【感想文】ベルリン・フィル@ミューザ川崎11.22(1回読み切り)
昨年は「芸術に触れよう2024」と題して、平均月1回以上、クラシックコンサートや現代バレエなどの鑑賞に行った。今年は数を絞って、量より質の策をとった(これが良かったのかどうかは最後に書くとする)。
1曲目:シューマン「マンフレッド」序曲 op.115 (1848年)
指揮はキリル・ペトレンコ。2019年からベルリン・フィル首席指揮者・芸術監督をつとめている。近年では結構人気のある指揮者だし、ベルリン・フィルだし、とにかく期待はかなり大きかった。
指揮は思っていたよりも普通、だった。手の振り、身振りなども大きくも小さくもなく、丁寧すぎでもなく、大まかすぎてもいない。これは私の見た外観の印象だが、ではその指揮による内容はというと、これも教科書通りというか、冒険をしないというか、例えるならカラヤンのような古き良き演奏を(あまり良くない意味で)踏襲しているというか。
でもこの曲についていえば、シューマンらしさはよく出ていたように思う。シューマンの(音楽の)もつ美しさ、その中に見え隠れする狂気が表現されていた。「見え隠れする」というところが、きっと表現する上では難しい点だと思うが、このまさに美と狂気の表裏一体なところというか、狂気そのものが前面に押し出されることなく、どこか曲全体にちらつくというイメージを、巧みに表現していたのではないかと思う。この曲自体のもつ、内面的な緊張感が、つねに曲の底辺に流れていたということもあるかと思った。
2曲目:ワーグナー ジークフリート牧歌(1870年)
ワーグナーの作品の中では珍しく穏やかな部類の曲。ワーグナーらしい「大胆さ」はない。それゆえか、指揮は繊細だった。だがいささか細やかすぎかとも思った。ここは聴かせるところ、のような箇所は、ゆっくり、より丁寧な指揮と演奏だったが、この曲を全く知らずに先入観なく聴いたら、ワーグナーだとは気づかないくらいの繊細さだ。だがかなり少人数の構成で、ハーモニーは大音量で迫力、完成度ともに素晴らしいと素直に思った。
3曲目:ブラームス 交響曲第1番ハ短調 op.68(1876年)
第1楽章 冒頭から、壮大な広がりを感じさせる。この「広がり」は、音楽が、時間芸術であるというカテゴライズとともに、私が以前より思っている、同時に「空間芸術」なのではないか、とまさに思わせるような、3次元の空間的広がり、である。音が、空気を震わせ、耳に届く不思議を感じた。それほどまでに、空間が満たされていた。だがおそらく、私を含む聴き手には、その深部にその場の空間を通り越した、宇宙的で深遠な広がりが含有されているのではないか、と感じられた。
主題は何度か表に現れるが、不穏な感じもする。メロディ自体はキレよくまとまっているので、この不穏さを醸し出しているのは、おそらくティンパニーの重々しい響きによるものだろうと思った。
第2楽章~第3楽章 冒頭から滑らかな演奏だった。丁寧な指揮で、この楽章と続く第3楽章にはよく合っている。小音量ながらも外れずに美しいハーモニーを保ち続けていた。ただ、やはり「冒険的」な演奏ではない。例えば昨年聴いた、ウィーン・フィルのような「うねり」などは全くない。好き嫌いがあるだろうが、いわゆる「クセ」がない。
第3楽章も引き続き音量を押えた箇所がたびたび現れるが、指揮は丁寧でも(比較するなら同じ丁寧な指揮でも、例えばブーレーズのような)全ての音が前面に出てガチャガチャ衝突することは、この演奏においてはなくて、後ろの音は後ろに控えていて、きちんとハーモニーを奏でていた。
第4楽章 この楽章も冒頭から不穏な音が響く。足音か、それとも、人だか何かも分からない何か暗闇のようなものが忍び寄って来るような雰囲気を醸し出す。だが不協和ではない。
その後の音の広がりは、幾何学的な構成美を成していると感じた。計算しつくされた曲の構成。曲調が目まぐるしく変化するが、明るさから暗さ、そこからまた明るさへと、変化するたびに大きなカタルシスをもたらした。このような変化のもたらすカタルシスは、他の芸術とは異なり、音楽のもつ最大の特長の一つであろう。
滑らかで、メロディラインを引き立てて聴かせる主題と、カチッとした、幾何学的な美しさをもつ主題、この二つの組み合わせが、実に絶妙である。
大団円は、そのまとまりとキレのよさ、熱量、全てにおいて素晴らしかった。
全体としては、例えばクラシックにはたまに「ロックしている」かのような曲があるが、この曲ははみ出してもいないし、ハチャメチャなことをしない、本当にいわゆるクラシックの構成美あふれる作品だと感じた。
アンコールはなく、正味2時間弱で終了(これで5万円が飛んだ)。
昨年のウィーン・フィルで、小難しい顔をして1年間聴いてきた自分が、アンコールのウインナーワルツの明るいテンポで、突如救われ、一気に肩の力が抜けて、楽になった、ということを思い出した。音楽を聴くということは、本来、そうである方がいいのだろう。やはり量より質でも質より量でもないのだと思った。ジャンル問わず、良い音楽に触れる機会は多い方がいい。良いと感じられるには、様々な音楽にまずは触れてみることだ。質的、量的、ジャンル的に、幅を広げた音楽体験をしていきたいと、改めて思う良い契機となった。
