中編小説「雪解けの鈴が鳴る頃に」―札幌神社に残された、百三十年越しの恋文―
第一章 序――雪の中の声
二月の北海道神宮は、音を飲み込む場所だ。
円山の森が参道の両側から迫り、樹齢を重ねたエゾマツやカシワが、降り積む雪の重みで枝をしならせている。
踏みしめるたびに足元から伝わる、
あの独特の感触――表面はきめ細かく締まっているのに、少し圧をかけると内側から崩れる、
まるで砂糖菓子の層のような北海道の雪――が、靴底から静かに朝倉悠真の疲弊を吸い取っていった。
午後四時を回っていた。
一月末から続いていた繁忙期の波がようやく引き、悠真は半ば逃げるようにして東京から千歳に降り立った。
三十二年生きてきて、休暇の取り方を知らないまま過ごしてきた男が、それでも足を向ける場所として選んだのがここだった。
理由は明確ではない。強いて言えば、ここには「余白」があった。
人の声も、通知音も、締め切りの重圧も、この雪が等しく包み込んでしまう。
参道の石畳は白く覆われ、左右の燈籠だけが黒い影を落としていた。
平日の夕刻という時間帯のためか、参拝者の姿はほとんどない。
遠くで鴉が一声鳴いて、また沈黙が戻った。悠真は肩をすくめ、マフラーを鼻まで引き上げながら歩いた。
吐く息が白く広がり、すぐに夕空に溶けていく。
第一鳥居をくぐる頃には、西の空が薄紅色に染まりはじめていた。
閉門は五時。あと一時間もない。
それでも参道を進む足は自然と遅くなる。
急ぐ必要がない、という感覚を、悠真は久しぶりに思い出していた。
本殿へ続く石段のあたりで、悠真は立ち止まった。
少女がいた。
年のころは十五、六といったところだろうか。
白い着物――いや、和装とも洋装とも判然としない、淡い色合いの衣を纏っており、頭には何も被っていない。
真冬の北海道に、だ。長い黒髪が背中に流れ、足元には雪が積もっているにもかかわらず、少女はまっすぐに本殿を見上げていた。
奇妙だ、と思った。
防寒具を着ていない。
それ以上に、その立ち姿に何か見てはいけないものを目撃したような、息が詰まる感覚があった。
少女は右手に小さな鈴を持っていた。
真鍮か、銀か。夕刻の光の中で、それはほのかに輝いていた。
ゆっくりと、少女はその鈴を振った。
音が鳴った。
チリン、と。
それだけの音だった。だが悠真の耳には、その一音がひどく長く尾を引いたように感じられた。
冬の参道の空気を割って入るような、それでいて傷つけるのではなく、撫でるように広がっていく音。遠い記憶を呼び覚ます音。
まだ一度も経験したことのない何かを思い出させる音。
少女が呟いた。
「今年こそ、届くかな」
声は低く、しかし澄んでいた。
祈るような、問いかけるような、どこか諦めを含んだ声だった。
悠真は咄嗟に声をかけようとして、喉の奥で言葉が固まった。
何を言えばいいのか分からなかった。「寒くないですか」でも「どうかしましたか」でも、どれも的外れな気がした。
次の瞬間だった。
少女の輪郭が、ぼやけた。
それ以外に表現しようがない。
人が歩き去るのでも、倒れるのでもなく、ただ、その境界線が滲んで、雪の白と夕暮れの淡い紅に混じり合い――消えた。
残ったのは、鈴の音の余韻だけだった。
悠真は三歩、石段に向かって駆け寄った。
少女が立っていた場所の雪を見下ろす。
足跡がない。一つも、ない。彼女がそこに立っていたことを示すいかなる痕跡も、雪面には残されていなかった。
心が、ざわついた。
「雪乃の幽霊」という名をはじめて耳にしたのは、その夜のことだった。
宿に戻った悠真が、出張で札幌を訪れるたびに顔を出すことにしている居酒屋の暖簾をくぐると、カウンターの端に見知った顔があった。
白石美月。
悠真より三つ年下の、二十九歳。
北海道神宮の公認ガイドを務めながら、神社の歴史に関する史料整理のボランティアもしているという変わり者だ。
出版社の編集者である悠真とは、二年前に彼女の書いた北海道開拓史に関する原稿の初稿を読む機会があり、それ以来なんとなく連絡を取り合っている。
友人、と言っていいのだろうが、悠真にはその言葉がいつも少し大きく感じられた。
美月はビールを片手に、分厚い資料のコピーを読んでいた。居酒屋でそういうことをする人間を、悠真は美月以外に知らない。
「珍しい顔」
美月が顔を上げた。目が細い。
笑うとさらに細くなる。
今は笑っていないが、目尻に笑いの気配が常駐しているような顔をしている。
「こっちはよく来るんだよ」と悠真は隣に腰を下ろしながら言った。
「今日も神宮に行ってきた」
「あら。閉門ぎりぎりじゃないですか、この時間」
「そうなんだけど」
ビールを一口頼んでから、悠真は今日見たものを話した。
話しながら、自分でも半信半疑だった。見間違いかもしれない。
