語彙力は、思考するうえで重要なのだろうか?
UTSUWA出版代表の岩井です。
noteをさも個人ブログのようにつらつら書いていると、こんな疑問が浮かんできました。
「語彙力ってなんで重要なんだろうか?」
たしかに語彙力があれば、
・より明確に、正確に意図や状況を説明できる
・情緒豊かに情景を説明したり、より相手の感性に響く表現で説明したりして相手の心を動かせる
といったことが思い浮かびます。
はい、充分に重要ですね。
もう少し深掘りすると、
「自分の頭の中で思考するうえで、語彙力は重要だろうか?」
と思うようになりました。
ちなみに思考と言葉の関係性は下記の記事にて。
日常生活や仕事のことを考える(思考する)うえで、あまり難しい単語を連発している人はそういないと思います。
そういった意味では、語彙力が豊富にあろうがなかろうが、思考すること自体にさほど影響があるとは思えません。
けれども、上に貼った記事でも書いたように、思考するには、自分の記憶や感情、感性などを言語化する必要があります。
このときには豊富な語彙力があったほうが良いでしょう。
自分の記憶を正確に再現したいとき、自分が持った感情や感性などを正しく表現するには、適切な語句を知っている必要があるように思えます。
日本語にはとても便利な単語がありますね。
そう、「やばい」です。
ちなみに僕は、海外の友達から「日本語で覚えておくべき単語は?」と聞かれたときには、「『やばい』だけ言っていれば会話になるよ」という、よろしくない日本語教育を施しています。
それはさておき、現代の「やばい」は、程度が極端なことだけでなく、喜怒哀楽のすべての意味を包含できるようになっています。
ですが、泣くほど嬉しかったことや眠れないくらい不安だったことなどを一様に「やばい」と表現しては、人に伝わりにくいですし、自分のことをよく知ることができなくなります。
たとえば、ある人が「チェス」と「海外旅行」が好きだとしましょう。
どちらも大好きという「程度」に関しては差がありません。
けれども、
・三度の飯よりチェスが大好き
・年に一度は絶対に海外に行きたいくらい大好き
と言えば、「三度の飯よりチェスが大好き」のほうが、より好き度が高いことがわかります。
「それって語彙力というより、『大好き』に付帯している情報(三度の飯より、年に一度は絶対に)の差なのでは?」
…全くの正論です。
自分の反論に、自分で論破されてしまいました。
皆さんは思考するうえで、語彙力は大切だと思いますか?
ぜひ教えてください!(懇願)
最後に僕が日常生活や辞典で出会ったカッコイイ単語を紹介して終わります。
ぜひ日常生活で使ってみて、相手をポカンとさせてください。
釐革(りかく)
治め改めること。改革
幾星霜(いくせいそう)
長い年月
恢然(かいぜん)
広々としたさま
殊才(しゅさい)
すぐれた才知。異才
決河(けっか)の勢い
決潰した堤防から河水が流れ出すような激しい勢い
闕焉(けつえん)
欠けて、完全でないさま
星河(せいが)
あまのがわ。銀河
清夏(せいか)
空の晴れ渡ったさわやかな夏の日
万緑叢中紅一点(ばんりょくそうちゅうこういってん)
紅一点と同じ意味。中国の詩の由来
古雅(こが)
時代がたっていて、ほかの物では味わえないよさを持っている様子
古格(こかく)
昔からつたえられている、由緒のあるやり方
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