声
写真はいきなりなくなった、スキンケアベース。もう!
最近、父が夢に出てこなくなった。
というか、夢を全く覚えていない。
最後に、夢を見たのは、いつだったかもわからない。
夢で父と最後に会ったのは、いつだっただろうか。
わたしは、人の声が好きだ。
名前も割と覚える方だったけど、今はそう簡単に出てこない。
でも、声だとあの時会った人だ、とわかる時が多い。
父の声を今でもしっかり覚えている。
わたしは、自分の声が嫌いだ。
喋り方も、聞いている人がイライラしちゃうんじゃないかとドキドキするくらい、遅い。
イントネーションも九州の人に「出身どこ?」と聞かれてしまう。
大学4年の時は「〇〇さんって日本語上手だねぇ」と言われてしまった。
4年間、留学生と思われていたらしい。
父や母は、お店の中では一切方言を出さなかったし、家族でいる時も、我が家はそんなに方言ではなかった。母は北陸地方の出身で、それでも母の方言を聞いたことは、ほとんどなかった。
母もしゃべるのが、ゆっくりだ。
ただ、わたしたちは学校で方言漬けだった。
わたしの喋り方は今でも、いろんな地域のミックスだ。
そして、結婚してここに住んで、わたしはすっかり子どもたちが学校で習得してきた方言がミックスされることになった。
最近は、めんどくさいので、誰にもわからない、わたしのふる里の方言をおり混ぜている。もちろん誰にも伝わらないので、スルーされてしまう。
ちなみに、こちらで言う、「ばかちん」は、「ばかたれ」だった気がする。
もうすっかり「ばかちん」派になってしまったんだけれども。
大学や結婚で、故郷を離れてから、もう30年以上経つ。
やっぱり時々はきれいな海や空が見たいし、でっかい夕焼けや、真っ暗闇で、ぼうっと光を放つ月あかりにてらされて、夜の散歩でもしたいなぁと思う。
こんなことを思っちゃう歳になっちゃったんだなぁ。
方言がすっかり抜けてしまった子どもたちに成長を感じる、そんな日々です。
