第435回、量子理論がもたらす、宇宙の可能性ロワイヤル
先日NHKスペシャルで、量子理論(量子もつれ)の特集を見ました。
自分の様な頭でわかるはずもない内容なのですが、断片的に理解をした話によると、どうやら宇宙は存在しているかどうかも怪しいらしいのです。
もちろん人間がいる以上、存在しているのでしょうが、要は宇宙の在り方が今まで自分達が考えていた様な物ではないのかも知れないという事です。
これまで宇宙は、約138億年前にビックバンによって誕生したという理論がほぼ確定的に言われて来ましたが、最新の観測により、宇宙の年齢はもっと古かったのではないかという説が浮上して、さらには、ビックバンは本当はなかったんじゃないか?という説も出ています。
宇宙の起源も、ある時宇宙が突然始まったという説から、宇宙が膨張と伸縮を繰り返している説に、波紋の様にちょこちょこ宇宙が生まれる説や、沸騰する泡の様に無数の宇宙がポコポコと生まれる説、ブラックホールの行先が別の宇宙の始まりになっているんじゃね?説と、何でもありな状態です。
それに加えて、量子理論がもたらす宇宙論によって、宇宙は観測している時だけ存在している説やら、可能性の数だけ宇宙が分岐する説、本当は実体のない仮想世界説、宇宙の果てにある情報が世界を投影している説、それならブラックホールの中に宇宙があってもいいんじゃね?説まで出ていて、もう何でもありなのです。
およそ人間が考えつく限り宇宙の可能性があり、宇宙はさながら科学者達の大喜利状態です。
宇宙は理論がほぼ確定まじかの決勝戦状態だと思っていたのですが、次から次へと新たな宇宙論が名乗りを上げて、新規エントリーを絶賛受付け中の、可能性ロワイヤル状態です。
もしかしたら、自分が生きている間に、宇宙の真理が解明されるのではないかと思っていたのですが、人間が真理に辿り着くのは、どうやらもっと先の事になるのかも知れません。
しかし自分は、そんな宇宙論のカオスな状態に、気持ちが高鳴っています。
この宇宙は何が正解かわからない混沌とした物であるのなら、どの宇宙論が正しくて、どの宇宙論が間違えているという事もないのです。
誰もが自分の信じる宇宙論を、好きな様に信じればいいのであり、なんなら自分で新たな宇宙論を考えてしまっても構わないのです。
どの宇宙論が正解かわからない以上は、全てが正解の可能性を持っており、同時に全てが間違いの可能性を含んでいます。
そこには正しいも間違いもなく、ただ無限の可能性が広がっています。
誰もが自由に自分の宇宙論を交わす事の出来る世界とは、何と素晴らしいのでしょう。
ドラゴンボールの悟空風に言うならば、「オラ、ワクワクして来たぞっ」という感じです。
真理は人間達の遥か上空で、自分の足元にあがって来る宇宙論を、石椅子に腰かけて、高見をしています。
自分もたらない頭をフル回転させて、せいぜい真理の爪先程に近づける様な宇宙論を考え出してやろうと、日々宇宙への妄想を膨らませているのです。