光の屈折か、疲れた目の錯覚か。だが足跡がなかったことだけは、どう考えても説明がつかない。
美月の顔が、話の途中から変わっていった。
笑いの気配が消えた。眉が、わずかに寄った。
「……白い着物で、鈴を持っていた少女」
「そう。若い子だった。着物っていうか、なんか昔風の」
「髪は長くて、黒い」
「ああ」
「本殿の前で、鈴を鳴らして」
「『今年こそ届くかな』って言ってた」
美月は静かにビールグラスを置いた。
その所作が、いつもより丁寧だった。
まるで何か壊れやすいものを扱うように。
「悠真さん」と美月は言った。
名前を呼ぶとき、美月はいつもフルネームではなく「悠真さん」と言う。
その習慣が、悠真は密かに好きだった。
「少し、聞いてもらえますか」
北海道神宮は、明治二年(一八六九年)に「札幌神社」として創建された。
当時の北海道――蝦夷地から名を改めたばかりのこの土地――は、開拓使によって急速に開発が進められていたが、それは「急速」という言葉が持つ暴力性そのものでもあった。
吹雪は容赦なく人を殺し、熊は開拓民の前に立ちはだかり、夏は短く、冬は長く、大地は凍り、水は枯れた。
それでも人々はやってきた。本州各地から、未来を求めて、あるいは逃げるようにして。
札幌神社は、そんな土地に生きる人々の拠り所だった。
美月が語るのは、その神社に百三十年以上伝わる話だった。
「正確に文献に残っているわけじゃないんですけど」と美月は前置きした。
「神宮の古い記録や、地元の古老から聞いた話を集めると、輪郭が見えてくるんです」
雪乃という少女がいた。
明治中期、まだ札幌の市街地が形を成しはじめたばかりの頃。
彼女は神社近くの商家に奉公していたという。年齢は十六か十七。生まれは本州の、おそらく東北のどこかだろうと言われている。なぜなら彼女の名は、北海道の雪ではなく、故郷の冬を懐かしんでつけられた名だという言い伝えがあるからだ。
「彼女は毎年、冬になると神社に来ていたそうです。鈴を持って、本殿の前で。誰かに向かって、祈るように」
「誰かに、ね」
「それが分かっていたら、怪談として語られないでしょうけど」
美月は苦笑した。その苦笑には、悲しみの色があった。
「雪乃は、明治の終わりごろまで目撃されたらしいんです。明治の人たちは実際に彼女を見ていたわけじゃなくて、もちろん幽霊として。毎年二月の、ちょうど閉門ごろに現れて、鈴を鳴らして、何かを呟いて、消える。同じことを繰り返して」
「今年こそ届くかな、と」
美月は頷いた。
「その後は途絶えていたんですけど。目撃情報が、今世紀に入ってからまたぽつぽつと出てきていて」
悠真は手元のビールグラスを見つめた。泡が少しずつ消えていく。
「あの子が……雪乃、なのか」
「悠真さんが見たもの、私には否定できません」
美月の声は静かだった。
資料を読む声と同じ、事実を積み重ねていくときの声だ。
感情を排しているのではなく、感情を丁寧に扱っているのだと、悠真は二年越しにようやく理解していた。
「一つだけ言えるのは」と美月は続けた。
「彼女がその鈴を鳴らし続けている限り、想いはまだ届いていないということです」
店内のBGMが、どこか遠くから流れていた。客の話し声が重なる。
悠真はそれらをぼんやりと聞きながら、参道の雪の上に残っていた、あの無数の「足跡のなさ」を思っていた。
その夜、悠真は夢を見た。
夢の中では、雪が降っていた。
しかしそれは今日の雪ではなかった。
空気が違った。冷たさの種類が違った。
現代の北海道の冬は、除雪された道と暖房設備によって、人間と折り合いのついた冷たさになっている。
だがこの夢の雪は、原始の冷たさを持っていた。遠慮がなく、有無を言わせず、ただそこにある、という種類の寒さだ。
悠真は夢の中で、自分が誰かを知らなかった。朝倉悠真であることは分かる。
しかし同時に、もっと古い何かとして、その場に立っている気がした。
参道があった。
だが今見知っている参道ではない。
燈籠は少なく、石畳もまだ荒削りで、両側の木々は若く細い。
境内の奥には本殿があったが、そのたたずまいは粗削りで、それがかえって何か純粋なものを宿しているように見えた。
少女が、いた。
参道の端、燈籠の傍らに寄り添うように立っている。
白い着物に、暗い色の帯。足元に草履。雪の上に、確かな足跡を残して。
それが雪乃だと、夢の中の悠真は疑わずに知っていた。
彼女は誰かを待っていた。
待っている、という状態が、これほど全身から滲み出る人間を悠真は見たことがなかった。
ただ立っているだけなのに、その佇まいの中心に、待つということだけがある。
彼女の視線は参道の入り口に向けられており、そこに誰かが現れることを、彼女は疑っていなかった。
