受け取るのをやめたら、なぜか責められた気がした。
もう、受け取りに行くのをやめよう。
そう思っただけなのに、
なぜか少し、悪いことをしている気がした。
前なら拾っていた。
前なら察していた。
前なら、相手が言い切る前にこちらから動いていた。
でも今回は、拾わなかった。
ただ、それだけだった。
なのにその瞬間、
「なんで受け取ってくれないの?」
という空気が、こちらに向いてくることがある。
*
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
スキやコメント、フォロー、マガジン追加も、ひとつひとつ嬉しく受け取っています。
今日は、「受け取る係」をやめようとしたときに起きる、少し苦しい揺り戻しについて考えてみます。
受け取るのが、いつの間にか“役割”になる
最初は、たぶん自分の不安からだった。
相手が困らないように。
空気が悪くならないように。
あとで面倒なことにならないように。
自分が安心できるように。
そう思って、少し先に動く。
確認する。
察する。
拾う。
受け止める。
相手の不安や不満を、こちら側で処理しようとする。
一回だけなら、ただの親切かもしれない。
必要な配慮だったのかもしれない。
でも、それが何度も続くと、
関係の中で少しずつ役割ができていく。
この人は、拾ってくれる人。
この人は、察してくれる人。
この人は、最後には受け止めてくれる人。
そうやって、こちらが望んだわけではないのに、
いつの間にか「受け取る係」みたいになっていることがある。
やめた瞬間に、悪者になった気がする
受け取る係になっているときは、
しんどいけれど、ある意味では慣れている。
自分が拾えば、その場は進む。
自分が察すれば、波風は立たない。
自分が飲み込めば、相手はそれ以上荒れない。
だから、苦しいのに続けてしまう。
でもあるとき、ふと思う。
あれ。
これは本当に、私が受け取るものなんだろうか。
そう思って、一歩引く。
すぐに返事をしない。
先回りしない。
相手の不安を、自分の作業に変換しない。
相手の機嫌を、こちらの責任として預からない。
すると、不思議なことに、
こちらはただ荷物を元の場所に戻しただけなのに、
なぜか責められているような気持ちになることがある。
前はやってくれたのに。
前は気づいてくれたのに。
前は受け取ってくれたのに。
そんな言葉が実際に来ることもあるし、
言葉にはならなくても、空気として伝わってくることもある。
そのとき、自分の中でまた、
「私が悪いのかな」が立ち上がる。
冷たかったかな。
急に変えすぎたかな。
相手を困らせたかな。
やっぱり、私が受け取った方がよかったのかな。
そうやって、せっかく戻そうとした荷物を、
もう一度自分の方へ引き寄せそうになる。
でも、それは冷たさとは限らない
ここで混ざりやすいのは、
「受け取らないこと」と「冷たくすること」だと思う。
受け取らない。
すぐに拾わない。
相手の感情まで預からない。
自分の責任ではないものを、自分の荷物にしない。
それは、相手を突き放すこととは少し違う。
もちろん、言い方や態度は大事だと思う。
雑に切り捨てたいわけではない。
相手を傷つけたいわけでもない。
ただ、これまで自分が持ちすぎていたものを、
本来の場所に戻そうとしているだけ。
相手の不安は、相手のもの。
相手の不機嫌は、相手のもの。
相手の期待外れは、相手の中で起きているもの。
そこに寄り添うことはできても、
全部をこちらが処理することはできない。
それなのに、長く受け取り続けていると、
「受け取ること」が標準になってしまう。
だから、やめたときに揺れる。
相手も揺れるし、自分も揺れる。
でもその揺れは、
間違ったことをしている証拠とは限らない。
新しい距離感に戻している途中だから、
違和感が出ているだけかもしれない。
荷物を戻したあと、相手がどう過ごすかを心配しすぎなくていい。
相手には相手の力が備わっている。
こちらが受け取らなくても、
世界が壊れるわけではないことを、
少しずつ信じてみてもいいのかもしれない。
責められた気がしたとき、立ち止まる
受け取るのをやめたとき、
いちばん苦しいのは相手の反応そのものよりも、
自分の中で「私が悪いのかも」と思ってしまうことかもしれない。
責められた気がする。
冷たい人になった気がする。
前より感じが悪くなった気がする。
でも、そこで一度だけ立ち止まりたい。
本当に私は、相手を傷つけようとしたのか。
それとも、持ちすぎていた荷物を戻そうとしただけなのか。
本当にこれは、私が今すぐ受け取るべきものなのか。
それとも、相手の不安や不満を、いつもの癖で拾いに行こうとしているだけなのか。
受け取る前に、一拍置く。
「これは、私の荷物だろうか」
「これは、私が今すぐ処理することだろうか」
「私はいま、安心したくて拾いに行っていないだろうか」
この問いを挟むだけで、
自動的に受け取りに行く流れを少し止められると思うのです。
受け取らない練習は、関係を壊すためじゃない
受け取らない練習は、
人に冷たくなるためのものではないと思う。
むしろ、関係を続けるために必要なことかもしれない。
何でも受け取っていると、
最初はうまく回っているように見える。
でもそのうち、
自分の中に小さな疲れや不満が溜まっていく。
どうして私ばかり。
また私が拾うのか。
本当は、これは私のものじゃないのに。
そういう気持ちが積み重なると、
やさしさの形をしていたものが、
だんだん我慢に変わっていく。
だから、受け取らないことは、
相手を拒絶することではなく、
自分の中に恨みを溜めないための線引きでもある。
全部は持てない。
そこまでは預かれない。
それは、あなたの中で扱ってほしい。
そうやって少しずつ、
荷物の場所を戻していく。
きっと最初は怖い。
受け取らないだけで、
責められた気がする日もあると思う。
でもそのたびに、
自分に言い直してもいい。
私は冷たくなったんじゃない。
持ちすぎていた荷物を、元の場所に戻しているだけ。
受け取る係をやめることは、
誰かを見捨てることではない。
自分を、これ以上見捨てないための練習なのだと思う。
もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。
また読みたいと思っていただけたら、フォローもぜひ。
▼合わせて読みたい
「確認だけです。」——担当者化しないための3つの型
受け取る係をやめようと思っても、いきなり全部を変えるのはむずかしい。
だからまずは、「どこまでが私の役割か」を小さく言葉にしておく。
確認しただけなのに、気づけば担当者になってしまう人へ。
線を引くための具体的な言い方をまとめた記事です。
「なんで?」に理由で返すと、こじれることがある
責められた気がしたとき、すぐに理由を説明したくなることがあります。
でも、相手の反応と自分の責任は、いったん分けて見てもいい。
「私が全部悪い」と決める前に、一拍置くための記事です。
【追記|PR】疑り深い私が「人生で一番気持ちよく買えた」のが、このライティング講座でした。文章はセンスじゃなく設計。書く人にも、売りたい人にも効く“骨組み”がまとまってます。無料レポート(五つ星文章術)もあります。私の紹介記事にまとめたので、必要な方だけどうぞ(→ここから)。
◆ マガジン掲載お礼
記事をご紹介いただいたマガジンを、気づいたものから掲載しています。
見つけるたびに、嬉しく受け取っています。
ご紹介くださり、ありがとうございました。
これからも、置いてよかったと思っていただける記事を、ひとつずつ書いていきます。
いいなと思ったら応援しよう!
応援したいと思ってくださった方へ。
チップという形で気持ちを受け取れたら嬉しいです。
無理のない範囲で、大丈夫です。
