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整体師とお坊さんとカカシ 第15話

「壬生寺を参拝されたと思いますが、新選組の島田魁をご存じでしょうか」

 是風和尚は皆を見回すように呼びかけると視線を宙に移した。
「島田魁は戊辰戦争を戦い抜いた新選組隊士として知られ、土方歳三が箱館戦争で銃弾に倒れたこどなどを記録した『島田魁日記』が有名です・・・・・・」
 
 私の耳は「土方歳三と箱館戦争」に反応した。このところ頻繁に函館市の五稜郭がアニメや映画で描かれているからだが、そうなると「島田魁」も気になってくる。

 和尚は続けた。
「箱館戦争で新政府軍に降伏した島田魁は謹慎生活の後、京都で剣術道場を開いたり、雑貨屋やレモネード売りをしたこともあります。そんななか西本願寺の夜間警備は10年以上続きました。巨漢で力持ちな彼は新選組時代から相撲が強く「力さん」と呼ばれたほどですから、警備員は性に合ったのでしょう。明治33年、夜間警備の勤務中に西本願寺で倒れ、73歳で亡くなりました」

 是風和尚が語るほど私の中で違和感が膨らみ出す。
 当初は壬生寺つながりで新選組の話題から入ったように思われたが、熱を帯びるにつれ「いったい何を言いたいのだろう」という疑問がよぎり始めた。周りの空気もそんな感じだ。

 知ってか知らずか和尚は続けた。
「本院の初代住職は子どもの頃、島田魁の道場に通って剣術を学び、あるときはレモネードを振る舞われたそうです。剣の師としてだけでなく人として尊敬していたことから、村の人々に協力を呼びかけて無人寺を改修したのです。島田魁は孫たちに『さきがけおじいちゃん』と懐かれたことから、初代住職は敬意を込めて『壬生さきがけ院』と名づけました」

 なんと、まるで伏線を回収するかのごとく『壬生さきがけ院』の成り立ちを説明してのけた。

 和尚は話題を変えて続ける。
「このたびはFBGさまのご要望で朝の勤行や清掃などの修行体験はスケジュールに含まれておりません。お食事は基本的に精進料理ですが、厳しい作法はございませんのでごゆっくりと召し上がってください。なお、研修は大広間をお使いいただき、宿坊にてお泊まりいただく形になります。本堂にはご自由に出入りいただけますので、ご本尊を参拝されるとよろしいでしょう」
 和尚はご本尊の方を向いて合掌すると皆も手を合せた。

「ご住職からのお話しでした。ありがとうございます。では、今から大広間に移動します。静かに速やかにお願いします」
 運営部の指示に従い、約40名がぞろぞろと動き出した。
 再び靴を履き段差が高い階段を降りると、ほんの100メートルほど先に研修棟らしき建物が見える。
 近づくと本堂よりずっと新しくて大きい。講堂と大広間だけでなく、客間や浴場まで揃っているから宿泊施設を兼ねているのだろう。

「だらだらしないでテキパキと。荷物は壁際において整列しなさい」
 阿比留道代先生だ。本堂で見かけなかったのは、ここで研修の準備をしていたからか。
 私に気づいて微笑んでくれたように見えたが、すぐに真剣な顔に戻って研修を始める。

「私を知ってる人は、また『ランバーロールの魔女』が講師かって思ってるでしょ。甘いわね。なぜお寺で研修をするのか考えてごらん。真山さん、あなたはわかってるんじゃない?」
 いきなり指名されて面食らった。
 私が張り切って最前列の左端に立っていたから自業自得ではある。
「えっと、整体は心の修行も大切だからということでしょうか」
 周りの目線を背中と右半身に感じながら、頭にあることを何とか言葉にしてみた。
「よろしい。それもあります。ただ、心の修行は後のお楽しみとして、まず体のことをよく知らねばなりません。そうね、じゃあ大阪組からお願いしようかしら。茶髪の彼女、前に出て来てもらえる」
 約40名が五列に並ぶなか、私は左端にいたが、大阪エリアからの参加者は右側に集まっているようだ。

 阿比留先生の目にとまった「茶髪の彼女」はなかなか動こうとしない。
「はよう」
 男性の急かす声がこちらまで聞こえてきた。
 嫌がる風でもないが、やる気があるようでもない。
 ようやく前に立った女性はそんな顔をしていた。
 私が彼女に感じた第一印象だ。
 次の瞬間、もっと強烈なインパクトを受けた。

