映画「黒牢城」感想といっちょまえに疲れた感じを出す柴犬
黒沢清監督初の時代劇。どんな物かとおもったが面白かった。固定されたカメラと静謐な和室の相性がいい。
本木雅弘演じる荒木村重、菅田将暉演じる黒田官兵衛、共に真意の測りかねる人物として描かれる。黒沢清作品にはこういう「真意が測りかねる主要人物」というのがよーく出てくる。思えば固定されたカメラも熱量を感じられないセリフ回しも能面のような表情も、簡単に心理を読ませないような清の策略か?
菅田将暉が捕らえられたあの牢屋、あれ清の地下室だなぁ〜。あの部屋が出た瞬間待ってました!って思ったよ。
この映画見て「CURE」思い出したな。荒木村重が高部、黒田官兵衛が間宮みたいにね。だんだんだんだん、官兵衛が村重を取り込み、取り込むにつれ村重の心理のようなものが見えてくる。仕掛けるねぇ、、だんだんだんだん、黒田官兵衛≒黒沢清に思えてきたぞ。
吉高由里子演じる千代保は「CURE」における高部の妻の文江に相当する人物だろう。千代保は長篠の一向一揆の光景が頭から離れず、PTSDになっているようである。千代保のトラウマがこの一連の事件の鍵となる。
黒沢清作品では「病んでしまったり様子がおかしくなる女」と「一見冷静だが腹の中では激情や狂気、不安を抱えている男」のカップル、そして「そのような女や男を揺さぶる人物」の3つの存在がしばしば出てくる。今回もこの構図だな。
村重は何故信長を裏切り籠城に打って出たのか。その原因の一つは信長の苛烈さではないだろうか。この映画は信長は少ししか出てこない。しかし、この物語きは暴力的でかつ苛烈な信長の存在が影を落とす。
この映画の信長は急成長するブラックベンチャー企業のパワハラ社長のようである。少しの違反も極刑を科す暴力そのものとして描かれている。おそらく村重は信長のそんな姿勢についていけずに離反したのだろう。少なくとも、黒沢監督はそう思ったのだろう。
ラスト、村重は有岡城から脱出し信長の死後も茶人として活動した。殺し殺されの戦国時代の輪廻から外れることができたのだ。思えば村重はこの殺し合いからの解脱のために行動していたようだ。我々もそうだ、この理不尽な世界を変えるために出来ることがあるのではないか。そう監督が問うてるように思えた。
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