まるで“タイムマシーン” 一瞬で半世紀前の新鮮な感動を蘇らせたボブ・ディランの歌。
「書きたい」「書きたくない」「書きたい・・・」
花びらこそちぎりませんが、こんな気持ちでした😭
気合いが入った記事を書き上げた後は、一時的な“やる気無し症候群”に陥りがち。と言っても勝手にマニアックを炸裂させただけですけどねっ。
で、昨日のこと。
「だるいなぁ~」「書きたいけど、書く気になれないなぁ~」「どうしても書けない。なんでかなぁ~」
などと宙を見つめながら過していたところ。来たのです!突然!
「こ、これはーーーー!」
FMラジオから流れてきたギターとバイオリンの音を耳にした途端、条件反射のように立ち上がってラジオの前に歩み寄り姿勢を正しました。
ボブ・ディランが歌う『ハリケーン』を直立不動で聴きました。いえ、吸収したという方が正しいかも知れません。
(ホワンホワンホワン・・・ ※過去の風景に移動する効果音/久々に使った)
福岡県のとある新興住宅地。両親はボクの成績が急降下したことを心配して、荒れた中学からの転校を考えたらしい。
新築の戸建てに引っ越した。こちとら、中学3年生から新しい環境で暮らすのも精神的負担は大きい。
転校先の中学では男子は坊主頭にしなければならず、初めて行く床屋でおじさんから「いいね。バリカン入れるよ。いいね」と念を押されて涙ぐんだ。
引っ越してよかったのは、戸建て住宅で自分の部屋があること。前の家から持ってきたステレオをボクが使わせてもらったので、レコードを聴く機会が増えた。ほとんどビートルズのレコードばかり聴いていた。
ビートルズ関連の雑誌や解説本を読んでいたら、ボブ・ディランのことも書かれていた。影響し合ったことを知り「すごいやつなんだな」という印象を持った。でもボブ・ディランの曲は自慢のタテ型カセットラジオで流れるのを聴く程度だった。
部活動をするでもなく、音楽ばかり聴いていたが、卒業は出来た。地元の公立高校に進学した。学校では仲の良い友だちもできず、相変わらず帰宅してレコードを聴くかギターを弾いていた。
ある日、ラジオから流れてきたギターとバイオリンの音が耳に飛び込んできた。「ん?」と神経を集中すると同時に彼の歌声を聴いて脳天に電気が走った。いや背中にも感じたかもしれない。
ラジオDJによるとボブ・ディランの新曲で『ハリケーン』というらしい。
「なんだったんだ!今の歌は!あんなすごいの聴いたことがない。ビートルズとはまた違った感動だ。もっと聴きたい」
ボクは後日、高校の近くにあるレコード店に行って『ハリケーン』のEP盤を買った。
自宅に帰って、ドキドキしながら針を降ろした。ああ・・・これだ・・・間違いない。あの心に染みこむようなバイオリンの旋律に続きボブ・ディランが歌いはじめる。
淡々とした節回しの歌が繰り返されるように続く。しかし飽きるどころかジワジワと血がたぎってくるのを感じた。
ところが、音楽はフェイドアウトしていくではないか。
よく見たら、『ハリケーン』の演奏時間が長いためA面とB面にわけて録音されているという。
レコードを裏返してB面に針を降ろして、フェイドインして途中から聴かなければならない。
仕方ないからその作業を挟みながら聴いていたものの、一時的な興ざめは否めない。
やがて、ボブ・ディランが1年後に発売したニューアルバム「欲望」(原題:Desire)ならば『ハリケーン』を途切れることなく聴くことができるとわかった。
しかし、親にもらう小遣いでは足りず、高校の学食で定食を我慢して素うどんをすすって貯めたお金でレコードを買っていた時代だ。アルバムは諦めた。
他にもエアロスミスやジェフ・ベックなどほしいレコードがあったから。やむを得なかった。
(ホワンホワンホワン・・・現代に戻るときの効果音)
2025年2月17日(月・電子書籍の日)の昼下がり。
市役所から支給された“防災ラジオ”でFM放送を聴いていたわたしは、偶然耳にした『ハリケーン』によって50年前の光景を思い浮かべたのです。
勉強部屋で寝転がってステレオでレコードを聴いている姿。『ハリケーン』を繰り返しかけて「何か熱く燃えるものを感じた」あの時。
当時はビートルズをはじめ洋楽をよく聴きました。なにしろ英語の歌詞は意味がよくわからないから、とにかく曲が優先です。
『ハリケーン』は解説に「終身刑を言い渡された黒人ボクサー、ルービン“ハリケーン”カーターのえん罪を訴えるため、ディランが書いたメッセージ・ソング」と書かれていました。ディランの歌声からその思いは感じられたものの、歌詞の内容はほとんどわかっていなかったのです。
