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悩みなさそうって言われる人は、透明な仮面をつけている|Masquerade 第一話

今日も来てくれてありがとう。
ようこそ、アトリエへ。案内人のルミナです。

ここは、音楽と言葉が静かに並ぶ場所。今日もひとつ、物語を置いていきます。まずは曲を聴きながら読んでみてくださいね。

今回は三部作の物語。
タイトルは 「Masquerade ― 仮面舞踏会」

私たちは毎日、仮面舞踏会みたいな場所で生きているのかもしれない。

誰も仮面なんてつけていないのに、
少しだけ違う顔で笑ったり、言葉を選んで話したりする。

それが嘘なのか、それともただの役割なのか。
その答えを探す、三つの夜の物語です。
今夜は、その第一話。
それでは——
舞踏会のはじまりです。

Masquerade|第一話 透明な仮面

朝の通勤電車は、いつも微かな静寂に包まれている。乗客の誰もが手元のスマートフォンに視線を落としているか、車窓を流れる景色をぼんやりと眺めているだけだ。真白ましろは吊り革を握りしめながら、同じ車両に揺られる人々の顔を観察していた。

怒りをにじませている顔はない。かといって、楽しげに笑っている者もいない。ただ、それぞれが向かう先を見据えたような、その場に馴染む表情を浮かべている。仕事に向かう顔。学校へ行く顔。まだ眠気の抜けきらない顔。 誰も嘘をついているようには見えない。それでも、真白はふと思うことがある。

――みんな、ちょっと違う顔をしている。

その人の本当の一日が始まる前の、準備中の顔。いわば女性が化粧をする前の誰にも見せない素顔。そんな気がしてならないのだ。

電車が駅に滑り込み、扉が開くと同時に人の波が動き出す。真白もその流れに身を任せてホームへと降り立った。

オフィスに着くと、受付の人に軽く会釈を交わす。
「おはようございます」
口をついて出た声は、いつもと変わらない平坦なトーンだ。特別に作り上げた声ではない。ただ自然に発声されたものだ。同僚と話すときは、声色が少しだけ柔らかくなる。
「昨日の資料、ありがとう。助かりました」
上司に対する言葉遣いは、自然と背筋の伸びたものになる。
「はい、今日中には確認しておきます」
どれも嘘の自分ではない。ただ、その場その状況にふさわしい言葉が、無意識のうちに引き出されているだけだった。

昼休み。会社の近くにあるカフェに入り、カウンター席に腰を下ろしてカフェラテを受け取る。真白はスマートフォンを取り出し、SNSのタイムラインを漫然とスクロールした。

友人がアップした華やかなランチの写真。誰かの旅行記。可愛らしい猫の動画。 しばらく眺めてから、真白はそっと画面を閉じた。自分の投稿を振り返ってみても、似たり寄ったりの内容ばかり。カフェのラテアート、見上げた空、たまに読んだ本の一節。添えるコメントも、「いい天気」「おいしかった」「最近読んだ本」といった具合で、ひどくありきたりだ。特別なことは何も発信しない。けれど、それで困ったことなど一度もなかった。

店内に耳を澄ませば、そこかしこからとりとめのない会話が漂ってくる。仕事の話、恋人の話、週末の予定。誰もが楽しそうに笑い声を上げている。しかし真白は、またしても違和感を覚える。

――この街は、少しだけ変だ。

誰もがちゃんと笑っている。それなのに、同じ笑い方をしている人間は一人としていない。ある人は口元を隠して控えめに笑い、ある人は周囲の目を気にせず快活に笑う。またある人は、向かいの相手にニコニコと完璧な相槌を打ちながらも、視線だけは手元のスマートフォンと腕時計を冷めたように往復させているのだ。しかし相手はそれに気づく様子もなく、上機嫌で話し続けている。

そういう光景を見ていると、ふと疑ってしまう。あそこで他愛もなく笑い合っているあの二人だって、本当に心から笑っているのだろうか、と。

誰もが、その場に最も適した笑い方を演じているように見える。
まるで仮面舞踏会。

もちろん、物理的な仮面をつけている者などいない。ここはただの街角で、ありふれた日常のひとコマだ。それでも、どこか似ているような気がしてならない。 真白はそんな途方もない想像をして、自分でも少しだけ自嘲気味に笑った。きっと、ただの考えすぎに違いない。

