整体師とお坊さんとカカシ 第20話
「まさかここまでとわ」
僕は自分の選択を後悔しつつも心のどこかでワクワクが芽吹くのを感じていた。
*
夏休みという自由な時間を使って「修行の旅」をするにはどこがふさわしいか。
京都からだと滋賀県にある比叡山延暦寺が近い。最澄をはじめ法然、親鸞、日蓮、栄西、道元・・・・・・あらゆる宗派の開祖が修行したことで知られる。
関西圏では和歌山県の高野山にある金剛峯寺(こんごうぶじ)も平安時代に建立された歴史ある寺院だ。遣唐使として唐へと渡り密教を学んだ空海が帰国後、真言宗の修行道場として開創した。
「でもなんか違うんだよなぁ」
僕は図書館で寺院の資料や旅のガイドブックをめくって修行できそうなところを探すが、なかなかしっくりこない。
関西圏には有名な寺院が多く「修行体験」が出来るところも少なくない。
それがいかにも「旅行者向け」という感じなのだ。そうなると僕が目指す「修行」とは主旨がブレてしまう気がする。
もっと範囲を広げて関東圏の情報を集めることにした。しかし東京近郊では滝行など修行体験が可能なお寺がたくさんありすぎて余計に混乱してしまう。
「なんか似たようなところばかりだよな」
ぶつぶつ言いながら『栃木 旅のガイドブック』を眺めていると文字列に目がとまった。
「日光の霊峰 男体山」
詳しく読んで見るとその魅力にぐいぐい引き込まれてゆく。
「修験道」「修行の山」「富士山よりきつい」「登山というより修行してる感じ」
これぞ僕が探していた「修行」だ。霊峰を登ることで何かを得られるのではないか。
当初は自転車で栃木まで行くのも修行になるかと考えたが、調べたら500キロ以上あるらしい。中学生のときにサイクリング気分で30キロを往復したが、帰りはふらふらしながら漕いで、頭も朦朧とし、何よりお尻が痛くて泣きそうになったのを思い出した。それを総距離500キロだなんて、しかも通学に使ってるママチャリではとても無理だと早々に諦めた。
かといって新幹線に乗るのは安易な感じだし、少しでも運賃を節約できるのではないかと思い、高速バスを選んだ。栃木駅まで行き、東武日光線に乗り換えることにする。
出発は縁起が良いとされる8月8日末広がりの日。
京都駅から東武日光駅までおよそ9時間、さらにバスに乗って1時間弱。まずは民宿で前泊した。中禅寺湖に映る男体山を楽しめる、明日への鋭気を養うにはぴったりな環境だ。
風呂を借りて汗を流し、和室の部屋でくつろいでいると、女将さんが夕食を運んできた。
「男体山に登るのは初めてでしょ?」
話しかけながら焼き魚や刺身、煮物、漬物、汁物など多彩な料理を次々と並べている。
動きもしゃべりも若々しいが、たぶん60代にはなるだろう。
自然体でコミュンケーションをとれるのは熟練のたまものか。
「はい。やはり見た感じでわかるものですか」
「そうねぇ、なぜかと言われると困るけど、勘のようなものね」
彼女はフッと笑うように答えるとさらに聞いてくる。
「学生さん?」
冷静に考えればそう見えても不思議はないのだがドキッとした。占い師に言い当てられるとこんな気持ちになるのかもしれない。
「大学生です。夏休みなので旅をしようと思って」
「旅ってことは近所じゃなさそうね。どちらから」
「京都です。JRで来ました」
「まあっ京都から。7時間ぐらいかかったんじゃない?今日はゆっくり休まないと」
「10時間はかかりましたね。慣れない乗り換えなんかもあって正直疲れました。あはは」
「ふふふ、ご飯のおかわりできますからね。たくさん食べて元気をつけてちょうだいな」
ほどよいところで会話を切り上げるタイミングも見事だ。
「いただきます」
僕は食事するとき必ず手を合せて料理の食材や作ってくれた人に感謝する。子どもの頃からそうしてきたので、ひとり暮らしになっても無意識のうちにやっているらしい。つい先日、ふとそんな自分に気づいてニンマリしたものだ。
夕食を平らげ、明日の参考になる話しを聞ければいいなと考えながら手を合せた。
