「どうして今日、こんなに棘が立つんだろう。」──本当は触れてほしかったもの。
静かに立ち上がる“棘”は、 本音が呼吸を取り戻したいサインなのかもしれません。
「どうして今日、こんなに棘が立つんだろう。」
そんなふうに感じる日ほど、
目に映る景色の解像度が、なぜか低い。
色も輪郭もあるはずなのに、
どこか情報が抜け落ちて見える。
外側の世界よりも、自分の内側の“状態”に
意識が引っ張られているような感覚。
自分で自分の感覚が鈍くなっているのが、
なんとなくわかる。
そして、
どこか攻撃的になっている自分がいる。
いつもなら受け流せる一言がひっかかり、
少し大げさに言えば、
世界に対して構えているような気さえしてくる。
でも、この現象は
“性格の問題”でも“気まぐれ”でもなくて。
心の奥で、
ひとつの感情が静かに身じろぎしているサインだ。
その感情とは、
「報われなかった気持ち」。
頑張ってきたのに、
誰にも触れられていないような、あの感覚。
見えないところで積み重ねてきたものが、
どこか宙ぶらりんのまま残っているような気配。
本当は、誰かに
「よくやってるよ」
その一言に触れてほしかっただけなのに。
けれど、その気持ちは
浅いところにはいない。
長いあいだ一生懸命に隠していたから、
深いところに横たわったまま、
自分からも見えづらくなっている。
触れられないまま沈んでいたものが、
ある日、静かに浮き上がってくる。
それが“棘が立つ日”の正体だ。
棘が立つ日は、
優しさがなくなる日じゃない。
優しさより先に、
報われたい気持ちの方が強く顔を出している日だ。
でも、その気持ちは深いところに沈んでいるから、
自分でも気づけない。
見たくなかったのだ。
強がっていたから。
ほんとうの気持ちに触れたら、
崩れてしまうようで。
まるでずっと、
「ヒーロー」でいようとしていたみたいに。
ヒーローは、弱音を吐かない。
疲れていても、それを表に出さない。
誰かを守り続ける役割を降りることができない。
かっこよくないといけない。
強さは“役割”であり、
“仮面”でもある。
その仮面を長くつけていると、
自分でも重さを忘れてしまう。
これまで守ってきたものの影に、
本音が横たわっていることにも気づけなくなる。
報われなさが蓄積すると、人は
“優しくする力”よりも、
**“優しくされたい気持ち”**のほうが先に出てくる。
けれど、その気持ちは深い層にある。
だから表に上がるときには、
少し捻れて現れる。
怒りっぽくなったり、
拗ねているように見えたり、
距離を置きたくなったり。
ほんとうはどれも、
「気づいてほしい」というサインなのに。
「こんなに頑張っているのに!」という声は、
他人に向けているようで、
実は自分に向かっていることが多い。
——報われなかった気持ちに、
誰よりも先に、自分が触れてほしかったのだ。
でも、ヒーローの仮面をつけているあいだは、
そんな本音の存在には気づけない。
強さの影で、
自分の心の声がずっと後回しにされてしまうから。
だからまず、
今日のあなたにひとつだけ伝えたい。
ヒーローの仮面をつけて、
ここまでよく頑張ってきたね。
強く見せることでしか
自分を守れなかった日もあったはずだ。
仮面の下にある気持ちは、
弱いわけじゃない。
ただ、深いところで静かに横たわっていただけ。
その気持ちに、
あなた自身がそっと触れられたとき——
優しさは“戻る”のではなく、
静かに息を吹き返す。
そして人に優しくできる日は、
自分が報われている日なんだと思う。
それは他人に選んでもらう優しさではなく、
まず自分が自分に触れるところから始まっていく。
読んでくださり、ありがとうございます。
心の奥に横たわるものを、そっと扱う文章を書いています。
もし今日の言葉が、どこかに触れたなら、
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