サッカーの役目・役割り…

2026年 3月16日(月)

昨日の景色…

昨日の朝のドライブ…
そしてここは裏六甲山…
六甲トンネルに入らずに…
一般道で六甲山頂へ…
そして…
この日の…
六甲山頂からの眺め…


〈気になる過去記事・後半…〉

サッカーが、地球を救わなければならない理由  サッカーには地球を救う潜在能力があることを、数字から紐解く。 text: Shigeki Sugiyama

2021.4.21  (過去記事)

(記事本文抜粋…)

「サッカーは戦争だ」とはよく耳にするフレーズである。

実際、サッカーの試合が戦争の引き金になった例はある。1969年に勃発したエルサルバドルとホンジュラスの戦争だ。メキシコW杯予選での直接対戦が、両国が抱えていた対立感情を煽り、戦争に突入した。

しかし歴史上、サッカーが実際の戦争に結びついたのは、この一度だけ。サポーター同士がやり合うことはあっても、それが国交断絶や戦争に発展した例はない。

そう考えると、サッカー=戦争はかなりオーバーな表現。耳にするたび「サッカーは戦争ではない」と言いたい衝動に駆られる。むしろ地球の平和にこれほど貢献しているモノはないとさえ言いたくなる。

サッカーには、人々の国際交流を促進させる特別な力がある。4年に1度のW杯を現地で観戦してみたいと思っている日本人は、どれほどいるか。予選のアウェー戦に出かけたいと思っているファンも、相当な数に上るだろう。代表チームの応援に限った話ではない。アウェー観戦の欲求は、今シーズンのACLに出場しているガンバ大阪、鹿島アントラーズ、浦和レッズ、それぞれのサポーターも強く抱えている。

日本人は、海外サッカーの現場にも大挙して押し寄せている。海外組が出場する試合だけではない。チャンピオンズリーグのビッグマッチが行われる現場はもとより、話題にも上らないマイナーな試合現場でも、日本人の姿を目の当たりにする。旅行代理店の担当者は言う、その数はメジャーリーグ観戦者の比ではないと。

このことは外国人にも当てはまり、世界中のサッカーファンは地球上を旅して回っている。時に彼らは訪問先で問題行動を起こす。アウェーの地で狼藉を働く輩が現れる。現場には、戦争に譬えたくなる殺気が漲ることもある。

しかし圧倒的に多いのはそうではない場合だ。名所旧跡を観光し、地元の料理に舌鼓を打ち、地元民やその文化と触れ合いながら旅行を満喫するファンこそが、多数派だ。彼らは結果的に、親善大使の役割を果たすことになる。サッカーは地球の平和に貢献していると言いたくなるゆえんだ。

別の言い方をすれば、サッカーには地球を救う潜在能力があるFIFA加盟国が国連加盟国を上回る事実にも、壮大なパワーを見ることができる。地球の津々浦々まで浸透しているサッカーが、今とても眩しい存在に見える。

サッカーはいわば、地球最大のNGO団体だ。地球最大の企業であり、地球最大の政府ともいえる。好むと好まざるとにかかわらず、責任のある立場に身を置いていて、啓蒙活動をしやすい状況にある。欧州各国で行われている試合をお茶の間観戦できる国は日本だけではない。

インターネットの普及のおかげで、ファンは低料金で、世界のサッカー情報を入手できる。ネットの動画で試合を観戦することも可能だ。世界各地で行われているサッカーと、そのすべてを同じようにカバーするネット社会との相性は抜群にいい。ネットを通して、クラブの名前や選手の知名度は上がり、身近な存在になる。

それがマラドーナ、プラティニ、ジーコといった超有名選手とそれ以外との差が大きかったかつてとの違いだ。長年大きな大会で活躍を続ける選手でなくても、世界的に知られた存在になりやすいのだ。 中田英寿はそんな現代を代表する選手かもしれない。彼が欧州で活躍したのは、決して長い時間ではない。ベンチを温めている時間も短くなかった。それにもかかわらず「ナカタ」は世界的に有名だ。

チャンピオンズリーグで見せ場を作った中村俊輔、UEFA杯で優勝した経験のある小野伸二らの名も知られている。世界的な知名度では、マリナーズのイチローより上かもしれない。小さな国を旅していて「オノ」の名前を不意に聞かされると、サッカーというスポーツの偉大さを、改めて感じる。

メディアは、プレーはもとより、ピッチの外の話題も積極的に拾うので、いい行いをすれば、そのまま自分の宣伝につながる。欧州で活躍するアフリカ出身者やブラジルの貧民街の出身選手が、地元の恵まれない子供たちのために慈善事業を行えば、それがメディアで伝えられイメージアップになる。

