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note記事を書くこと4


note記事のコメント欄について

私の記事に対するコメントについて

 私がnote記事を書いた後で考えることは読者の皆さんの反応です。コメントでの反応は、共感いただくこともあれば、違うと批判をいただくこともあり、また私が想定していなかった感想をいただくなど、様々です。私の場合、基本的には皆さんのコメントに対し、それにコメントで返すという形をとっておりますが、それはコメントを書いていただいた方に対する礼儀の意味と、noteの最後にある「皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えて」のことです。

 返信させていただいたコメントについては、必ずしもコメントを書いていただいた方のご期待に添うものではないかもしれませんし、また、意見が違った場合に対する反論がきつく感じる方もおられるかもしれません。しかし、反論も含め、皆さんのコメントへの返信は、時間を使って私の記事をお読みいただき、それに反応をするコメントに対する敬意の表れの意味合いがあります。その意味ではコメント欄へのご意見、ご感想はお願いしたいものであり、よろしくお願いします。

 また、ときにこれはと思うコメントについては、記事を書く際にコメント内容を紹介させていただくこともあります。例えば、「政治に対する雑感11-第50回(2024年)衆議院議員選挙の結果について考えること-」では、「第50回(2024年)衆議院選挙主要政党政策集に関する考察(後編)」での「(自称)競馬予報士佐久間さん」によるコメントを紹介させていただきました。内容については当該記事をお読みいただければと思いますが、この事例のように私にとって刺激となり、また新たな発見として認識いただけたコメントについては紹介をさせていただくことで、読者の皆さんとの交流を積極的に行う一助となるのではないかと思います。

自身の内容に不都合なコメント削除の是非

 インターネット上で政治分析を扱っているサイトの記事を見ていたときのことです。露宇戦争に関する記事でサイト主催者の露宇戦争に対するスタンスに批判的な書き込みが、いつの間にか削除されていたことがありました。当該書き込みの内容は、特に嫌がらせ的な荒らし行為とか、記事と無関係な宣伝とかではなく、あくまでも当該記事の内容を踏まえた上で、主催者の露宇戦争へのスタンスを批判するものでした。

 そのサイトの主催者は、別の記事で自身のサイトを政治的な立場を超えた様々な人たちに開かれたものであるとし、社会の理不尽さ、不条理性を否定するという政治スタンスを掲げていました。私個人はその書き込み内容自体には賛同はしなかったのですが、もし、サイト主催者と価値観が異なるだけで当該書き込みが削除されたとしたら、主催者の理念に反することではないかというのが私の率直な感想でした。

 主催者の書き込みの削除の裁量の是非については、様々な意見があるかと思います。ただ、私は閲覧者の書き込みに関する削除は荒らし行為、当該記事と無関係の内容の書き込み、違法行為、公序良俗違反、人権・プライバシー侵害などといった、良識に反する書き込みに限定するべきであり、自身と意見が異なることを理由に削除するべきではないと考えています。また、良識に反する書き込みであっても違法性、公序良俗違反、プライバシー侵害の蓋然性など削除の緊急性を要する場合を除けば、その書き込み内容の問題点を指摘した上でそれでも問題を改めない場合に削除するべきですし、緊急性を要する場合でも、事前通告なしに削除した場合はその然るべき理由を示すべきだと考えます。

 いずれにせよ、社会問題、政治問題を記事として扱う場合において閲覧者の書き込み欄を設けるのであれば、自分と価値観が異なる意見、批判的意見が書き込まれることは自然なことだと考えます。批判的な意見を価値観が異なることを理由に排除をする行為は、対話、議論の否定であり、相手を知ろうとする努力を怠るものでしかありません。また、自分と価値観の異なる意見はときに、自身への刺激となり、新たな発見の機会となる意味でプラスにもなる可能性も秘めているのです。その意味でも政治分析を扱っている当該サイトの主催者が自身と異なる意見の書き込みを、価値観の理由を違いに閲覧者に対して何の説明もなく削除をしたのだとしたら、残念なことであると感じます。

他の記事に対するコメントを寄せる場合について

 私以外のnote記事について、私は比較的積極的にコメントを寄せる傾向があるかと思います。内容は時事問題、社会問題からときに日常の何気ない内容、お見舞い、お祝いなど多岐にわたります。私個人は時事問題よりも、日常の何気ない記事にコメントを寄せることが好きで、日常の風景を写した写真などがあるといいな、と思ったりしています。私の記事自体が割と堅苦しい内容が多いことも、日常の風景の記事へコメントを寄せたいという気分にさせているのでしょう。

 昔はよく5ちゃんねるの議員・選挙板でコメントをしていたのですが、やはり内容に制約性があることなどもあり、現在は止めています。またX(旧ツイッター)でも、ときにコメントをしていたのですが、字数の制限や会員限定のクローズドとなった現在では使い勝手の悪さから、現在ではnoteを中心とした形でのコメント活動になっております。時折you tubeでの動画に対するコメントを書くこともありますが、you tubeでは動画を作成していないこともあり、双方向的なコミュニケーションとしてのコメントはnoteでの対応となるかと思います。

 2021年2月27日に初めてnote記事を書きこんで以来、4年が経過し、5年目に入りました。ここからが一つの山場かもしれません。引き続き読者の皆さんが私の記事にどう反応を寄せていただきたく、よろしくお願いします。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

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宴は終わったが サポートいただいたお金については、noteの記事の質を高めるための文献費などに使わせていただきたくよろしくお願い申し上げます。