信じているというより、もっと深いところで知っている、という顔だった。
やがて遠くから、鈴の音が聞こえた。
チリン。
雪乃の顔が、ほころんだ。
そこで夢は終わった。
目が覚めると、部屋の中は暗かった。
窓の外、雪はまだ降り続けていた。
悠真はベッドの中で天井を見上げ、しばらくじっとしていた。
心臓の音が、夢の余韻の中でまだ少し速かった。
雪乃の顔が、まぶたの裏に残っていた。
ほころんだ、その顔が。
誰かが来ると知って、表情がほどける瞬間の、あの顔が。
悠真はそれが、自分にとって縁遠いものだと思った。
誰かを待って、その人が来ると分かった瞬間に、ああいう顔ができる人間に、自分はなれているだろうか。
答えは出なかった。
代わりに携帯電話が光り、美月からメッセージが届いていた。
「明日の午前中、神宮の史料室に来られますか。調べたいことがあります」
悠真は短く「行く」と返信して、また目を閉じた。
雪の音は聞こえなかった。ただ、遠くから、風の中に鈴の音が混じっているような気がした。
気のせいかもしれなかった。
あるいは気のせいではなかったのかもしれない。
北海道神宮の杜は、夜も深く、静かに、百三十年分の何かを抱えて、雪の中に立っていた。
第二章 破――恋文の欠片
史料室は、本殿の裏手にある古い建物の一角にあった。
神宮の社務所に隣接するその部屋は、外の雪景色とは切り離されたような静けさを持っていた。
天井まで届く木製の棚には、年代物の綴りや箱が並んでいる。
インクと古紙の匂いが染みついた空気は、悠真が普段働いている出版社の史料室とどこか似ていながら、まるで違う密度を持っていた。
出版社の資料は「過去を記録したもの」だが、ここにあるのは「過去そのもの」だという感じがした。
美月はすでに来ていた。
長机の上に、複数の資料箱が開かれている。白い手袋をはめた手が、丁寧に紙を繰っていた。
悠真が入ってきても顔を上げなかった。
集中しているときの美月は、周囲の音が聞こえなくなる。
それを悠真は知っていたので、黙って椅子を引いて座った。
「来ましたよ」と、一応声をかける。
「分かってます」と美月は言った。
「そこの箱、開けてもらえますか。明治二十年代の奉納記録です」
悠真は手袋を受け取り、指示された箱を開けた。
薄い和紙に墨で書かれた文字が並んでいる。
かろうじて読めるものと、滲んで判別できないものが混在していた。
「何を探してるんですか」
「雪乃の名前。あと、高瀬新之助という名前」
「新之助」
「開拓使の関連職員だったらしいんです。測量の助手をしていたという記録が、別の史料に断片的に出てきます」
美月の声は淡々としていたが、昨夜より目が赤かった。
おそらく眠れなかったのだろう、と悠真は思ったが、言わなかった。美月はそういうことを指摘されると困ったような顔をする。
二人は黙って資料を繰った。
外では風が鳴っていた。
ときおり雪が窓を叩く音がする。
史料室の中はストーブが焚かれており、乾いた温かさが満ちていたが、それが却って外の寒さの深さを際立たせた。
明治の開拓者たちは、この比ではない冬の中に生きていたのだと思うと、手の中の古い紙の重さが変わってくる気がした。
一時間ほどが経った頃、美月が静かに息を飲んだ。
「あった」
それは奉納記録の中に混じっていた。
折り畳まれた薄い紙が数枚、一つの綴りの間に挟まれていた。誰かが後から差し込んだのか、あるいは最初からそこにあったのかは分からない。
美月が白手袋の指先で慎重に広げると、細かい筆文字が現れた。
現代の活字に慣れた目には読みにくい字だったが、悠真は出版社での経験から、崩した旧字体をある程度解読できた。
美月は言うまでもない。
書かれていたのは、手紙だった。
書き出しはこうだった。
―――新之助様へ。
師走の声を聞きますと、もうすぐあなたにお会いできると思い、胸の内があたたかくなります。今年の冬も、境内にてお待ち申し上げております。鈴を鳴らせば、あなたには届くでしょうか。
筆致は丁寧だが、どこかぎこちない。
書き慣れていない手が、それでも懸命に言葉を選んでいる跡があった。
一字一字に、消しかけた形跡がある。
「あたたかくなります」という一節の「あたたか」は、一度「うれしく」と書きかけて塗り潰した跡があった。
手紙は三枚あった。
二枚目には、神社での逢瀬が断片的に綴られていた。
ある冬には初雪の降る参道で、ある冬には凍えながら二人で燈籠の火を見ていたこと。
新之助が測量の話をするとき、遠い土地の地形を語るその目が好きだったこと。
笑うと左の頬にだけ浅い笑い窪ができること。
「彼女、よく観察してる」
悠真が呟くと、美月は「好きな人って、そういうもんじゃないですか」と静かに言った。
