登録さんに行こう! No.107 旧床几山配水池 (島根県松江市)
上下水道, 道路などのインフラに興味があります. その存在を特に意識せずに私たちが生きていけるのはインフラを支えている多くの人たちの日々のお仕事のおかげです. きっちりと動いていて当たり前で, 止まってしまうと大きなミスとして捉えられ, 様々な被害が出てしまう. そんな厳しい業務を日々の仕事としておられるのです. そのことを思うと“インフラって熱い!”と思うのです.
登録有形文化財にはインフラに関連するものが少なくありません. 今回は松江駅から1 kmほど南にある大正6年に作られた水道施設, 旧床几山配水池を紹介したいと思います.
配水池というのは, 水道水を一時的に貯めておく施設です. どうしてそんな施設が必要かというと, 水の使用量の多少にかかわらず, 一定の水圧で十分な水量を市街地に供給できるよう調整を行うためです. 高低差を利用して水を送り出すことが多いため, 高台に設置されるのが普通です.
今回, 紹介する旧床几山配水池も松江の市街地を見下ろす高台にあります. 明治から大正にかけて, 水の必要量が増加した街に水を安定供給するために作られました.
さて床几山の案内図がある道を入り, まっすぐ上って左に曲がってすぐのところにその遺構の入り口がいきなり現われました. 登録有形文化財の旧床几山配水池門です.


門柱は2.6 mの高さの角柱でシンプルな造りですが, 一番下の部分や上の笠の部分に白い花崗岩が用いられていたりして造りは丁寧で凝っています. また, 門の扉の下の方には『水』という漢字を意匠したと思われる穴があけられています. 配水池に貯めた水が汚染されたり, 配水施設が破壊されたりしてはいけないので, しっかりとした門を構えて内部に簡単に入られないようにしたのでしょう.
門をくぐってすぐ右手にこれも登録さんの旧床几山配水池計量室があります. 計量室というのは配水池から送り出す水の流量を計測・管理する施設です. 入口の両横と建物裏側の四隅に円柱が建てられていて, そのてっぺんに渦巻の装飾があります (こういう様式をイオニア式というそうです. ギリシャのイオニア地方でよく見られる建築様式だそうです.). とにかくおしゃれできっちりとお金をかけて作られた建物だということが分かります.


ここから上のほうに階段を上っていきます. 見晴らしのいい場所があり, 松江城が遠くに見えます. また, 安定給水のために使用されていた給水ポンプや受電装置が広場に展示されています.

給水ポンプが展示されている広場の横に旧床几山配水池がありました. 城壁のような建物があり, こんもりとした丘がその奥にあるように見えます. この丘の下に水を溜めるプールが二列, 並んで作られていて, その間の通路の出入り口がこの建物となります.


その通路は地下を通っていて細いトンネルになっています. 僕はこういう細いトンネルを進んでいくのがどうしてか大好きで, わくわくして32 mの細い通路を進みました. 通路の壁には床几山配水池など松江市の水道事業の歴史が分かる当時の写真が展示されていて, いかに先人たちが情熱とお金をかけて水道設備を構築していったかが分かるようになっています,

さて, 旧床几山配水池を訪れた際にどうしても僕が見たかったものがあります. それは配水池の下にある外灯です. この外灯の上部に葉の形をしたレリーフがあります. そのレリーフの上側に字があることが最近の調査で発見されたというのです. 僕も手を伸ばして背伸びをしてこのレリーフの葉を上側から撮影してみました.

なんとか写真が撮れました. 字があるのが分かります. はっきりと読めるのは『明治廿四年 三月』という文字です. 実はこれが謎だというのです. 最初に触れましたが, この床几山配水池が作られたのは大正六年です. また電気が松江市に引かれたのも明治28年だとのこと. いったいこの外灯はそしてレリーフはいつ何のために作られたのでしょうか?いくつか説が出されたそうですが, 決定的なものはなく謎のままだそうです.
インフラ設備を整えるための先人の皆さんの情熱と努力を知ることができ, 古い建造物を見ることができ, 珍しいトンネルをくぐれるだけでなく, 歴史ミステリーまで感じられる. こんな場所は他にはあまりないのではないでしょうか?
また, 登録さんが素敵な場所に僕を連れてきてくれた, そんなことを思いながら床几山をゆっくりと後にしました.
旧床几山配水池
●位置情報
JR山陰本線 松江駅から徒歩20分
●参考web site
床几山の水道設備と外灯(pdf ファイル)
文化遺産オンライン
旧床几山配水池 他2件
国指定文化財等データベース
旧床几山配水池 他2件
