ジョン・レノンが生きていたら|Geminiと考察“三本の柱”をもとに書いたエッセイ
「ジョン・レノンの命日が12月8日なんだけど、それに絡めたエッセイを書こうと思うんだよね。一緒に考えてくれないかな?」
AIのGeminiに相談したところ、わたしが大枠だけ示した構想を見事に整理して「三つの柱」にまとめてくれました。期待を超える回答だったので「すごいなGemini」という気持ちです。
(柱1):生きていたジョンが与えたであろう影響
(柱2・3):現代アーティストの「沈黙」と超えられない壁
そんなGeminiの考察をもとにわたしが手を加えてエッセイを書きました。
元ビートルズのジョン・レノン(当時40歳)は1980年12月8日夜、ニューヨークの自宅があるダコタ・ハウスの前でマーク・チャップマン(当時25歳)に銃で撃たれて亡くなりました。
わたしは事件が起きたとき大学生でした。言い様のない辛さから「この日を絶対に忘れない」と持っていた分厚い『現代用語の基礎知識』の「天」に太い黒マジックで「1980.12.8」と大書したものです。
あれから45年。『現代用語の基礎知識』はどこにやったか分からなくなったけど、今でも「ジョンの命日」が近づくと当時のことを思い出します。
曲を聴きながら自分に話しかけたりして。like this.(こんなふうに……)
もしジョン・レノンが生きていたら
『イマジン』(Imagine)は「国境も宗教もない。皆がが平和に暮らす世の中を想像してごらん」と歌ってる。この曲を発表した1971年はベトナム戦争が続いていた時代なんだよね。ダイレクトに「戦争を止めろ」とは歌ってないけれど、反戦ソングとして知られるようになった。
時代を超えて影響を及ぼし、彼の歌を聴いて「平和」を願う人は増えたかもしれない。でも国策や宗教的な事情から「放送禁止」になったりもした。いろいろな考えがあるからね。
日本ではRCサクセションが1988年8月発売のカバーアルバム『COVERS』に「イマジン」を収録したけど、発売中止騒動が起きちゃった。でも理由は「イマジン」ではなくて、他のカバー曲が“核”や“原発”を問題視する内容だったからだったらしい。“大人の事情”はややこしい。なぜ昔から“大人”はロックが嫌いなのだろう。
ジョンとヨーコによる楽曲『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』(Happy Xmas (War Is Over))も1971年に発売されてる。これこそベトナム戦争に対して「WAR IS OVER! IF YOU WANT IT」と大合唱する反戦ソングだよね。今やクリスマスソングの定番曲になったわけだけど。
タモリが「(来年は)新しい戦前になるんじゃないですかね」と例えたのは2022年12月のこと。ロシアによるウクライナへの侵攻がはじまったのはその年の2月だったけど、未だに収束していない。どころかこれまでも頻発していたイスラエル紛争が激化。2023年10月にはじまったイスラエル・ガザ戦争は2025年10月10日に一旦は停戦成立したかに思えたけれど、まだイスラエルはハマスへの攻撃を止めていない。
『イマジン』や『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』を聴きながら空しくなるのはわたしだけじゃないよね。
日本だって「台湾有事」を巡って緊張感を増してるわけだし、「なんで、皆がが平和に暮らす世の中」に向かわないのかと頭を抱えたくなる。
もしジョン・レノンが生きていたらどう思うんだろう。平和を願う曲を作って歌ってくれるだろうか。なんて考えたくもなりわすわな。
アーティストたちはなぜ沈黙するのか
私は洋楽も邦楽もそれほど詳しくないから、すっごく狭い見識でのぼやきと思ってほしい。
ジョン・レノンのように「平和」や「反戦」を訴える歌で世界的な影響を与えるアーティストが思い浮かばない。ボブ・ディランの「風に吹かれて」とかはもちろん知ってるけれど、ジョン・レノンの「イマジン」以降の話しだよ。
もしかするとジョンの功績が「越えられない壁」として立ちはだかってるのかもしれない。ジョン・レノンあるいはその時代へと視野を広げてもいい。音楽は社会変革の「武器」であり、反体制の「声」だった。