「あれ?どこかで会ったような」
「ナニワ癒やしックスの辻田深園です」
 私がそう思ったのとほぼ同時に彼女が自己紹介したから、記憶が一気に蘇ってくる。

 看護学校で一緒に頑張った深園はベリーショートと丸メガネがトレードマークだった。
 あれから時が経ち、目の前に現われたのは茶髪のボブでメガネなし。しかも少しうつむき加減でネガティブな空気をまとっている。
 あの生意気だった深園とはずいぶん変わってしまったから私もすぐに気づかなかったのだ。

 深園はふてくされたような顔で下ばかり見ているから私に気づいていないらしい。
 私にとって思いがけない再会を知る由もなく、阿比留先生は講義を続けた。

「では辻田さん、第一頸椎つまり環椎はどのあたりか指で示してちょうだい」
 深園は左右の人差し指を耳のすぐ下に当てるとうなずくように首を動かして見せた。
「はいよろしい。では胸骨をなぞって」
 次は胸の中央を鎖骨部分からみぞおちの上までなぞった。
「じゃあ、臍下丹田に手を当てて深呼吸します」
 深園はおへその下に両手を当てながらゆっくり呼吸した。

 なるほど、この研修は呼吸法と関係があるのか、私にとってはおさらいのようなものだ。

「脳の中枢神経は頸椎、胸椎、腰椎、仙椎からなる背骨の脊髄を通って末梢神経とつながっています。カイロプラクティックでは脊椎と神経系に着目したわけね。東洋医学では気のめぐりを経絡と考え経穴にアプローチするんだけど、FBGではそれぞれの理論をもとに整体を進化させています」
 
 おおっ、阿比留先生もマニュアルに沿ったような講義をするんだなぁ、なんて余裕をかましていたのだが・・・・・・。

「白隠禅師の『夜船閑話(やせんかんわ)』はご存じかしら。丹田呼吸法をどのような心構えで行うべきかよくわかるわよ。私はとくに『軟酥(なんそ)の法』に感銘を受けたの。まだならばぜひ読んでください」
 いきなり世界観が変わったんだけど。私なんか白隠禅師すら初耳だし、皆は知ってるのかしら。置いて行かれそうな不安に襲われていたが、先生の言葉にホッとした。
「皆さんポカンとした顔をしてるわねぇ、勉強会だけじゃなくて、いろんな本を読みなさい。じゃないと成長しないよ」
 仰るとおりだ。当の阿比留道代先生はあらゆる知識を吸収しているように思えるから説得力がある。そんなところも「魔女」と呼ばれる由縁かもしれない。

「軟酥はバターのようにとろりとした良薬と思ってちょうだい・・・・・・」
 早速『軟酥の法』とやらについて話しだした。集中せねば。
「横になって呼吸法を行いながら、頭のてっぺんに乗せた良薬が溶けてとろーりと流れ落ちてきます。それは染みこむようにじわじわと流れ落ちます。 
 頸椎をつたい鎖骨や胸骨、肋骨に囲まれた心臓や肺などにも染みこみながら流れてゆきます。気が満ちている丹田にも染みこんで骨盤から膝そして足へと流れ落ちて足の裏から悪いものを全て洗い出してくれます」
 
 先生は立ったままではあるが、自ら手で示しながら語ってくれたので、聴いていてよくイメージできた。のはよかったが、続く言葉に息を呑んだ。
 
「辻田さん、この『軟酥の法』をよく覚えていてね。皆さんも滝行では必ずこれをイメージするように」

「滝行?」
「まじか」
「聞いてないし」
 我が耳を疑ったが、誰しも同じく寝耳に水だったようだ。

「静かに。今から滝があるところまで移動となります。あちらで滝行用の白装束に着替えますので速やかにお願いします」
 運営部の進行役が案内すると、皆立ち上がってしぶしぶという感じで動き出した。
 
 私はすかさず深園を探して歩み寄った。
「ミソノ!久しぶり!こんなところで会うなんて奇遇だね」
 嬉しさや懐かしさ、そしてお互いに看護師から転職した事情など、さまざまな思いを込めて言葉をかけた。
 でも彼女は無視した。チラリと私を見たからわかったはずだ。なのに表情すら変えずに前を通り過ぎて行く。

「なによ・・・・・・なんで」
 これまでにない胸の痛みと言いようのない不安を感じた。


第16話へ続く⇒


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