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「なんでこんな言われ方しなきゃいけないの?」——感情でぶつけられた言葉に、判断を乱されないために

「そんな言い方しなくてもよくない?」

そう思ったのに、その場ではうまく言えなくて。
言い返したらもっと面倒になりそうで、飲み込むしかなかった。
でも、飲み込んだはずなのに、全然終わらない。

あとから何度も思い返して、
私が悪かったのかな、
あそこは黙って受けるしかなかったのかな、
いや、でもあの言い方はおかしかったよね、
と、頭の中だけがずっと騒がしい。

強く言われた直後って、その場が終わっても終わらないことがあります。
体はその場を離れても、心だけまだ引きずられている。
今日は、そんなときに私が最近決めていることを書いてみます。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。
スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。
ひとつひとつ、大切に読んでいます。

本当は、お一人お一人の手をとって、目を見て「ありがとう」と言いたいです。
それくらい、届いていることが嬉しいです。

強い口調は、正しさの証拠ではない

強く言われると、それだけで“正しい指摘”みたいに聞こえることがあります。

でも、今は前より少し思うんです。
強い口調と、正しさは同じじゃない。

相手が感情的になっているとき、そこに乗っているのは事実だけじゃありません。
苛立ち、焦り、余裕のなさ、支配したい気持ち、思い通りにしたい感じ。
そういうものが混ざったまま、こちらに飛んでくることがある。

強い言葉は、正しい指摘というより、その人の感情の揺れ幅や反応の大きさを表していることがあります。

相手には、それだけ強く反応する何かがあったのかもしれない。
だから私は、強さそのものを“内容の正しさ”として受け取るのではなく、
「今この人はかなり感情が動いているんだな」というサインとして、まず見るようにしています。

これは、相手だけの話でもないと思っています。
私自身も、感情が大きくなっているときは、あとから振り返れば言いすぎたと思うことがあるからです。


だから本当は、内容と熱は分けて見た方がいい。
でも、強い言い方をされると、その切り分けが一気に難しくなります。

怖い。
固まる。
心拍が上がる。
頭の中で言い訳が走る。
その時点で、もうこちらの判断は少し乱れ始めている。

「巻き込まれないようにする」より、先に決めておく

前は私も、
巻き込まれないようにしよう、
冷静でいよう、
ちゃんと受け止めよう、
と思っていました。

でも、それだとその場で頑張ることになるんですよね。

相手が荒れている中で、こちらだけが整っていようとする。
その努力自体が、けっこう消耗する。
しかも真面目な人ほど、「ちゃんと受け取らなきゃ」「私にも悪いところがあるはず」と、自分の方に引き寄せやすい。

それで最近、私は先に決めるようになりました。

感情的な相手の言うことは、聞かない。
正確に言うなら、感情でぶつけられた言葉は、そのまま採用しない。

このルールがあるだけで、持っていかれ方がかなり変わりました。
雰囲気に当てられることはあります。
怖さがゼロになるわけでもない。
でも、“相手の熱”まで自分の判断材料にしなくていいと思えると、全部を飲み込まずに済む。

採用しない、は無視とは少し違う

ここで言いたいのは、何を言われても無視しよう、ではありません。

あとで落ち着いたときに見返して、
事実として直すべき点があるなら、そこは見ればいい。
必要なことまで拒否したいわけじゃない。

でも、その場の荒れた言い方まで含めて、全部を真に受けなくていい。

高圧的な態度。
乱暴な言い方。
感情のぶつけ方。

そこまで含めて「私が採用する情報」にしなくていい、ということです。

私はこれを、“その場で結論を出さないためのルール”として使っています。

記録は、自分を俯瞰に戻す道具になる

もうひとつ、かなり役立つと思っているのが記録です。

何を言われたか。
どういう状況だったか。
自分がどう感じたか。

残しておくと、その場の圧から少し離れやすくなります。
もちろん、後々なにかあったときの証拠になるかもしれない。
でも記録の良さは、それだけじゃない。

「私の感じたしんどさは気のせいじゃなかった」
と確認できること。
そして、相手の勢いではなく、事実の形で見直せること。

感情的な相手に当てられると、こちらまで視界が狭くなりやすいから。
記録は、自分を俯瞰に戻す手すりみたいなものだと思っています。

自分の判断を守るために、少し離れていい

その場で言い返せない日があってもいい。
うまく返せなくてもいい。
すぐに答えを出せなくてもいい。

場所を変える。
タイミングを変える。
一人で受けない。
距離を取る。
記録を残す。

そういう動き方は、逃げではなくて、自分の判断を守るための整え方なんだと思います。

感情的な相手の言葉をまともに聞くほど、自分の判断は乱れやすい。
だから私は、感情でぶつけられた言葉は採用しないと決めています。

それは冷たさじゃない。
自分を雑に扱う熱に、判定役を渡さないためのルールです。

もし今、強い口調や荒れた言葉に引っぱられて苦しい人がいたら。
まずはひとつ、自分の中で決めてしまっていいのかもしれません。

“熱は伝わった。でも内容はそのまま採用しない。”

それだけでも、心の中に小さな避難場所ができることがあると思います。

もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。届いたんだな、と感じられるので。
また読みたいと思っていただけたら、フォローもぜひ。

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