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氷室冴子の“グッとくる言葉”たち|初心者だから書けました。

わたしは氷室冴子さんを最近になって知りました。今年の1月だからつい先日と言うべきかもしれません。

もちろんこの3か月間でひしひしと感じましたよ。「こんなに愛された小説家を知らなかったなんて」という焦りのようなものを。

この記事では「氷室冴子の“グッとくる言葉”たち」を紹介します。いわば“発言集”的な感じになるかと思います。


その前に少しだけ、氷室冴子さんを知ったきっかけについて書かせてもらっていいですか。

これって巡り合わせ・・・

筋金入りの読書家でnoterの“サユリーナ”ことsayuriさんが、町田そのこさんの『コンビニ兄弟』を紹介された記事です。

実はわたし、町田その子さんと同郷なんですね。本屋大賞を受賞された『52ヘルツのクジラたち』も読みました。

もちろん感動したし、大賞受賞も納得の内容でした。ただテーマが重くてなかなか読み進められなかったんですよ。

私が子ども時代を過した北九州市も描かれているので懐かしさもあって、他の作品も読んでみたいという気持ちはあります。でも深刻な話しはしばらくいいかな・・・と躊躇していました。

そんなとき、サユリーナが『コンビニ兄弟』シリーズをおすすめしてくれたのです。タイトルからしてとっつきやすいし、あらすじを読むとなんかおもしろそう。

で『コンビニ兄弟』1巻から4巻まであっという間に読破してハマっちゃいました。そしてすっかり町田そのこさんのファンになりました。

その町田さんが多大な影響をうけたのが氷室冴子さんだというではありませんか。当初は正直なところ「氷室冴子?誰?」ってなもんですよ。(町田さんをはじめ冴子ファンの皆さまごめんなさい🙏)。

そこで早速、町田さんがSNSで紹介していた氷室冴子さんの書籍をいくつか買って読みました。

もしわたしがnoteを知らなかったら。もしサユリーナの記事を読んでいなかったら。町田そのこさんのSNSを見なかったら。そう考えると、なにかの巡り合わせで氷室冴子さんに行き着いた。そんな不思議な気持ちです。


氷室冴子“名言集”的なもの

ということで、わたしが“初心者”なりに『さようならアルルカン/白い少女』、『新版 いっぱしの女』、関連書籍『文藝別冊「氷室冴子」』をもとに印象に残った言葉やエピソードを独断で取り上げてみました。


記事を書くために再度読んで、付箋がいっぱい

☆「書く」ことについて

「起承転結でつるっと考えていく」

「漫画の原作や書き下ろし小説について『書き方』の違いはあるのか?」と問われた氷室さん。その答えの概要です。

・原作の場合は原稿用紙の上に余白があるタイプを使う。

・余白に「主人公の気持ち」などを書き込みながら、慣れてきたら「ここの見せ場はこんな感じで」など発想する。

・小説を書くときはそのように発想することはない。書きたいモチーフがあり、それに関して調べていく。

そのような流れから発したひと言。

小説は「わりと起承転結でつるっと考えていく」。

一方「漫画って起承転結より絵の情報量がすごいから・・・」と答えています。エッセイや小説を書くうえで「起承転結」を気にするべきか。最近は諸説あるようです。

ただ「わりと起承転結でつるっと考えていく」という表現は方法論を超えて直感的な説得力を感じます(ゆーしんの意見)。


「今の読者さんには皆まで言ったほうがいい」

『月の輝く夜に』(1990年初掲載)を2005年に再掲載することになったときのこと。集英社・堀井さや夏さんによると、氷室さんから「修正はしていないから『加筆』でお願いします」と言われたそう。

初掲載に比べてシーンやタイミングなどの内容は変わっていないのに、全然印象が違った。そう感じた堀井さん。
「輪郭がもやっとした印象派の絵が、くっきりした写真になったみたいですね」とたとえたところ、氷室さんは言った。