三枚目の末尾は、途中で終わっていた。
―――あなたにお伝えしたいことがございます。ずっと言えなかった、たった一言のことを。次にお会いできる時には、必ず。わたくしは―――
そこで、文章は途切れていた。
四枚目はなかった。
悠真と美月は、しばらく無言でその紙を見ていた。
「最後の一枚が、ない」と悠真は言った。
「ええ」
「どこかに」
「あるのか、ないのか、分からないです」
と美月は言った。「百三十年ですから」
その言葉が、部屋の中に静かに落ちた。百三十年。悠真は心の中でその数字を転がした。
百三十年、最後の言葉は届かないままでいる。
雪乃は「今年こそ届くかな」と言っていた。
百三十年、毎年そう言いながら鈴を鳴らし続けていたのか。
その夜も、悠真は夢を見た。
今度は夢がより鮮明だった。
明治の札幌神社は、やはり若い木々に囲まれていた。
現代の神宮が持つ、時間の堆積による深みはまだない。
代わりに、むき出しの原野に立つ人間の意志のようなものがあった。
ここに神域を作る、という決意が、まだ小さな社の一本一本の柱に宿っているような建物だった。
雪は深かった。
現代では除雪されている参道も、夢の中では膝近くまで雪が積もっていた。
それを踏み分けながら、一人の若い男が歩いてくる。
二十三か四だろうか。がっしりした体格で、厚い外套を着ている。
顔は赤く凍えているが、目に力がある。土地に刻まれた線を読む目だ、と悠真は思った。
この男が測量を仕事にしているのは、その目を見れば分かった。
高瀬新之助だ、と悠真は知った。
名前を誰かに教えられたわけでもなく、ただ夢の中で知っていた。
燈籠の傍らに雪乃が立っていた。
昨夜の夢よりも表情がはっきり見えた。色白で、目が大きい。唇が薄く、寒さで少し青みを帯びていた。
新之助が近づくと、雪乃の頬に血の色が戻った。
「遅かったですね」と雪乃は言った。
「雪が深くて」と新之助は言った。「脚が取られる」
「分かっています。だから早めに来たのです」
「雪乃さんの方が遅刻しやすいから、俺が先に来ていると思っていた」
「失礼な」
二人の間に、笑いが生まれた。声に出さない笑いだった。
目と目が合って、口元がほころんで、それで十分だというような。
雪乃が鈴を取り出した。
チリン。
音が鳴ると、新之助の顔が少し柔らかくなった。
「その鈴、いつも持ってくるんですね」
「お守りです」と雪乃は言った。
「あなたが来てくれるまで、ここで鳴らしていると、なんとなく安心するから」
「迷信みたいだ」
「迷信でいいんです」
雪乃は鈴をしまいながら言った。
「届けばいいんです。あなたのところに」
その言葉に、新之助は何か言おうとして、言わなかった。
悠真には、その「言わなかった言葉」が何だったか分かる気がした。
分かる気がして、しかし確信は持てなかった。
夢の中で、時間が飛んだ。
季節が変わった。いや、季節は変わらず、ただ年が変わった。
同じ参道、同じ燈籠、同じ雪。しかし二人の間の空気が少し違う。新之助の外套が変わっている。
仕事が変わったのか、忙しそうな疲れが顔に刻まれている。
それでも雪乃を見る目は同じだった。
そして次の冬も、その次の冬も、夢の中で悠真は見た。
二人が境内に並ぶ姿を。言葉少なに、しかし確かに何かを積み重ねていく時間を。
鈴の音が鳴るたびに、少しずつ距離が縮まっていく様子を。
ある冬には、新之助が「春になったら、ちゃんと話をさせてください」と言った。
雪乃の顔が、強張った。春まで待てない何かを抱えているような顔だった。
しかし彼女は頷いた。
「春に」と雪乃は繰り返した。「必ず」
その言葉の重さを、悠真は夢の中で感じた。
春に、と言いながら雪乃の目が揺れていた。
彼女には何か分かっていたのだろうか。
それとも、ただの不安だったのだろうか。
夢は、そこで終わらなかった。
今度は春ではなかった。まだ冬だった。
新之助の姿が、なかった。
雪乃だけが、燈籠の前に立っていた。鈴を手に持ったまま、動かずに立っていた。
彼女は鈴を鳴らさなかった。
チリン、とも鳴らさなかった。
ただ、握りしめていた。
その背中が、悠真にすべてを教えていた。
目が覚めると、喉が渇いていた。
悠真は起き上がり、枕元のペットボトルの水を飲んだ。
窓の外は暗いが、雪が光を反射して、部屋の中がうっすらと白んでいた。
夢の中の雪乃の背中が、まだ目の前にある気がした。
新之助は死んだのだ、と悠真は思った。
美月が言っていた。
測量中の事故で命を落とした、と。春に話をする、という約束は、果たされなかった。
雪乃が伝えたかった「たった一言」は、届かなかった。
伝えられなかったものが、百三十年、参道に立ち続けている。
悠真はしばらく暗い天井を見た。
