こうした状態になるためのヒントを
記事に書いてきていきたいと
考えていますね
自分が『ギフテッド』であると
確信できる何かがあるのだとすれば
自分が苦しみを乗り越えた方法や
苦しみの原因を言語化することで
より多くの人の幸せに寄与したい
という利他精神の高さですね
僕はnoteでそういうキャラを演じている訳では全くなくて、実は表裏を演じ分けられるほど器用じゃないんですよね。
ただ、記事から受ける印象は、会ってみるといい意味で裏切られるかもしれません。面白ジョークばっかり言って、奥さんをいつも爆笑させていますし(冷笑されることもあるけど)、人の気持ちに寄り添う性格と超絶合理的な性格が一切矛盾なく両立している不思議さを感じると思いますね。
以上が質問に対する答えになります
今回はここまで!
ではまた!
【小ネタ】
最近は奥さんに記事を見せて
フィードバックを受けてから
修正して記事を出しています
そのフィードバックが結構厳しくて
なかなかGOサインがでません
(そのままお蔵入りするのも多いです)
先日の奥さんとの会話
僕「○○さん(奥さん)のフィードバックて
エッグイよね」
奥さん「エッグイーよね(笑)」
僕「前から読んでも後ろから読んでも一緒だよね」
奥さん「???」
僕「eggEだから」
奥さん 爆笑
こうした親父ギャグばっかり言ってます
いいなと思ったら応援しよう!
お金はご自身やご家族のためにお使いください、と思っていたのですが、お世話になっているnoteにも還元したい気持ちが出てきました。サポートいただいたお金は他のクリエーターの応援に使わせていただきますね。