そしてそれが将来のビジネスの源にもなるのだ。現役を退き、母国に帰っ
た時、スポーツ選手を尊ぶ風土に支えられ、彼らは名士として温かく迎えられる。

貧困の中で育ち、欧州で名声を高めた選手は無数にいる。サッカー界は、歴史的にそうした格差社会と共存しながら発展してきた。貧困の中から誕生したスターは、現役を退けば地元に戻り、稼いだお金を還元しようとする。

ジーコがリオデジャネイロに設立したサッカースクールは、ビジネスにもつながっている。この循環システムは見事というほかない。地球上に存在する格差が、サッカー発展のエネルギーの源になっているように見える。格差が社会貢献しやすい環境を生み、それが新たなビジネスチャンスを生むわけだ。

UEFAは、人種差別に反対するスローガンを全面に掲げている。スタンドのファンが肌の色の違う選手に差別的な声を浴びせかければ、そのチームにはUEFAから何らかの制裁が科せられる。白人主義のクラブとして知られるラツィオ(イタリア)やレアル・マドリード(スペイン)などは、早速その対象になっている。

サッカーのマーケットは、なんといっても地球全体だ。「サッカー株式会社」という世界最大のグローバル企業には、地球にとっていいことをストレートに商売にしやすい特徴がある。

人種差別反対を謳えば謳うほど、イメージはアップし、スポンサーからの支持も得やすくなる。FIFAが次回のW杯開催国に南アフリカを選んだ理由もそこにある。かつて人種差別政策を敷いていた国でW杯の開催を成功させれば、FIFAの株はさらに上がる。それこそ国連顔負けのステイタスを得られる。

サッカーは、否応なく地球に貢献しなければならない存在なのだ。地球が発展しなければ、サッカーも発展しない。地球を守ることは、サッカーを守ることでもあるのだ

👉

国連加盟国を上回るFIFA加盟国…。

そしてその地球の津々浦々まで浸透しているサッカーファミリー…。

それはまさに…

「地球最大のNGO団体」であり…

「地球最大の企業」であり…

「地球最大の政府」とも言える影響力…。

それだけ…

この今の世界において“責任ある立場”にあるとも言えます…。

だからこそ…

「サッカーは、否応なく地球に貢献しなければならない存在なのだ。地球が発展しなければ、サッカーも発展しない。地球を守ることは、サッカーを守ることでもある」

のだという…。

もしかしたら…

それこそが…

サッカーというスポーツに秘められた“潜在能力”であり“可能性”であり“責務”なのかもしれません…。

そして記事前半にあるアルメイダが言う“サッカーの価値”であり“サッカーの美しさ”であり“サッカーの本質”なのかもしれません…

だからこそ…

今、アメリカ・イスラエルと戦争になっているイランのワールドカップ参加問題の最中にあるFIFAの立場とその責務に責任は重大です…。

また…

そのFIFAだけでなく…

それに積極的に働きかけるべき世界各国のサッカー協会も同じく…。

そして…

このような課題・問題に目をつぶり口を閉ざすような無関心を装うのではなく、そのサッカーだけでなくその世界の平和にちゃんと関心と意識を向けるべきなのは、その世界中のサッカー選手であったりサッカーファミリーも同じこと…。

仮にそのピッチの上では政治的なアピールは御法度であったとしても、その一人の人間として、そして一人のスポーツマンとして、その「フェアプレーの精神」であったり「スポーツマンシップの精神」は持って当たり前のこと…。

今、戦争やジェノサイドに飢餓や人種差別に苦しむ人たちが未だにたくさん居るこの時代のこの世界…。

自分たちだけが好きなサッカーをして…

自分たちだけがそのサッカーで稼いで…

自分たちだけがそのサッカーで潤っていれば良いという人間であってはなりません…

この記事にもあるように…

世界が平和でなければ、その大好きなサッカーも出来ないし楽しめません…。

少し前の「パンデミック」で、その大きな教訓を得ているはずです…。

改めてもう一度…

「サッカーは、否応なく地球に貢献しなければならない存在なのだ。地球が発展しなければ、サッカーも発展しない。地球を守ることは、サッカーを守ることでもある」

今こそ…

今だからこそ…

このような意識と自覚をもって…

世界中のサッカーファミリーがひとつになるべき時…。

そのお手本として…

先ずはFIFAに世界各国のサッカー協会、そして世界のサッカー関係者に、世界のプロサッカー選手たちが立ち上がるべきなのではないでしょうか…

サッカーはその36面体のバッキーボールひとつあれば、いつでもどこでも世界中の誰とでも仲良くひとつになれる素晴らしいスポーツ…。

「世界の平和」というのは…

決してその「武器」やその「抑止力」そして「武力行使」で実現できるものではありません…

〈気になる記事・前半…〉はこちらから…


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