「よかった。うれしい。そういうふうにしたんですよ。今の読者さんには皆まで言ったほうがいいと思うの」

以前は「あなたはどう思う?」と読者に想像の余地を与えていた。今は「このキャラクターはこういう風に思っているの」と明確に伝えた方がいいというスタンスになった。と堀井さん。

堀井さん曰く「常に、読者が読みたいものを探っているということでしょうか。ずっと現役感がありましたね」。

これは2018年のインタビュー記事をもとにした発言だけど、氷室さんならば2025年の読者をどう見るかなぁ(ゆーしんの声)。


「『いつか書きたいもの』は、別れてしまった初恋の人のようなもの」

氷室冴子さんが1980年~1984年まで連載した「気まぐれ随想記(えっせい)」より抜粋。

ちょいとマジな話だけどこの数年来、ずっと書きたいと思ってるものがある。(注・わたしは一応、小説家です)
(中略)
一度、一念発起して、えいっと二百枚ほど書き始めたこともあったけど、気に入らなくて捨ててしまった。
 書いては破り、破っては書きの繰り返しがせつなくなって、こうなると「いつか書きたいもの」は、最後まで好きと打ち明けられずに別れてしまった初恋の人みたいなもんである。
やたら未練と思い入れだけが激しくなって、手がつけられない。
(中略)
そのうちにふと、自分は「書きたいもの」に執着しているのではなくて、「書きたいもの」があるという情熱に執着しているのじゃないかと思えてくる。
(後略)

氷室冴子『気まぐれ随想記』より

わたしなど「書きたいもの」があればとりあえず安心するけどなぁ。そこまでこじらせないのはこだわりが足りないからなのかもしれない(ゆーしんの自戒)。


☆「生き様」について


「結局、人生ってそんなもんだよね」

実家を飛び出して一人暮らしをはじめた頃は貧乏だったとか。当時の極貧ぶりと必死で暮らした様子は「質」「量」ともに激しくてここではとてもまとめきれません。
1991年11月・新宿にて高泉淳子さん(役者・劇作家・演出家)と対談したときの記事より、軽めな一部を取り上げさせていただきます。

氷室「その頃五個百円ぐらいの冷凍食品のクリームコロッケを一日一個ずつ揚げて食べていたんですよ。一日一食で。そうすると、百円で何と五日間保ちますよね。その合間に豚肉百円分ぐらい買ってきて、ショウガ焼きにして食べたりして」

高泉さんも貧乏エピソードでは負けていません。
「財布に小銭しかなくてその日は五十円のコロッケ二個だけ買った。アパートの部屋に帰って、お腹がすかないように横になってテレビを見ていた。すると『あなたの町にフリーバル!』という番組で自分が住む町の名前が出てきた。近所の惣菜屋さんで五十円を見せて“今夜はフリーバル”と合い言葉を言えば先着十名に限り五千円相当のお弁当がもらえるという。部屋を飛び出して猛ダッシュ。あまりに早く来たからお店の人も驚いた。息を切らしながら”今夜はフリーバル”とハッキリ言った。
合い言葉が無事に通じて。めでたく二段のお重のお弁当をもらえた。後ろを振り向くと長蛇の列ができていた」
高泉さんはそんな出来事を話してさらに続けました。

「もううれしくてうれしくて。部屋に帰ってから、写真撮ったんですよ。お重のアップと、それをもって笑ってる私と二枚。今でもその写真、大事にとってあります(笑)」。

それを聞いて唸った氷室さん。

「すごい。結局、人生ってそんなもんだよね」

氷室冴子談


「獲得目標がなければ、人は頑張らない」

俵万智さんと対談した「おたのしみ古典文学」より。
お二人とも古典の沼にハマってらして、『源氏物語』や『伊勢物語』の深いお話しが続くのですが、その中で古典を知らないわたしでも理解できた部分の要約になります。