今回、ラジオで偶然に聴いたことから懐かしくなり、YouTubeで探しました。半世紀で音源もずいぶん変わったものです。
すると「ハリケーン (日本語字幕ver)」があったので視聴したところ、今度は歌詞の素晴らしさに心を奪われました。
ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したとき、一部から「ミュージシャンの歌詞が“文学賞”とはいかがなものか」と批判する声が上がったんですよ。
彼には文学的にも素晴らしい作品がたくさんあります。『ハリケーン』はよい例になるのではないでしょうか。その歌詞はまるで小説のごとく、ディランが歌えば「朗読劇」を聴いているような感動を覚えます。
『ハリケーン』が発表されて以降も、ロサンゼルス暴動など差別による迫害事件から起きた暴動が後を絶ちません。“高校生のわたし”に言いたい。英語を勉強して歌詞もちゃんと理解しろよって。
そういえばラジオのパーソナリティーが『ハリケーン』にまつわるエピソードとして「ディランはレコーディングにエリック・クラプトンも誘っていたらしい。でもディランが気に入ったミュージシャンにどんどん声をかけてたんだよな。いっぱい集まりすぎて、結局クラプトンの出番はなかったんだけどね」とうんちくを話してたんですよ。
バイオリン奏者はスカーレット・リヴェラという女性アーティストで、やはりディランが見出したそう。
『Scarlet Rivera Music Official Website』にはこのような引用文が掲載されています。
「ディランは、彼のバイオリニストである恐ろしくセクシーなスカーレット・リベラについて、『彼女はどこへ行くにも剣を身につけていた、あの娘は』と語る」
ーナショナルレビュー
YouTubeで、1975年頃にボブ・ディランのライブでバイオリンを弾くスカーレット・リヴェラの姿を見ることができました。
その一つが『天国への扉』(Knockin' on Heaven's Door)の演奏シーン。
「Knockin' on Heaven's Door」は西部劇映画『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』のサウンドトラックに収録されている曲なのです。
“ビリー・ザ・キッド”と言えば、わたしが学生時代にハマった片岡義男の作品で最も好きな『友よ、また逢おう』が思い出されます。
そんな風にさまざまなことが蘇っていくんですね。
まだわたしが中学生の頃に大ヒットしたGARO(ガロ)の『学生街の喫茶店』に「ボブ・ディラン」が出てきます。それで「ボブ・ディランってなんだ?」って初めてその名を認識しました。
高校生になって音楽の教科書に『風に吹かれて』(英題: Blowin' in the Wind)』が載っていたときは感激しました。当時はよほどフォークソングに興味が無ければ曲までは知りません。教科書を見てすぐにわかったクラスメイトは少なかったように思います。
そういえば『ハリケーン』が収録されたアルバム「欲望」を買うのは諦めたけど、シングルカットされた『コーヒーもう一杯』(英題:One More Cup of Coffe)は買ったんだよなぁ。これもいい曲だぁ~。
片岡義男の本にも『コーヒーもう一杯』という本があったような。読んでないけど。
すごいな『ハリケーン』から始まったボブ・ディランを巡る回想の数々。しばし過去へ“タイムスリップ”した気分を味わえちゃうんだから。
時空を超えたつもりで書いたからとっちらかっちゃいましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
最後に音源や映像を【参考動画】として紹介しますので、お時間あるときにお楽しみください。
☆必聴・必見『 ハリケーン (日本語字幕ver)』
☆(ホワンホワンホワン・・・効果音)をイメージできない方のために😅🙋♂️
☆『天国への扉』(Knockin' on Heaven's Door)ライブバージョン
※スカーレット・リヴェラが出演しています。
☆ガロ『学生街の喫茶店』
※一番の歌詞に「ボブ・ディラン」が出てきます。
☆『コーヒーもう一杯』(One More Cup of Coffee)
※バイオリンはスカーレット・リヴェラの演奏。
【参考資料】※書籍の画像としてAmazonアソシエイトのリンクを貼っています。
☆『友よ、また逢おう ビリーザキッドの伝説』片岡義男
☆『コーヒーもう一杯』片岡義男
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※この記事は「騙り部」に参加しています。
