見出し画像

整体師とお坊さんとカカシ 第13話

「隠れ猫背」
 なんと忌まわしい響きであろう。

 看護師として患者さんに「ありがとう」と言われたときは晴れやかな気持ちになって疲れも吹っ飛ぶ。でも出来ることは限られている。直接治療するのはドクターであり、私たちはサポートに徹するしかない。

 整体師ならば自分で施術を行うのだから、もっとダイレクトに貢献できるのではないか。そう思って勉強してきたのに、自分自身が「隠れ猫背」だなんて残酷すぎる。

 憧れていた看護師の世界もいいことばかりはありゃしない。お局様やベテランドクターから「役立たず」と言わんばかりの態度を取られることだってある。その程度は数年で慣れたが、やはり患者さんからのクレームはボディーブローのようにきいてくる。そのうえ来る日も来る日も繰り返すルーティンワークは逃れられない宿命のようなもの。

 93歳のT子さんが書いたメッセージにあった
「何を社会にのこすのかな 目標がみつかりました」
 という言葉が私のトリガーを引いた。
「私がやりたいことってこれなのかな?」という想いが膨らみ始めたのだ。
 タイムリーにツンノーテを知り、整体師の道が見えてきたというのに。

 あの人、整体師なのに自分が「隠れ猫背」なんだって。
 「隠れ猫背」のくせに、他人の心配してる場合かよ。
 まずは自分が整体で「隠れ猫背」を直さなけりゃねぇ。
 「隠れ猫背」「隠れ猫背」「隠れ猫背・・・・・・」

 ほんの1秒か2秒の間に私の頭はネガティブな思考でいっぱいになってゆく。

「隠れ猫背ってどんな症状なんですか?私どうしたらいいですか?」
 現実にしがみついて自分を取り戻し、阿比留道代先生に救いを求めた。
私に「隠れ猫背」を宣告したのだから、説明責任を果たしてもらわねば困る。

 すると当の阿比留先生は至って冷静に話し始めた。
「勉強会の資料には載ってないから、野中先生も教えてないようね」
 彼女は自分で背中を丸めながら続ける。
「猫背っていうと、姿勢が前屈みになって肩から背中にかけて丸まってしまう、こんなイメージでしょ。一般的に猫背と呼ばれるのがこれで、敢えて分類すれば背中猫背ね」
「ですよね。私は猫背と言われたことないし、自分でも思っていませんでした」
「わかりにくいのが首猫背や腰猫背なのよ。もっとめんどうなのが首、背中、腰とそれぞれ関係してくる猫背。つまり明らかにわかる背中猫背以外は隠れ猫背ってこと」

「隠れ猫背」
 私はその不吉な語感にびびったが、真相を知って少し落ち着いた。

「じゃあ、隠れ猫背も整体でなおせるんですよね」
 私の声からテンションが上がったことを察知したのか先生も微笑んだ。
「この際だから教えとくけど、整体って施術だけじゃないから。そこんとこ勘違いしないように」
「あ、はい」
 阿比留先生の表情が変わった。うまく表現できないが、さっきまで消えていた「魔女」のオーラを再び放ったような感じだ。
「首猫背はスマホ首だから頸椎矯正、背中猫背は胸椎矯正、腰猫背は骨盤矯正。まあ間違ってはないんだけど正解でもない。なぜかわかる?」
 しかもひと言ひと言が「言霊」のように響く、あの圧が戻ってきた。
「えーっとー、頸椎矯正はNGだから・・・・・・」
「ふーん、野中先生とこじゃ頸椎NGなんだ。懸命ね。でもそこじゃないのよ」
 やばっ、FBG全体が頸椎矯正NGってわけじゃないのか。余計なこと言っちゃったかな。

 私が戸惑っていると、阿比留先生はどんどん先に進んでゆく。
「背骨の生理的湾曲は習ってるよね」
「背骨はS字カーブを描いているってことでしょうか」
「そうそれ。じゃあ、なぜS字カーブになってるの」
「確か、歩いたり跳んだりしたときの衝撃が脳に直接伝わらないようクッションとなるためです」
「そうね。でも背骨自体は直立することもカーブを描くこともできないはずでしょ。骨なんだから」
「そこは、脊柱起立筋とかいろいろな筋肉が支えているんだと思います」
「よろしい。ホントは僧帽筋などのアウターマッスルから腸腰筋といったインナーマッスルまであらゆる筋肉とさらに筋膜が関係してるんだけど。おいおい勉強するといいわ。つまり、整体師の施術による椎骨矯正で一時的に背骨のS字カーブを取り戻しても、それを支える筋肉群のバランスが悪ければまた歪んでしまう」

 先ほど、講習で骨盤矯正を教わったばかりなんですけど。それすら空しくなるようなことを言い出さないでもらえませんか。失望感から不満が爆発しそうなのをグッとこらえた。
 施術で背骨を矯正しても解決するわけではなく、まだ続きがあるというのか。私は自分の「隠れ猫背」を心配していたが、どうやらそれを解消するには施術を超えた「整体」を知らねばならないようだ。

