“声なき声”シンドローム
歌声で女性に惚れたのは初めてかも知れない。
友人の結婚式に呼ばれ、二次会で行ったカラオケ店に彼女もいた。
俺は新郎の職場の同僚で、新婦と彼女は大学時代の同級生というわけだ。
ドレスコード「平服」にふさわしいネイビーのパンツスーツを選ぶところなど好感が持てた。
なにより彼女が歌う染み入るような『元気を出して』が俺の琴線に触れた。
職場の飲み会で話しかけるようなノリで誘ってみた。
「素敵な歌声だね。いつか俺がよくいくカラオケ店で聴かせてよ」
❤️💓💘
彼女はパープル系のシャツにスキニージーンズ。ポニーテールという姿で現われた。
カラオケ店は閉塞感がない広めの部屋を予約しておいた。
まずはスピッツの『空も飛べるはず』を気持ちを込めすぎないようポップに歌った。
彼女は『純愛ラプソディ』を笑顔で歌った。おいおい、いきなり意味深だな。
竹内まりやが好きというから、山下達郎がいたシュガーベイブの『DOWN TOWN』をリクエストしてみた。
「EPOのだったら歌えるわよ」という。
ダウンタウンに繰り出した気分でノってきた俺は『能古島の片想い』で少し落ち着かせた。
「ねえ。この前の二次会で歌った曲がまた聴きたいんだけど」
「いいけど。これを歌うと入り込んじゃうのよね。二人だとちょっと恥ずかしいかも」
「すごくよかったんだよ。まりやワールドに飛んじゃっていいからさ」
「うん。わかった。じゃあ・・・」
彼女が歌う『元気を出して』はやはり素敵だ。他の曲も上手かったがそれを超越したなにかを感じる。
歌い終えて余韻に浸っている彼女に声をかけた。
「なぜ披露宴の二次会で敢えて『元気を出して』を歌ったんだい」
「特に理由はないの。この曲に呼ばれて歌う感じに近いかな」
「そんなに特別な歌なんだ」
「歌っていると“声”が降りてくるのよ。ある意味特別かも」
「どんな声が降りてくるんだい」
本来は彼女の心情を気遣うべきだろう。しかし好奇心が勝ってしまった。
「ダメ。それを明かすとろくなことがないから」
「俺は何が起きても大丈夫だから。頼むよ」
「・・・」
「え?」
「・・・」
「なんか言った?」
「やっぱりお前もか!」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★
岩戸あゆみは玉名ゆうじに暴行を加えて重傷を負わせた。凶器はカラオケ店のリモコン端末と思われる。玉名は脳しんとうのため病院に搬送されたが、現在は意識を回復している模様。
警察署の取調室で平戸ゆり刑事が確認した。
「なぜ玉名ゆうじを殴打したんだ。わいせつ行為があったのか?」
主任の高橋刑事が顔を近づけた。
50代の昭和感が抜けきれないおじさんだ。
「高橋さん。それはちょっと・・・」
新米刑事の平戸ゆりが口を挟んだ。高橋刑事の強引な取り調べを懸念したのだろう。
「違います!彼は紳士的で純粋にカラオケを楽しもうとしていました。だけど・・・」
「何があったのかしゃべったらすっきりするぞ」
高橋刑事は懲りない。
平戸ゆりも諦めてベテラン刑事のお手並みを静観することにしたようだ。
「歌っていると“声”が降りてくるんです」
「こえっ?」「が降りてくる?」
二人は素っ頓狂な声を上げた。
「どんな声が降りてくるんだ」
「それは・・・言えません」
「黙秘権か」
「じゃあ、質問を変えよう。どんな歌を歌ったんだ」
「『元気を出して』です」
「薬師丸ひろ子の。懐かしいな」
「違います。竹内まりやさんじゃないと降りてきません」
「おいおい。そんな作り話が通用すると思ってるのか」
高橋刑事が鼻で笑った。
あゆみがムッとした顔で言い放った。
「もう。一度だけですよ!何回も言うとろくなことがないんだから」
二人は全神経を集中した。
「・・・」
「え?」
「あんだって?なんか言ったか?」
顔をしかめる高橋刑事を見て呆れたのは平戸ゆりの方だ。
「高橋さん、聞こえなかったんですか!」
「うん。何も・・・」
するとゆりが閃いたように目を輝かせた。
「モスキート音スイッチかも」
「モスキート音ってあれだろ。若者にしか聞こえない周波数みたいな。俺がおっさんだから聞こえないってか?」
高橋刑事が勘違いするのも無理はない。「モスキート音」は蚊の羽音のような高い周波数の音を意味する。加齢とともに聴力が落ちて周波数の高い音を聞き取りにくくなるという説だ。
「そうじゃないんです。男性が女性と話していてストレスを感じると、本能的に理解できなくなる現象を“モスキート音スイッチ”というらしいんです」
「そんなバカな。君は彼女に降りてくる“声”がわかったっていうのか」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、何て言ったんだ」
「あっ。それはダメ・・・」
あゆみが止めるより一瞬早くゆりが口を動かした。
「・・・」
「え?」
「・・・」
「なんか言った?」
「やっぱりお前もか!」
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新米女性刑事がベテラン男性刑事に暴行。原因は「モスキート音スイッチ」か?
「デスク!これスクープですよね!」
若手記者が興奮気味に原稿を見せた。
「それが残念ながらお蔵入りだ」
「なんでですかー?」
「“声”だよ。上層部からストップがかかった。どうやら政界の力まで働いているらしい」
「そんな・・・」
ガックリと肩を落とす若手記者。
彼は原稿の一節を見つめ続けた。
「やっぱりお前もか! なぜ“かいしょなし”が聞こえないのよ」
ー了ー
【参考文献】
#モノカキングダム2024
#小説
#ショートショート
#モスキート音