自分には、伝えられずにいることがどれほどあるだろう、と思った。
仕事のことではない。
もっと個人的な、小さな、それでいて大切な何かを。
近づきすぎると何かが壊れるような気がして、いつも一歩引いてしまう癖がある。
それは処世術でもあり、逃げでもある。
美月の顔が、頭に浮かんだ。
特別な理由はなかった。ただ浮かんだ。
悠真はそれを、意識的に押し込んだ。
翌日、美月から連絡が来た。
「神宮の記録で新之助の名前を見つけました。明治二十六年冬、測量中に崖崩れで死亡と記録されています。二十四歳でした」
二十四歳。
悠真は数字を見つめた。今の自分より八つ年下の男が、北海道の雪の中に消えた。
その日の午後、二人は再び史料室で向き合った。
美月が広げたのは、古い地図だった。
明治中期の札幌近郊の測量図。
線が走り、数字が並び、人の足と目で測られた土地の輪郭が刻まれていた。
その地図のある一点に、美月が鉛筆でそっと印をつけた。
「おそらくこの辺りで事故があったと思われます。現在では宅地になっている場所ですけど、当時は深い谷があったようで」
悠真はその印を見た。今では誰も知らない場所だ。
普通の住宅街の一角になっている、どこにでもある土地。
そこで百三十年前、若い男が死んだ。好きな女性に「春に話をしよう」と言い残したまま。
「美月さん」
「はい」
「雪乃は、知ってたと思いますか。新之助さんの気持ちを」
美月はしばらく地図を見ていた。
「知っていたと思います」とやがて言った。
「だから余計につらいんです。彼の気持ちも分かっていて、自分の気持ちも分かっていて、それでも言葉にする前に終わってしまった」
「言葉にしなくても分かってる、って思うことがあるじゃないですか」
「ありますけど」美月は悠真を見た。
真っすぐな目だった。
「言葉にされないと、どうしても消えてしまうものがあると思います。形にしないと残らないものが」
その言葉が、悠真の中のどこかに引っかかった。
出版社の編集者として、悠真はそれを知っているはずだった。
言葉にすることの意味を。
書くことで初めて存在するものがある、ということを。
なのに自分は、書かない側にいた。
美月が地図の印を見つめる横顔を、悠真はしばらく見ていた。三秒か、五秒か。
それから視線を地図に戻した。
言わなかった。
雪乃と新之助の影が、頭の隅に残った。
その夜は、夢を見なかった。
代わりに、眠れなかった。
深夜二時、悠真はホテルのロビーに下りて、自動販売機の前でコーヒーを買い、ソファに腰を下ろした。
誰もいないロビーは静かで、外の雪がガラス越しに見えた。
失われた手紙の最後の一枚のことを考えていた。
雪乃が書こうとしていた言葉は何だったのか。
わたくしは――と書きかけて、止まった言葉。あるいは書き終えて、しかし失われた言葉。
それは想像するまでもないかもしれない、と悠真は思った。
「好きです」か、「愛しています」か、あるいは明治の言葉で、もっと別の言い回しか。
形はどうであれ、伝えたかった中身は一つだろう。
それを百三十年、鈴の音に変えて届けようとしている。
毎年、今年こそ届くかな、と言いながら。
届かないのに。
悠真はコーヒーを一口飲んだ。ぬるかった。
窓の外の雪が、風に舞い上がった。そしてある瞬間、その雪の粒が一つの形を作ったように見えた。
参道に立つ、小さな人影のような。
見間違いだった。すぐに雪は散って、ただの冬の闇に戻った。
だが悠真はその夜、ロビーを離れるまでの一時間、窓の外を見続けた。
鈴の音は、聞こえなかった。
それが悠真には、何故か、哀しかった。
第三章 急――春の鈴
三月になった。
北海道の春は、本州のそれとは来方が違う。南から柔らかく忍び込むのではなく、長い冬が内側から崩れるようにして訪れる。
ある朝突然、雪の表面が光の角度を変えて、氷だったものが水になる音が聞こえはじめる。
まだ気温は低く、まだコートは手放せないのに、空気の中に何か決定的に違うものが混じりはじめる。
それが北海道の春だ。
悠真は結局、札幌を離れられずにいた。
出版社には「資料調査の延長」と伝えてあった。嘘ではない。
しかし正確でもない。
何かが終わるまで、ここを離れてはいけないという感覚が、理由の説明できない確かさで悠真の足を縛っていた。
美月との調査は続いていた。
失われた最後の一枚を探して、二人は神宮の関連資料を系統立てて当たった。
明治期の奉納記録、神職の日誌、境内の改修記録。
美月が伝手を辿って取り寄せた、開拓使の末端職員に関する史料も調べた。
雪乃の名前は断片的に出てきた。
奉納帳に「雪乃」という名の記載が数件。
神職の日誌に「例の娘、今年も参りたる」という一文。それだけだった。
