筆が止まったときにおすすめ|楽しく読める“小説の書き方”本(童話もあるでよ
「クスリ」と笑い、「ウルッ」としたり、「うーん」と唸る 【原点回帰】自分が書きたいこと
こんなキャッチコピーを作って己を鼓舞したりもしました…
とボヤいてるってことは…
そうです。またしても書けなくなっちゃったのです。
井上陽水は歌いました「限りないもの、それは欲望♪」と。
ブルーハーツだって歌いました「あれも欲しい、これも欲しい、もっともっと欲しい♫」って。
ゆーしんけんは「あれも書きたい。これも書かこうか。おっとあれも書かなきゃ」と呻きました。
なんで呻いたかというとキャパを超える情報量を同時こなそうとして脳みそが渋滞。にっちもさっちもルイアームストロング(ギャグも冴えず)というわけ。
でもご心配なく。こうして書いているのですから、もつれた頭脳がほぐれだしたようです。
“小説の書き方”本
長編小説の構想を練ったものの、いざ書き始めたら全然進まない。
「あーあ、つまんないなぁ~。地面から吉岡里帆が生えてこないかなぁ」(これずん飯尾のネタです。念のため)。なんてウダウダしていると、noteの投稿も滞ってることに気づくわ、Talesのショートストーリー企画だって書いてないし。
「どうするっ。あれもこれもそれも書きたい。けど書けない」とパニクったようです。
そんななか、まずは長編小説をなんとかせねばと悩み、苦し紛れに“小説の書き方”本を開いてみました。
これまで「文章力」や「エッセイ」「ライトノベル」などの書き方に関する本を購入したり図書館で借りて読みました。(ごめんなさい、途中で読むのを止めたものもけっこうあります)
「よーし、上手く書ける方法を手にするぞ」とやる気満々でページを開いても、目次やはじめの数十ページでだいたいわかったつもりになってしまう。これ悪い癖。
もちろん『息をするように小説のことを考える ―秘伝「書く」技術』(夢枕獏)みたいに図書館で手に取って完読し、また気になって借りるほど参考になった本も少なくありません。
“小説の書き方”本といえども、読んでおもしろくなければ、飽きちゃう可能性があります。まして筆が止まって悩んでいるときにモチベーションアップするにはわかりやすくて“ご機嫌をとってくれる”内容が望ましいでしょう。
今回は、わたしの手元にある三冊を紹介したいと思います。
『マナーはいらない《小説の書きかた講座》』(三浦しをん)
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わたしが購入したのは3年くらい前かな。「当たり」だと思いました。エッセイとして楽しみながら、小説を書く初歩的な知識や、構想や構成についてわかっちゃうのですから。
例えば中黒(なかぐろ)を三つ並べる「・・・」と、三点リーダー「…」をどう使い分けるかについて解説しつつ、「でもそれが原因で新人賞に落ちるということはありません」というような、三浦さんらしい心づかいに溢れています。
第一刷発行は2020年11月。その頃に人気を博した『HiGH&LOW THE MOVIE』シリーズの話題がしばしば登場。三浦さんは「EXILE一族」を推しているらしく、その熱量がこの本をさらに昇華させた節すらあります。ほかにも小田和正(オフコース)の 『言葉にできない』を引き合いに出すなど、サービス精神旺盛な性格がうかがわれます。
ちなみにまったく触れられていないのがAIのこと。わずか4年でAIがこれほど文学界を席巻するとわ。そんなことを思いながら再読(たぶん4回目)しました。
とくに印象に残った部分を引用させていただきます。
小説に真剣であるがゆえに、「こんな感じじゃダメだ」「この企画は自分には合わないんじゃないか」と考えすぎてしまうのだと思います。
その気持ちもとてもよくわかりますが……。と共感してくれる三浦さん。どのように乗り越えればよいのかまで、しっかりアドバイスしてくれてます。
プロ作家が教える 小説のつくり方(真代屋秀晃)
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著者の真代屋秀晃さんは『韻が織り成す召喚魔法』(2014年発売)で第20回電撃小説大賞・金賞を受賞。現在は母校の専門学校で講義を持っています。
この『プロ作家が教える 小説のつくり方』は2025年5月に初版発行されたばかり。すでに“小説の書き方”本が溢れるなか、とっつきやすくて誰でも楽しめるよう工夫されています。
真代屋さんはライトノベル作家ですが、漫画原作を手がけており、フリーライター・シナリオライターとしても知られます。本作はエッセイでなく、専門学校講師「真代屋」と生徒の「語郎」と「文香」によるドラマタッチで進行します。ラノベを読むように楽しみながら、小説を書くポイントが頭に入ってくるのは魅力と言えるでしょう。
真代屋 私はヒップホップが好きで、ラップバトルを題材にした小説を書いたことがあります。それが受賞作になりました。
文香 あたし先生のデビュー作知ってます!(中略)講義してくれる先生の小説なんだし、読んでて当然でしょ。誰かさんと違って、あたしはそもそも小説が好きだし?