俵「受験古典が古典の楽しさをかなり奪っている。楽しいということがわかっていれば、言葉を覚えようとか文法を学ぼうとかいう気力も出てくる。
高校生を見ていても、野球部のトレーニングや音楽でギターの練習を一生懸命にやっている。練習自体は楽しくはないはずなのに、試合に勝ちたいとか曲を弾けるようになりたいとか、目標があるからあれだけ馬力が出ると思う。
古典はその先に何か楽しいことがあると知らされずに、とりあえずトレーニングだけさせるようなところがある。これではほんとうに好きになれるはずがありません」

氷室「つまり獲得目標がなければ、人は頑張らないわけですね。労働組合の交渉みたいですけど(笑)。その最終的な目標は何かというと、それはやっぱり、千年なりの時間を超えて、人の息吹がわかるという面白さですね・・・(後略)」

目標を持つことはやはり重要だ。一般的に「独立したい」や「稼ぎたい」といったタイプの獲得目標を見聞きする。お二人の会話からは「楽しいこと」「面白さ」が獲得目標になっているところが興味深い(ゆーしんの独り言)。


☆ほかにもこんな“名言”が

「楽しいことがあるといいじゃない」

宝塚が大好きで、一路真輝さんのおっかけをしているという氷室冴子さん。「芝居という形式も好きで演劇集団キャラメルボックスなんかも観るとおもしろい」と話したときのこと。

インタビュアーから「それもこれも、小説のために?」と問われて。

「ううん。楽しいことがあるといいじゃないですか。漫画も好きですよ」


「好きなようにやってください」

漫画家・山内直実さんの回想より。
『なんて素敵にジャパネスク』のOVA(オリジナルビデオアニメ)化の話があり、氷室さんと旅行した際に意見を聞いた。その後、長文の手紙が届いた。その中でOVAについて書かれていた言葉。

「やるにしても断るにしても好きなようにやってください」

氷室冴子談

山内さんによるとこれまで一緒に仕事をしてきたが、「氷室さんは最初から終わりまで『好きにしてください』と言ってくださった。だから自分の思う通りに描けたんです」という。


「あそこには、許せないパチンコ屋がある(笑)」

競馬や麻雀はハマりそうで怖いから手を出せず、パチンコ専門という氷室さん。三十代前半は旅行してもパチンコばかりしていたらしい。

「京都――そう、あの時はあの店でいくら勝ったとか、神戸――そう、講演会に行った時にずらっと三軒行ってきたわ、とかね」と振り返った。

対談相手の群ようこさんが感心して相づちを打つ。
「旅打ちってやつですね」

氷室「仙台でいつもボロ負けして、あそこは相性が悪い町だ、とか」

群「仙台はあまり好きじゃない?」

氷室「あそこには、許せないパチンコ屋がある(笑)」

どのように許せないほどの出来事があったのかは明かしていませんが、気になるわ~(ゆーしんの好奇心)。



このように対談やインタビューのお話しを読んでいても氷室冴子さんの魅力は尽きることがありません。

エッセイ『いっぱしの女』では、小学校時代のカンニング事件に触れてますし、その頃から「現実に違和感を持つ」ようになったと明かしています。
私は演技してる。ホントの自分がラクに出せる場所に行きたいって、ずーっと思っていましたね」とも。

これって『さようならアルルカン/白い少女たち』の中で書かれているエピソードと重なる部分があったりして。もう読むほどに沼にハマっちゃいそう。

いやぁ~長々とダラダラと書いてしまいました。最後に参考にさせていただいた書籍や関連のある記事などを紹介させていただきます。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

【参考文献】
※書籍については「Amazonアソシエイト」のリンクを貼っています。

『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』

『新版 いっぱしの女 (ちくま文庫) 』

『氷室冴子: 没後10年記念特集 私たちが愛した永遠の青春小説作家 (文藝別冊)』


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【お知らせ】

「第六回 氷室冴子青春文学賞」に応募しました。

小説投稿サイト「エブリスタ」をご覧になったことがない方もいるのではないでしょうか。この機会にどのようなプラットフォームか経験するのもよいかも。ついでに読んでいただけると嬉しいです。

※この記事は「カタリベ」活動に参加しています。




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