新之助については、測量記録に名前があった。
几帳面な数字の羅列の中に、「高瀬新之助」という名が何度か現れた。
最後の記載は明治二十六年の冬。その後は、ない。
二人の名前は、同じ紙の上で交わることがなかった。
記録の上では、彼らは別々の場所に存在していた。
ただ、毎年冬になると雪乃が神社に来ていたという事実と、新之助が神社の近くで働いていたという事実が、静かに並んでいるだけだった。
歴史とはそういうものだ、と悠真は思った。
重要でないと判断された感情は記録されない。
誰かが誰かを好きだったという事実は、どこにも書き留められない。
残るのは名前と日付と数字だけで、その隙間に何があったかは、想像するしかない。
それでも悠真には、分かっていた。
夢が教えてくれていた。
夢は毎晩続いていた。
日を追うごとに鮮明になり、細部が増えた。
雪乃の着物の模様。
新之助の外套のボタンが一つ取れかかっていたこと。
二人が好んで立つ燈籠の、石の台座に苔が生えていたこと。
ある夜の夢では、新之助が雪乃に測量の話をしていた。
「この土地はな」と新之助は言った。夢の中では声が聞こえた。
「まだ誰にも測られていないところがある。人が踏み込んでいない場所が、まだたくさんある」
「怖くないですか」と雪乃は言った。
「怖い。でも面白い」
「どう違うんですか」
「怖いのは先が見えないから。面白いのも、先が見えないから」
雪乃は少し考えて、「おかしいですね」と言った。
「そうか?」
「同じことが、二つの感情になる」
「そういうことが多い」
と新之助は言った。そして、少し間を置いて付け加えた。
「雪乃さんのことを考えるときも、そうです」
雪乃が鈴を取り出した。ごまかすように、あるいは照れを隠すように。
チリン。
「この音は」と新之助は言った。
「遠くにいても聞こえる気がする」
「本当に聞こえるわけがないでしょう」
「気がする、と言ったんだ」
二人は笑った。声に出した笑いだった。白い息が二人分、空に混じった。
悠真は夢の中で、その笑い声を聞きながら、胸の奥に何か熱いものを感じた。
羨ましい、とか、懐かしい、とかいう言葉では追いつかない感情だった。
自分にはない何かを目撃しているときの、あの、複雑な切なさだ。
その夢の後、悠真は目が覚めてもしばらくベッドの中で動けなかった。
最後の一枚が見つかったのは、三月の中旬のことだった。
きっかけは些細なことだった。
美月が神宮の境内を案内中に、本殿裏手の古い物置に使われていた蔵の片隅で、修繕のために動かした棚の裏から、古い木箱が出てきた。
中には数点の古い奉納品と、その間に挟まれた薄い紙が数枚あった。
美月からの電話は夕方にかかってきた。
「来られますか、今すぐ」
声が少し震えていた。
悠真はコートを掴んで部屋を出た。
史料室のテーブルの上に、紙が置かれていた。
手袋をはめた悠真の指先が、その端に触れた。
百三十年を経た紙は、恐ろしいほど薄くなっていたが、破れてはいなかった。
まるで読まれるのを待っていたように。
墨の文字は、かすれていたが読めた。
これがあの手紙の、最後の一枚だった。
―――わたくしは、あなたのことが好きでございます。
それだけではなかった。その後に、文章は続いていた。
―――好きだと言える日が来るのを、ずっと待っておりました。でもどうしても言葉が出てきませんでした。言ってしまったら、何かが変わってしまう気がして。変わることが怖かったのです。今のままで十分だと、自分に言い聞かせておりました。
けれど違いました。
あなたが生きていてくださるだけで、わたくしは幸せでした。あなたが遠くの土地を測りながら、いつかその地図を見せてくれると約束してくださった、あの日から。言葉にする前から、もう十分に幸せでした。
それでも言わなければよかったとは思いません。言えなかったことが、わたくしの悔いです。
もし生まれ変わることが許されるなら、またあなたを見つけます。今度こそ、最初に言います。好きですと。
雪乃より
美月が泣いていた。
声は出していなかった。
ただ、目から涙が伝っていた。
それに気づいた悠真は、何か言おうとして、やめた。
言葉は今、この紙の上にあるべきで、部屋の中に余分な音を立てるべきではない気がした。
悠真も、目が熱くなっていた。
百三十年前の少女の文字を、自分たちは今初めて読んでいる。
誰にも届かなかった言葉が、今この瞬間、初めて人の目に触れた。
遅すぎた、と思う気持ちがあった。
それと同時に、遅すぎることはない、という感覚もあった。
言葉は、読まれたとき初めて届く。百三十年かかっても、届いた。
チリン。
音がした。
二人は同時に顔を上げた。
史料室の窓の外、夕暮れの境内に、白い影があった。