語郎 くそ、いちいち腹立つな……。
真代屋 はい、ギスギスしない。話しを戻しますが、これはヒップホップが好きだったから書けたわけで、知らなければ当然書けませんでした。つまり自分の「好き」はネタになるのです。では単純に考えて、その「好き」の数が多いとどうなるでしょう?
このようにキャラが会話しながら「小説のつくり方」を教えてくれるのですが、わたしは感情移入してウルッとしちゃいました。
本作は「小説を書いて賞に応募しよう」と勧めています。わたしの知る限り、他のどの本よりも強力に勧めています。
だから作者は自らこんなことまで明かしているのです。
「5回連続で一次選考落ちです。自分にはやっぱり才能がないのでしょうか?」
先日、小説家志望のとある学生に言われたことです。
この手の相談は本当によくあります。学生だけでなく、卒業生からも同じ相談をよく受けます。
そういうとき、私はいつもこう返します。
わたしは真代屋さんの“返し”に唸りましたね。
童話作家になる方法(斉藤洋)
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「“小説の書き方”なのに童話作家?」と思われるかもしれませんが、いいんです。
Talesでも7月に「第2回 角野栄子もっとあたらしい童話大賞」を応募(7月31日〆切り済み)したほどですから、大いに関係ありと言えるでしょう。
斉藤洋さんは1986年8月に第27回講談社児童文学新人賞を受賞し、受賞作『ルドルフとイッパイアッテナ』でデビューされました。ちなみに『童話作家になる方法』のあとがきに平成28年(2016年)と記されてます。
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応募を決めた頃は貧乏暮らしだったそう。
『ねじりハチ巻きで児童文学に挑戦してみよう。小説を書くのは大変ですが、児童や少年少女向けの童話や冒険小説なら、何とかなるかも』
新聞に掲載された募集記事を目にして“飛びついた”というドラマティックな展開について、複雑な胸のうちを綴っています。
自ら「空と大地に目がいく状態」だったと分析するのですが、そうした思考の仕方は小説に役立ちそう。
“小説の書き方”本では「テーマ」や「プロット」について解説されていることが多いように思います。
斉藤洋さんは、視点が変わっているうえに表現がおもしろい。わたしはそう感じて文体が参考になりました。
物語にとって必要なのは何よりもプロット、すじ、展開、つまりは、〈おっ、おっ、おっ……。ワーっときたら、ドンガラガッシャーン!〉なのである。
あと「話を思いつくケース」も興味深いものがありました。日常の行動や会話がつながっていき“発想”が生まれるんだなーって。
奥江幸子さんには七つの怪談シリーズのイラストでお世話になったという斉藤さん。「奥江先生のお通夜の帰り」に不思議な体験をしたそう。
イラストを描いてもらった方々との思い出から、童話作家の印税事情まで、様々な角度から視て書かれたエピソードは飽きることがありません。
まとめ
『筆が止まったときにおすすめ|楽しく読める“小説の書き方”本』というタイトルは、本当に筆が止まっていたときに書き始めたから思いつきました。
『マナーはいらない《小説の書きかた講座》』は自宅本棚から久々に手に取った一冊ですが、あとの二冊は図書館で目にして“藁にもすがる”つもりで借りたもの。
書くことをしばし忘れて読んでいると、まずはnoteに投稿しようという意欲が湧いてきて、2週間ぶりに書けたのがこの記事です。二日かかりました。書きながら「小説だって同じこと。少しずつ書き重ねていくことだ。長い文章が勝手に閃くわけではない」と納得できました。
自らに戒めを込めつつ書いたので、“小説の書き方”本の紹介としては、とりとめもない内容になってしまいました。ここまでおつきあいいただき、本当にありがとうございます。
最後に『童話作家になる方法』で斉藤洋さんが書かれた言葉を引用させていただきます。
自分で『ドローセルマイアーの人形劇場』(1997年)のあとがきを読んでいて、こういう文章に出くわした。
だれしも、運命が扉をたたく時というのがあるのだと思う。そのノックの音に気づかなければ、それはそれでしかたがない。しかし、気づいていながら、気づかぬふりをすることのほうが多いのではなかろうか。多くの人々には平穏無事な、いわばそれなりに安定した生活があって、その生活の中で、人々は時として運命のノックの音を聞くのだ。そしてたぶん、たいていの人は、いろいろ言いつくろっては、その音を無視して日常に埋没していくのだろう。
ドローセルマイアーことフリッツ・バウマンは、エルンスト・シュミットに宛てた手紙の中で、こう言う。
「できる力を持っている者でも、やる気になってくれなければ、どうしようもない。」
さらに言わせてもらえば、〈やる気はあったが、事情が許さなかった〉は、たいていの場合、言いわけにすぎない、と私は思う。
ドローセルマイアーの人形劇場
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【参考動画】
『限りない欲望』井上陽水
『夢』THE BLUE HEARTS
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※この記事はカタリベ活動に参加しています