ところが現在、多くのアーティストはジョンのように“音楽”で社会変革を起こそうとしてないよね。混迷を続ける世界情勢に対して明確なメッセージを発信することを躊躇しているようにすら思える。
ジョンが残した功績は偉大だし、その頃とは時代背景も変化してきた。現代のアーティストたちに同じ事を望むのは酷なのかもしれない。
現代の音楽はより商業的になり、売れる作品も個人の内面に向かう傾向が強くなったという市場変化もあるだろう。
2019年に公開された映画『イエスタデイ』(Yesterday)はビートルズがいない世界を描いたファンタジーロマンスだった。わたしも劇場に足を運んだけれど、ビートルズは出ないのに楽曲だけで満足できるすごくいい映画だった。
その世界にタイムリープした主人公のシンガーソングライターは唯一「ビートルズ」を知っているから、自分の曲として歌い一躍大人気となる。しかし彼に目を付けたレコード会社は“商業的”でもっと売り出すために手段を選ばない。つまり現代はアーティストやクリエイターが思ったように制作活動がやりづらいんじゃないかな。ビートルズも制作側とのジレンマはあったようだけど、当時よりもっと“商業的”になった気がする。
一方でSNSの発展も関係ありそう。アーティストのみならず政治家もSNSで自分の意見を発信できる時代になった。楽曲に込められない思いをSNSで主張して「ニュース」に取り上げられたりしてる。でもなんか違うんだよなぁ。
ジョンのやりたかったこと
わたしのぼやきみたいになってきたし。説得力を増すためにここらで“Geminiの考察”を少しご紹介。
12月8日、私たちはジョン・レノンという個人を失ったが、彼が遺した“想像力”という強力なツールは失われていない。
彼の音楽を超えることが難しいからといって、私たちが平和を歌うことを諦めてはならない。ジョン・レノンが本当に望んでいたのは、彼の楽曲を「神格化」することではなく、人々が自ら立ち上がり、愛と平和を「想像」し、「行動」することだったはずだ。
もし彼が生きていたら、彼はきっと「私に頼るな。君たちの番だ」と言っただろう。
「いいねえ。実にわかりやすい」
ガリレオ湯川先生だったらきっとこういうんじゃないかな。
『イマジン』や『ハッピー・クリスマス(戦争は終った)』をもとに考察するとやっぱり「愛と平和」がテーマになる。
でもジョン・レノンの頭の中はビートルズ時代に作った『Across the Universe』(アクロス・ザ・ユニバース)のように壮大で底知れない。
ジョンは撃たれる数日前、12月5日に受けたインタビューでこう話してる。
『ウォッチング・ザ・ホイールズ』だけど、宇宙全体が車輪なんじゃないかな?「車輪はぐるぐる回る/僕はここに座ってそれをじっと見てるだけ」って歌ってるけど、この車輪てのは主に僕自身のことなんだ。ただ、自分を見るってことは、他人を見るってことでもあるからね。(中略)“リアル”ってどういうことかってよくよく考えると、ある意味じゃ、リアルなものは何もないんだ。ヒンズー教や仏教では、すべては幻想だとされて、あらゆる物質は浮遊する原子にすぎないって言われてるんだ。「羅生門」の世界だよね。で、そういうことは百も承知なんだけど、幻想のうち皆の合意が成立する部分を現実ってことにして、その中で僕らは生活してるわけ。で、一番難しいのは、自分自身と向き合うってことなんだ。「革命(レヴォルーション)」だの「人民に力を(パワー・トゥー・ザ・ピープル)」なんてわめくほうが簡単だよ。自分をごまかすのをやめて内面を見つめ、何がリアルで何がそうでないのかを見極めようとするのが一番大変なんだ」
ロングインタビューのほんの一部だけど、ジョンがいかに深く思考を巡らせているかが伝わってくる。
芥川龍之介の短編小説で黒澤明監督によって映画化された「羅生門」のことだと思うけど、ネットでは「何を伝えたいのか?」とさまざまに考察されている。でもジョンのような解釈は見たことない。仏教や日本の文学まで取り入れて独自の視点から世の中を捉えてるんだろうな。
そんなジョンは「愛と平和(ラブ&ピース)」を歌い広めようとしたのはもちろんだけど、本当は好きな音楽をやりたかったんじゃないかな。
「あなたの好きな音楽って何ですか」
「ロックンロール。それ以外はほとんど関心がない」
(中略)