「ごちそうさまでした」
つぶやくような挨拶が聞こえたのか、それとも偶然か、女将さんがタイミングよく現われた。
「お腹いっぱいになりましたか?」
「はい、とても美味しかったです」
僕が元気よく答えると、女将さんも嬉しそうに空の食器をお盆に乗せている。
「あの、後で男体山についてお話しを伺いたいんですが」
流れでそう口にしながら「お忙しいのに」」とか「お時間があれば」とか、気遣いもせず直球でお願いしたことを反省した。
「いいですよーーー」
明るく返事をしながら食器を下げていく女将さんの背中に心の中で手を合せた。
小一時間ほどしてやって来た女将さん。その間も仕事をしながら考えていたのではないか。そう思えるほど貴重な情報を流ちょうに語り出す。
「京都からわざわざ来たってことは修験道に興味があるんでしょ。男体山は修行の山だからねぇ、登山って言ってもなかなか厳しいわよ」
「登山は根性で頑張ります。実は仏教系大学の一年生なんですが、仏さまについてもっと深く学びたいんです。仏教関係で有名な仏像とか遺跡とかあったら教えてもらえませんか」
女将さんは腕組みしてしばし考え込んでいたが、一段と真剣な眼差しになった。
「まず御祭神は二荒山大神 (ふたらやまのおおかみ)なのに、神社は日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)と呼ぶから気をつけて。男体山は昔の名が『二荒山(ふたらさん)』だったのと、宇都宮市にある二荒山神社(ふたらやまじんじゃ)と間違えないように日光を冠したらしいわ」
まるで歴史の授業みたいな内容が続くので、僕はメモを取るのに必死だ。
「8合目に瀧尾神社があったり、途中で小さな神社が見られるけど、頂上には二荒山神社の奥ノ院があって近くには二荒山大神の像が鎮座してるから。『良縁の鐘』や人より大きな光り輝く『御神剣』も見逃さないように・・・・・・ふう」
女将さんは一息つくと続ける。熱意なのかサービス精神なのか。いずれにしろありがたい。
「まあここまでは観光向けって感じね。そろそろ仏教に関係してくるからよく聞いといてよ」
改めて言われるとこちらも力が入る。右手のボールペンを握り直した。
「奈良時代後期の僧侶、勝道上人(しょうどうしょうにん)は苦難の末に男体山登頂に成功し、日光山を開山したの。少年のときから山で修行を続け、開山の祖となったのは48歳頃らしい。中禅寺湖畔に中禅寺を建てたのも勝道上人。さらに二荒山神社にも関わった可能性があるんだけど、こちらは資料がないの」
「え、それは残念ですね」
僕は話しの流れから期待していただけに心からそう思った。
「まだ続きがあるのよ。勝道上人は83歳で天寿を全うするんだけど、その数年前に知人を介して日光における足跡を記録に残すよう空海に依頼したの・・・・・・」
「空海って弘法大師の空海ですか!」
「そう、すごいでしょ。空海はそのとき41歳で、知人からの依頼を受けて記した『日光山碑』が遺ってる。しかも日光二荒山神社の境内には、弘法大師空海お手植えとされる樹齢千年の高野槙があるのよ」
「つまり、空海も男体山を登ったということ?」
「二人が直接会うことはなかったけど、山岳修行を通じて繋がっていると言えるんじゃないかなぁ」
「胸が熱くなるすごいお話しをありがとうございます」
「わたしもほれ、長年ここで登山者を送り出してきたからさぁ。せっかくなら感動してほしいのよ。あ、そうそう、肝心なこと忘れるとこだった。修験道の修行場として歴史があるだけにハンパないから。事故にだけはくれぐれも気をつけてちょうだいね」
「わかりました。覚悟して登ってきます」
このような場合、気持ちを表わすのに「覚悟して」はふさわしいのだろうか。
僕は歯磨きをしながら自分の言葉を振り返ってみたが答えは出ず、寝床に入ってからも悩んでいるうちに眠くなってきた。
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