一瞬だった。ほんの一瞬、そこにあって、次の瞬間にはもうなかった。
だが二人には、見えた。
雪乃が、笑っていた。
その夜の夢は、これまでと違った。
明治の神社の境内に、雪乃がいた。
しかし今夜は夜ではなかった。
夕暮れだった。
空が橙色に染まり、雪が金色の光を受けて輝いていた。
そして新之助が来た。
いつものように、雪を踏み分けながら。
外套を着て、頬を赤くして。
しかしその姿は、どこか軽かった。生きていたときよりも、軽かった。
雪乃が振り返った。
二人は燈籠の前で向き合った。
雪乃が鈴を取り出した。
チリン。
新之助が微笑んだ。
「届いたよ」と彼は言った。
「やっと」と雪乃は言った。
二人は笑った。やはり声に出さない笑いで、目と目が合って、それで十分だという笑いで。
しかし今夜は、その笑いの中に完結したものがあった。
何かを待っている笑いではなく、何かが終わった笑いだった。
夢の中で、悠真は二人の前に立っていた。美月も隣にいた。
雪乃が悠真を見た。
その目は、恋文の文字と同じ色をしていた。静かで、しかし揺るぎない。
「ありがとうございます」と雪乃は言った。
明治の言葉で、しかし悠真には直接届く言い方で。「読んでくださって」
「こちらこそ」と悠真は言った。
夢の中では、言葉が自然に出た。
「百三十年、待たせてしまいました」
「いいえ」と雪乃は言った。
「待っていたのは、わたくし自身の問題でしたから」
少し間があった。
雪乃は美月を見て、それから悠真を見た。
その視線には、何も言わなくても伝わるものがあった。
だから悠真は、次の言葉が来る前から分かっていた。
「今度は」と雪乃は言った。「伝えてください」
静かな声だった。
命令ではなく、願いでもなく、ただ事実を告げるような言い方だった。
「想いは言葉にしないと届かないから。わたくしが証明しました、百三十年かけて」
新之助が笑った。「百三十年は長すぎる」と言った。
「あなたが早く来てくれれば良かったんです」
「それは俺のせいじゃない」
二人の笑い声が、夢の中に広がった。
悠真も、気づくと笑っていた。
そして光が来た。
東の空から、春の夜明けのような光が。
雪乃と新之助の輪郭が、その光の中でほどけはじめた。
最後に雪乃が、もう一度鈴を鳴らした。
チリン。
今度の音は、これまでと違った。
祈りではなかった。
問いかけでもなかった。
ただ、鳴った。それだけの音だった。それだけで十分な音だった。
二人は光の中に消えた。
夢が、終わった。
翌朝は晴れていた。
三月の北海道の晴れは、冬のそれとも夏のそれとも違う。空気の中に水の気配があり、雪が溶けかけた土の匂いがかすかに混じる。
光が柔らかく、しかし確かで、冬の間に縮んでいた何かが、ゆっくりと伸びはじめる感じがする。
悠真は早朝に目が覚め、コートを着て神宮へ向かった。
誰かに連絡はしなかった。ただ行きたかった。
参道はまだ人が少なかった。
雪は残っているが、その表面が昨日とは違う。締まった冬の雪ではなく、内側から水を含みはじめた春の雪だ。
踏むたびに音が変わる。ぎゅ、ではなく、じゅ、と鳴る。
本殿の前に立ち、悠真は手を合わせた。
何かを祈ったわけではない。ただ、手を合わせた。
そうしなければならない気がして。
参道の燈籠の前を、視線がなぞった。
雪乃はいなかった。
昨日まで、二月の間ずっと感じていた何かが、そこにはなかった。
気配、と言えばいいのか、予感、と言えばいいのか。ともかくそれが、消えていた。
悠真は少しの間、その「なさ」の中に立っていた。
悲しい、とは少し違った。寂しい、とも少し違った。
完成した、という感じに近かった。長い物語が、正しく終わった。
そういう感じ。
チリン。
音がした。
悠真は顔を上げた。
美月がいた。
参道の入口に立っていた。
コートのポケットから手が出ており、その手に小さな鈴が握られていた。
古い鈴ではない。新しい、普通の鈴だ。おそらく昨日、授与所で求めたのだろう。
「早いですね」と美月は言いながら近づいてきた。
「そっちこそ」
「眠れなくて」
「俺も」
美月が燈籠の前で立ち止まった。
悠真の隣に、自然に並んだ。
二人で本殿を見た。
朝の光が屋根の雪を照らしている。
しずくが落ちている。春の音だった。
沈黙があった。
いつもなら悠真はこの沈黙をやり過ごした。
何か軽い言葉で橋をかけて、そのまま渡り切ってしまう。
それが自分のやり方だった。距離を保つことで、何かを守れると思っていた。
しかし今朝は、やり過ごせなかった。
百三十年の言葉が、昨夜の夢が、雪乃の最後の顔が、悠真の中にまだあった。
「美月さん」
声が、出た。
美月が横を向いた。目が細い。
朝の光の中で、その目が少し光っていた。
「俺は」と悠真は言った。