夕方になり、一日の業務が落ち着きを見せ始めた頃。同僚たちがデスクの周りに集まり、軽い雑談に花を咲かせていた。
「真白ってさ」
隣の席に座っている同僚の彩が、ふと思い出したような口調で声をかけてきた。
「なんか、いつも落ち着いてるよね」
別の同僚も深く頷きながら同調する。
「分かる。怒ってるとことか見たことないかも」
真白は少しだけ口角を上げる。
「そんなことないよ」
「真白ってさ、悩みとか全然なさそうだよね」
彩は軽い口調で言葉を重ねた。

周囲から小さな笑い声が漏れる。そこに悪意がないことは分かっている。ただのイメージの話、よくあるコミュニケーションの一環だ。 真白は軽く肩をすくめ、愛想よく笑ってみせた。
「あー、悩みないかも。よく羨ましいって言われる」
再び場に笑いが起きる。会話はそれで終わり、誰もその後のことなど気にしていない。そのはずだった。

すっかり日の落ちた帰り道。駅前のコンビニから漏れる白い灯りが、無機質なアスファルトを照らし出している。人が行き交い、車のヘッドライトが次々と通り過ぎていく。いつも通りの、見慣れた街の風景だ。

帰宅した真白は、洗面所に向かい、鏡の前に立った。手を洗い、メイクを落としてから顔を上げる。鏡の向こうには、いつも通りの自分がこちらを見つめ返している。少し疲労の色が滲んでいるものの、特別変わったところはない。それなのに、昼間に投げかけられた言葉が、ふいに頭の中でこだました。

『悩みとか、なさそうだよね』

真白は鏡に向かって、小さく首を傾げてみる。
――私に、悩みがない?
そんなはずはない。仕事のことで落ち込む夜もあれば、ふとした瞬間に漠然とした不安を抱えることだってある。

それなのに、なぜあんな風に言われたのだろう。 思い返してみる。上司に頭を下げるときも、同僚と笑い合うときも。私は決して、自分の不安や悩みを表に出していなかった。その場に最もふさわしい、波風の立たない「正解」の態度をとっていた。

自分を偽って嘘をついた覚えなど、一度たりともない。それでも。もし、無意識のうちに「悩みなどない、いつもの私」を完璧に被っていたのだとしたら。

真白は、鏡の中に映る自分の顔をじっと見つめ直す。そこには、見慣れた自分の顔がある。笑っているわけでも、怒っているわけでもない。ただ、無表情で静かな顔。それを見つめながら、真白はぞっとするような疑問を抱く。

――これは、本当に私の素顔なのだろうか。

それとも、私はもう気づかないうちに。決して目には見えない、透明な仮面をつけているのだろうか。

窓の外では、夜の街が相変わらず静かに動いている。人々はまだ歩き、話し、そして笑い合っていることだろう。まるで、この街全体が巨大な舞踏会の会場であるかのように。誰も仮面などつけていないのに、誰もが確かに何かを身に纏いながら。

真白の戸惑いをよそに、夜はただ静かに続いていく。

(次話に続く)

『Masquerade I|透明な仮面』

笑い方だけ覚えて
名前より先に役を着た
素顔はもう
どこに置いたか忘れた

平気な顔が似合うほど
拍手が増えていって
何も隠してないみたいに
上手く隠せてた

嘘じゃない
ただ見せてないだけ
透明だから
誰も気づかない

透明な仮面で 踊る夜
本当の顔は 光に溶けて

幸せそうって  言われるたび
仮面の内側で
息を整えた

意味なんて要らないって
ワルツみたいに繰り返す
考えないための言葉が
ドレスみたいに重かった

欲しいものは無いふり
欲深さは美しく隠して
何も求めない私を  みんな褒めた

信じたんじゃない
信じられる顔をした
疑うより
楽なステップを踏んだ

透明な仮面で 踊る夜
本当の顔は 光に溶けて

外さなくていい
そう思えたまま
朝まで 踊っていた

仮面のまま踊る夜も、悪くないのかもしれませんね。
―案内人 ルミナ

 ―この街の舞踏会は、今日も続いています。

 

▽Masquerade ― 仮面舞踏会
 第一話
 第二話
 最終話


▼制作メモ
制作ツール:Suno / ChatGPT / canva / Gemini

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