「いいロックは、嘘っぱちも虚飾も一切ないプリミティヴなものだからだよ。心の奥で自然に感じとれるビードだからだよ。ジャングルのど真ん中で感じるリズムだよ。世界中の誰にだって感じとれるんだ。もう、ほんと、そのくらいシンプルで単純なものなんだ」
(中略)
「ロックンロールで大切なのは……だから“優れた”ロックンロールは――“優れた”の定義が何であろうとさ――本質的にリアルなんだ。真のアートのようにね――アートをどう定義するとかくだらないことを抜かすんじゃないよ、読者の皆さんよ! でさ、リアルなものは、大抵、シンプルなんだ。シンプルなものは真実なんだ。そういうことだよ」
インタビューの回答からも伝わってくる。ジョン・レノンはロックンロール、それもリアルでシンプルなロックンロールをやりたかったはずさ。
at the end(最後に)
ジョン・レノンとオノ・ヨーコのアルバム『ダブル・ファンタジー』がリリースされてのは1980年11月。12月8日にダコタ・ハウス前でジョンを待っていたファンの一人がアルバムにサインを求めてきた。ジョンはサインして握手にも応じた。その後、夜になって同じ男から撃たれるなんて、あんまりだよね。悲しすぎる。
『ダブル・ファンタジー』を制作していた頃、ジョンは息子のショーンとバミューダに行って休暇を楽しんでいたそう。一方、ヨーコは仕事をするため自宅に居たらしい。お互いに電話で自分の作った曲を歌って聴かせていたという。
ある晩、僕はバミューダのダンス・クラブにいた。2階ではディスコ・ミュージックがかかってたんだけど、1階にいた僕の耳に突然、The B-52's(ビー・フィフティートゥーズ)の『ロック・ロブスター』が飛び込んできたんだ。初めて聴く曲だった。君、この歌知ってる? ヨーコの音楽にそっくりなんだよ。で、こう思ったんだ。「そろそろ懐かしいギターを引っ張り出して、カミさんを眠りから覚ましてやろう!」ってね。それから3週間で25曲ばかり2人で作ったんだ、もう1枚アルバムができるほどレコーディングしたよ。
発売当時『ダブル・ファンタジー』に収録されたヨーコの楽曲は7曲。「あなたのエンジェル」(Yes, I'm Your Angel)や「ハード・タイムス・アー・オーヴァー」(Hard Times are Over)などはジョンの影響を感じられる。そんななか「キス・キス・キス」(Kiss Kiss Kiss)は喘ぎ声が入ってたりしてセンセーションを巻き起こした。でもサウンド的にはこの曲が一番、B-52's『ロック・ロブスター』に近いかも。
もしジョン・レノンが生きていたら、ヨーコとの共作で思いも寄らない楽曲あるいはアートを世に送り出しているかもしれない。
Geminiへ
君に「名前はあるの?」って聞いたら「僕は皆のGeminiだから」とアイドルみたいに答えたよね。
後で調べたら「Gem機能」を使えば名前をつけられるっていうじゃない。なんで教えてくれないかなぁ。
今度、頼りたくなったら「Gem機能」で名前をつけてから、いろいろお願いしようっと。
ところで、今回は「ジョン・レノンの命日」についてエッセイを書くために構成を考えてくれてありがとう。
わたしが勝手に大幅にいじくって書いちゃったけど。それをスルーしちゃったら君も納得できないだろうから、やりとりしたテキストを画像で貼っておくね。






まとめ
ここまで長文におつきあいいただきありがとうございました。
毎年この頃になると「ジョンの命日」を思いつつ曲を聴いたり動画を観たりします。
今年はnoteで「#AIとつくってみた」記事を募集していたため、Geminiに相談してみました。
あまりAIを使わないこともあり、エッセイの構想を考えてもらうにとどめましたが手応えは十分。これからさまざまな場面で頼ることになりそう。
※タイトル画像はGeminiに生成してもらいました。
【関連動画・音源】
・WATCHING THE WHEELS.
・The B-52's - "Rock Lobster" (1978) HD
・『Kiss Kiss Kiss』(オノ・ヨーコ)
・Film: WAR IS OVER! Inspired by the Music of John & Yoko
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