「あなたのそばにいたいと思ってる」
言葉にしてみると、思ったより短かった。
こんなに短い言葉で、こんなに長い間言えなかったのかと、自分でも少し可笑しかった。
美月は黙っていた。
一秒。二秒。三秒。
その三秒の間に、悠真はあらゆることを考えた。
間違えたか。
早すぎたか。
ここではなかったか。
しかし後悔はなかった。
言えた、という事実だけが、胸の中で静かに温かかった。
「知ってました」と美月は言った。
「え」
「なんとなく。でも」美月の声が、少し揺れた。
「言ってもらわないと、消えてしまうから」
彼女の目から、涙が一筋、伝った。
昨日と同じ泣き方だった。
声を出さない泣き方。
しかし今日の涙は、悲しみではなかった。
悠真にはそれが分かった。
「わたしも」と美月は言った。
「あなたのそばにいたいです。ずっと前から」
春の光の中で、二人は向き合っていた。
参道の奥から、風が吹いた。
雪が舞い上がった。
溶けかけの、水を含んだ、重い雪ではなく、木々の上に積もっていた軽い雪が、風に乗って白く煌めいた。
まるで誰かが、上の方から散らしたように。
そしてその雪の粒の中に、一瞬だけ。
光が見えた。
参道の突き当たり、本殿へ続く石段の上に、二つの影が重なっていた。
片方は白い着物の女。
片方は厚い外套の男。
手を、つないでいた。
二人は振り返らなかった。
ただ並んで、石段の上に立ち、そして光の中へ、歩いていった。
ゆっくりと。
急がずに。
まるで百三十年分の時間を引き受けながら、それでもやっと歩けるようになった人たちのように。
光が広がり、二つの影は溶けた。
残ったのは、春の参道だけだった。
雪が降り続けていた。
いや、もう雪ではなかった。風が木々を揺らし、枝に残っていた雪が花びらのように散っていた。
白く、静かに、惜しむように。
北海道神宮の桜が咲くのは、五月の連休の頃だ。
その年の春も、参道の桜は白とほの桃色の花を開かせた。
花見の人々が行き交い、子供の声が境内に広がり、売店に甘酒の湯気が立つ。
神宮は百五十年以上の時間をまとったまま、今年も春を迎えていた。
悠真と美月は、燈籠の前に並んで立っていた。
二月と同じ場所に、しかし全く違う空気の中で。
美月が鈴を取り出した。あの日、授与所で求めた鈴だ。
「鳴らしてもいいですか」と美月は言った。
「どうぞ」
チリン。
音が鳴った。
春の参道に広がり、桜の花びらの間を抜けて、空へ消えていった。
悠真は耳を澄ませた。
鈴の余韻の中に、もう一つの音が混じっていた気がした。
もっと遠くから、もっと細く、しかし確かに。
気のせいかもしれなかった。
あるいは気のせいではなかったのかもしれない。
それでも悠真は、その音を聞いたと思っている。
雪乃が、最後に一度だけ、鳴らしたのだと。
もう届いたから、これが最後だと。
そういうことにしている。
そういうことでいい、と思っている。
参道の奥で桜が揺れた。
誰もいない石段の上を、花びらが二枚、並んで舞い上がり、春風に乗って、どこか遠くへ消えていった。
あとがき
雪乃の恋文の最後の一行「もし生まれ変わることが許されるなら、またあなたを見つけます」が、桜の中で花びら二枚として描かれる結末にしました。言葉にすることの意味、百三十年越しの成就、そして悠真と美月の始まりが、春の光の中で静かに重なるよう書きました。全体を通じてお楽しみいただけていれば幸いです。
登場人物
■ 朝倉 悠真(あさくら ゆうま) 28歳
現代の主人公。
札幌市内の出版社に勤める編集者。恋愛に対して消極的で、人との距離を縮めることが苦手。仕事に疲れたある冬の日、北海道神宮を訪れた際、不思議な少女の幽霊と出会う。
■ 白石 美月(しらいし みづき) 27歳
ヒロイン。
北海道神宮でボランティアガイドをしている女性。北海道の歴史や開拓時代の文化に詳しい。悠真とは偶然出会うが、どこか懐かしい感覚を覚える。
■ 雪乃(ゆきの)
明治時代の少女の幽霊。
見た目は十七歳ほど。明治十年代、札幌神社(現在の北海道神宮)の近くで暮らしていた。開拓使の測量助手だった青年・新之助を深く愛していたが、想いを伝えられないまま別れを迎えた。白い着物姿で現れるが、どこか優しく温かい雰囲気を持つ。恐ろしい怪異ではなく、人の幸せを願う存在。
■ 高瀬 新之助(たかせ しんのすけ)
明治時代の青年。
本州から開拓事業のため北海道へ渡ってきた。札幌神社の整備に関わる仕事をしていた。雪乃と互いに惹かれ合っていたが、厳しい時代の中で志半ばに命を落とす。物語の鍵となる人物。
読んで頂き有り難うございます。
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