 この状況でそこまで聞き出すには核心に迫るしかない。上手くいかなかれば機嫌を損ねてしまう恐れすらある。私は一か八か賭けてみた。

「阿比留先生。失礼ながらお聞きしますが『ランバーロールの魔女』と呼ばれてるのをご存じですか」

 怒って感情的になられたら大切な秘密を教えてくれることはないだろう。
失敗を覚悟でぶつけたところ、半ば呆れたような表情で答えてくれた。

「面と向かって言われなくても、あれだけ騒がれたら耳に入るわよ。ランバーロールが得意なのは長年の施術で身につけた努力のたまもの。それを魔女だなんて失礼しちゃうわ。さも要領よくこなしてるみたいに聞こえるでしょ」
 不満そうにな口ぶりながら微笑みを浮かべており、突き放した感じではない。私は前向きに受け止めてさらに踏み込んだ。
「この講習会で阿比留先生に初めてお会いしたのですが、魔女ではなく『美魔女』だと思ったんです。きっとその若さと美しさを手に入れるには奥義のようなものがあるはずと直感しました・・・・・・」
いよいよ核心を聞き出そうというところで言葉を飲み込んだ。
 魔女は私の考えていることなどお見通しなのだろう。ギロリと睨んで代わりに話し出す。

「私の目に狂いはなかったようね。真山舞。あなたを呼んだのは見込みがあると踏んだからなの。魔女だか美魔女だか知らないけど、私がアンチエイジングのために続けている奥義を教えましょう。きっとあなたの悩みを解消する役に立つはずよ」
「悩みって隠れ猫背がなおるんですか」
 私はトントン拍子に事が運んで先を急ぎすぎた。いや、浅はかすぎてまだ先があることに気づけなかった。
「あなた、大きな悩みを抱えているでしょう。隠れ猫背もそのストレスからきてるのよ」
「え?隠れ猫背を引き起こすほどの悩みですか・・・・・・」
 ドキドキした。もしかして阿比留先生は私の「青い光」に勘づいたのだろうか。まさか、それはあり得ないだろう。だとしても洗いざらい明かすわけにはいかない。
「どんな悩みかはわからないけど、誰しも話したくないことの一つや二つあるわよね。それを知りたいわけじゃないの。あなたにポテンシャルを感じたから、奥義を授けてみるのもおもしろいと思ったわけ。どうする?」
「お願いします」
 断る理由などない。即答した。
「いいでしょう。でも時間があまりないから、1回しか教えない。集中してついてきて」
 阿比留先生はそう言うとソファーから立ち上がった。私も合わせて立ち上がる。
「ここはパノラマビューになっていてちょうどいいわ。夜空を眺めながらやりましょう」
 大きな窓に向かって、両足を肩幅ほどに開き腕は横にだらりと下げたまま自然体で立つ。
「今からやるのは呼吸法のようだけど、気を巡らせるように意識すること。目には見えなくても血液やリンパ、神経によって気の流れを感じられるようになる。それにはイメージすることが大事」
「はい、イメージすることですね・・・・・・」
「しゃべらないで。私の言葉に集中してイメージを膨らませながら、同じようにカラダを動かして」
 思わず返事しそうになったが、なんとか食い止めて先生の言動に集中する。

「地球の中心から自分の足の裏を通って、さらに頭頂部を抜けて太陽まで一本の線を引いて。鼻からゆっくり息を吸いながら、マグマのエネルギーが足の裏に伝わり、呼吸とともに上がってくる。まずはおへその下、指3本分ほどのところにある丹田に一旦気をためて、次は両乳首を繋げた胸骨にある膻中(だんちゅう)に気をため、さらに上がって頭頂部にある百会(ひゃくえ)を通って太陽と繋がっていることをイメージ。ここまでの呼吸は鼻から静かに4秒間吸って、口から細く7秒間吐き、鼻から4秒間吸う。これを静かに繰り返す。急いだり力んで呼吸しないこと。両手は気の動きに合せて丹田、膻中とゆっくり上げて、百会のときは両腕を天に向けて伸ばす感じで」

 先生は横に立って真似ている私がきちんとついてきているか気にしながら続ける。

「天に向けて伸ばした両腕を、ゆっくり息を吸いながら、伸ばしたままで左右に広げましょう。このとき『宇宙と自分は繋がっている。自分は宇宙のなかにいる』さらに『世の中の人々、起きている全て』をもらいうけなさい。気は百会、膻中、丹田と下ろしてゆき、腕もそれに合わせて下げます。丹田で気をためたら、息を吐きながら地球の中心に向けて全てを吐き出しましょう」

 両腕を下げて前屈の形になったところで終わりらしい。先生が体勢を崩してこちらを向いた。

「これが1セット。普段は3セット、時間があれば5セットやるといいわ。どう、できそう?」
「あ、はい。慣れればなんとか・・・・・・」
「もしかして、スピリチュアルみたいでヤバそうとか思ってる。まあ、これ以上は勧めないから安心しなさい。やるか、やらないか。自分次第ってことね」
「もちろんやります!思ったより複雑だったから忘れないようにインプットするのに必死で、反応が悪くてすみません」
「ふふ、じゃいいんだけど。あなたなら大丈夫よ。きっと成長してくれると信じてるわ」
 
 スピリチュアルだなんて思うわけがない。私は隠れ猫背のみならず「青い光」の謎も解消するため、阿比留先生の奥義を体得しようと誓った。



第14話へ続く⇒


投稿した小説はマガジンで読むことができます↓


#創作大賞2026
#お仕事小説部門

いいなと思ったら応援しよう!