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「相手を見ている時、自分はどこにいるんだろう」

人と話している時、私は相手の状態を見ていた。

けれど、同時に、自分のことも見ていた。

私は今、何をしようとしているのだろう。
相手の機嫌を変えようとしているのだろうか。
相手の反応を、自分の望む方へ動かそうとしているのだろうか。

そうやって、自分の動きを少し離れたところから見ていると、
だんだん「私はこうしたい」が見えてきた。

相手をどうにかすることより、私は自分がどうしたいのか。

そこへ意識を戻すことができた。

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自分がしていることを見てみる

何かが起きた時、私たちの意識は、目の前の相手や出来事に向きやすい。

相手はどう思っているのか。
なぜ、そんな態度を取るのか。
どうすれば、こちらの思いが伝わるのか。

相手を見ることは必要だと思う。

人との関係の中では、相手の様子を見ながら言葉を選ぶこともある。
少し譲ったり、場が荒れないように調整したりすることもある。

相手の機嫌を取ることにも、得られるものはある。

場が穏やかに収まるかもしれない。
関係がスムーズに続くかもしれない。
その場で自分を守ることにつながる場合もある。

だから、人の機嫌を取ることも、自分を少し削ることも、
一概に悪いとは言えないと思う。

ただ、その時の私は何をしているのか。

そこまで見えているかどうかは、少し別の話になる。

私は今、相手の機嫌を気にしている。
相手の反応を変えようとしている。
本当は疲れているけれど、もう少し合わせようとしている。

そして、もうひとつ見ておきたいことがある。

その時の私は、削れているだろうか。
少し無理をしているのか。
それとも、今はそれほど負担なくできているのか。

同じように誰かへ合わせていても、
自分に起きていることは、その時によって違う。


そう認識したからといって、すぐにやめる必要はない。

それでも続けることを選ぶかもしれない。
今は相手に合わせた方がいいと判断することもある。

大事なのは、正しい行動を選ぶことより、
自分がしていることを見失わないことなのだと思う。

自分を見るにも、余白がいる

少なくとも私の場合、こうして自分の動きを見ることにも、
少し余白が必要なのだと思った。

怒りや悲しみ、不安や疲れでいっぱいになっている時は、
自分が今何をしているのかを見ることが難しくなる。

相手に腹が立っている時は、相手の悪いところばかりが大きく見える。
自分を責めている時は、何もかも自分が悪いように感じられる。

感情が強く動いている時、自分をフェアに見ることは簡単ではない。

自分を見ようとしていないのではなく、
自分を見るための余白が、
今はあまり残っていないこともあるのだと思う。

そんな時に、
自分を客観的に見なくては。
冷静にならなくては。
もっとニュートラルでいなくては。

と考えれば、それもまた新しい負担になる。

いつも落ち着いていなければならないわけではない。
感情に揺れてはいけないわけでもない。

ただ、今の私は、どのあたりにいるのだろう。

いつもより沈んでいるのか。
少し興奮しているのか。
相手の言葉に、かなり引っ張られているのか。
考えられる余裕が、ほとんど残っていないのか。

ニュートラルな状態へ戻すのではなく、
そこから今どのくらい離れているのかを知る。

現在地を確かめる目盛りのように使う。

それだけでも、自分の感じていることを絶対的な事実として扱わずに済むことがある。

自分を守るために残しておきたいもの

自分の余力が少なくなると、ただ機嫌が悪くなるだけではない。

嫌だと感じること。
これはおかしいと立ち止まること。
距離を取った方がいいと判断すること。
断ったり、助けを求めたりすること。

自分を守るために立ち止まったり、断ったりすることにも、
力が要るのだと思う。

余力がほとんど残っていなければ、
目の前のことをやり過ごすだけで精いっぱいになる。

いつもなら引っかかることを、そのまま受け入れてしまう。
本当は無理だと思っているのに、断る言葉が出てこない。
自分が何を嫌だと感じているのかも、わからなくなる。

自分を守るために使うはずだった分まで、
すでに使い切っていることがある。

だから、自分の状態に目を向けることは、
自分の機嫌をよくするためだけではない。

今の自分に、考えたり、選んだり、
自分を守ったりする力がどのくらい残っているのか。

それを知るためでもあるのだと思う。

変える前に、見えているか

自分の機嫌を取らなくては。
人の機嫌を取るのをやめなくては。
もっと自分を大切にしなくては。

すぐに新しい目標を立てると、
自分を楽にするはずのものまで課題になってしまう。

だから、まずは変えようとしなくてもいいのかもしれない。

今、私は何をしているのだろう。
誰の状態を見ているのだろう。
そのために、自分をどのくらい使っているのだろう。
今の自分には、どのくらい余白が残っているのだろう。

そこが見えた後で、
このまま続けるのか、
少し離れるのかを考えることもできる。

認識することは、すぐに自分を変えることではない。

無意識に流されていたところから、
もう一度、自分で選べる場所へ戻ってくることなのだと思う。


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▼合わせて読みたい

相手の気持ちを読むことが当たり前になり、自分の言葉や態度を調整していたことについて書きました。


もうひとつは、いつ連絡が来ても対応できるようにしていたことで、気づかないうちに自分が少しずつ削れていた時の話です。


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