「的を射る」「的を得る」日常ことば手帖(56)
コンビニで働く亜季と、在宅ライターの夫・和夫。
二人の何気ない会話の中から、「ことば」の使い方やニュアンスの違いを見つめ直す小さな手帖です。
私は亜季。近所のコンビニでパートをしている。一緒に、働く仲間たちはほとんどがわが子よりも若い学生たち。彼らとの会話には戸惑うことも多いけど、楽しんでいる部分もある。
「ただいま」
「おかえり、亜季」
「和夫さん、ひと休みしたら。お店で新作スイーツ買ってきたわ」
「そうだね、いただこうか」
買ってきたさつまいものモンブランとコーヒーを前に私は話し始めた。
「ねぇ、和夫さん。時々話題になるけど、『的を射る』が正しいと思うんだけど、『的を得る』はいつから、正しいとされるようになったの?」
「意味の由来から見ても、『的を射る』が正しいね。多くの辞書や公的な文章作成ガイドラインでも、この『射る』が正しいとしているよ」
「今日、バイトくんとその話題になったの。彼がね、『得る』には『手に入れる』『実現する』という意味があるから、『核心を手に入れる』という解釈で『的を得る』が使われるようになったんだって言うのよ」
「確かにそういう背景はあるね。『要を得る』という表現と混同されたり、
テレビや新聞などのマスメディアで誤用が広がり、それが一般的な慣用句として定着しつつあるというのが実情かな」
「誤用とされながらも、『的を得る』を使うことが増えているということかしら?」
「そうだね。公的な場やビジネス文書、目上の人との会話では、「的を射る」を使うのが適切だよ。でも、もし誰かが『的を得る』を使っていても、意味は通じるからそのまま受け入れて問題ないってことかな」
「日本語の変化の途上にある表現の一つとということね。なんだか、怖いわ。そのうち、『的を得る』も正しいとされる日が来るかもしれないのね」
