トレンドと、自分のやりたいことをどうつなげるか
4月1日って、1年でいちばん「嘘」が堂々と歩いてる日だなと思います。
企業も嘘をつくし、
個人も嘘をつくし、
普段ならちょっと嫌がられそうな嘘まで、
この日だけは「まあエイプリルフールだしね」で通る。
便利な日です。
でも私は、エイプリルフールを見るたびに、少し別のことを考えます。
他人につく嘘より、
自分にどんな嘘をついてるんだろう、ということです。
本当はもうしんどいのに、まだいけると思ってるとか。
本当は違和感があるのに、これが正解なんだと言い聞かせてるとか。
本当はやってみたいことがあるのに、まだその段階じゃないと先送りしてるとか。
こういう嘘って、かわいくないです。
でも、わりと静かに効く。
じわじわ効いて、気づいたら人を止まらせます。
最近、発信のことを考えていて思うのですが、
トレンドに乗ること自体は、別に悪くない。
話題があるぶん入口は作りやすいし、
読んでもらうきっかけとしてはかなり自然です。
でも、そのまま乗ろうとすると、
急に自分の言葉が死ぬことがある。
何を書けばいいかはわかる。
求められてそうなのもわかる。
でも書いてみると、なんか薄い。
ちゃんとしてる。
でも、ちょっと死んでる。
ゾンビみたいに形はあるけど、体温がない。
たぶん、発信してる人なら一回くらいあります。
求められることを書くか。
自分のやりたいことを書くか。
この二択っぽい空気って、たまにあるんですけど、
実際はそこまで単純でもない気がしています。
たぶん大事なのは、
トレンドに乗るかどうかじゃなくて、
自分の仕事の中心から話せるかどうかだと思ってます。
私の場合、仕事の中心にあるのは
想創
です。
やりたいことがわからない。
頑張っても報われない。
何かがおかしいのに、うまく言葉にできない。
そういう状態の人が、本当にやりたいことを見つけて、毎日を少しずつ自分のものとして生きられるようになること。
ここが、自分の仕事の中心にあります。
だから話題が変わっても、
そこに接続できれば、自分の言葉で話せる。
たとえばエイプリルフールなら、
「上手な嘘のつき方」より、
自分にどんな嘘をついているかのほうが気になる。
もう無理なのに。
もう違うとわかっているのに。
やってみたいことがあるのに。
それでも人は、
「まだ準備が足りない」
「今はタイミングじゃない」
「もっとちゃんとしてから」
みたいな、妙にちゃんとした嘘を自分に渡すことがあります。
しかも、こういう嘘ってだいたい正しい。
完全な作り話じゃない。
だから厄介です。
ほぼ本当。
でも、その“ほぼ”の中に、本音を先延ばしにする仕組みが入ってる。
これは発信でも似ています。
トレンドにそのまま乗ると、自分の言葉じゃなくなる。
でも、トレンドを避け続けると、今度は誰にも届かない。
この間で止まる人は多いと思います。
私もそうです。
求められることに寄せすぎると、急に外発的になる。
書いたほうがいい。
でも、書きたくなくなる。
この感じ、かなりある。
逆に、自分のやりたいことだけ握りしめていると、
今度は入口がなくなることもある。
だから必要なのは、
トレンドに乗ることでも、
自分だけを守ることでもなくて、
自分の中心と話題の接点を見つけることなんだと思います。
エイプリルフールなら、嘘。
新年度なら、何者かにならなきゃという焦り。
誕生日なら、年齢というより更新への怖さ。
年末なら、振り返りという名の自己採点大会。
話題は毎回変わる。
でも、自分の仕事の中心が見えていれば、
そこにどう橋をかけるかは考えられる。
ネタが尽きない人って、
話題をたくさん知ってる人というより、
自分の中心から、何にでも橋をかけられる人なんだと思います。
だから私は、トレンドに乗ること自体を悪いと思っていません。
ただ、そのまま乗ると、ちょっと死ぬ。
少なくとも私は死ぬ。
なので、話題に乗るなら、
一回ちゃんと自分の仕事の中心まで戻りたい。
そこを通してもう一度出てきた言葉なら、
ただの時事ネタじゃなくて、
少しずつその人の世界観になる気がするからです。
だから4月1日くらいは、
誰かを笑わせる嘘を考えるついでに、
自分が自分に渡している“もっともらしい嘘”のことも、少しだけ見てみてもいいのかもしれません。
まだ大丈夫だと思おうとしていること。
違和感があるのに、これが正解だと言い聞かせていること。
やってみたい気持ちに、もっとちゃんとしてからと蓋をしていること。
そういうものをひとつ見つけることが、
自分の言葉をもう一度、自分のものにする入口になることもある気がしています。
求められることと、やりたいことの間で止まる人に、
私はその奥にある痛みやテーマを見つけて、物語にしています。
