『ぼくが、子どものころ、ほしかった親になる』幡野広志🌱
題名のことば、
なかなか言えないなあ〜
わたしには覚悟がなかったんだなあ〜
(今はあるのか?・・決める!ということか!?)
幡野広志さん
写真家、元猟師
34歳の時に多発性骨髄腫というガンになり、余命3年と診断される。
35歳の時、2歳の息子さんのために宛てて言葉を残したいと、ウェブで発信はじめる。ツィッターで悩み相談が届くようになり、息子さんに答えるつもりで答えていった、沿線上にできた本。
今現在も、写真家としてご活躍中。
読んでみて
ここにもすごく優しくて、強い人がいた!!
一番ビックリしたけど、そうだなあ〜と感心したのは、
息子さんが18歳になったら100万円あげようと決めていること。
100万円で何をしてもいいけれど、できたら一人旅をして、失敗して、自力で対処して、いっぱい経験してほしいと。
10代のひと夏を使って10万円稼ぐより、100万円親にもらって経験する方が、時間もお金も生きる。また40代になったら、生活費やちょっとした贅沢で一瞬で消えるけれど、18歳ならそのお金の価値は何倍にもなる。と、、、。
こんな考え方、わたしにはなかった。視野が広いなあ〜発想が柔軟だなあ〜と思った。
死を意識して生きてる幡野さんとでは、生きる密度が全く違う。言葉の重みも人としても深みも。
ふわふわ生きてるわたしに痛い言葉もあった。
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一部ご紹介
・自分の言葉で
相手に気持ちを伝える方法を、
息子に知ってほしい。
・「わかってほしい」を、やめる
息子には、言葉できちんと伝えられる人になってほしいから、親である僕と妻が、言葉できちんと、伝えられる人にならなくてはいけない。
・息子には「言葉で伝える人になってほしい」と教えるのと同時に、「いくら伝えてもすべては理解してもらえない」ということも知っておいてほしい。
誰よりも自分を理解できるのは自分以外になく、答えは自分で出すしかない。
自分を救えるのは自分自身。
そのちょっときつい事実を、しっかり引き受けて生きてほしい。
・僕は世の中の理不尽さは感じてはいたけれど、病気になると、いっそうそれがよくわかった。病気はいろいろなことを映し出す鏡なのだ。
ガンを公表してからは、いろいろな人の本音も醸し出された気がする。
レトルトカレーより安易なアドバイスをするという「優しい虐待」で、僕を苦しめた人もいた。うわべだけの同情をする人もいた。有益な情報をくれる人もいれば、役に立つ面白いことを話してくれたり、新しい挑戦をさせてくれる人もいた。
・病気はまた、自分自身がどんな人間かも、鏡のように見せてくれる。死が目の前に突きつけられたとき、どんな態度をとるかで、自分が何者かということがよくわかるのだ。僕の場合、幸せになるという夢についても改めて確認できたし、もともと興味があった生と死について、いっそう深く考えるようになった。
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表紙の写真がほんといい♡
夫婦で、カメラを向け合い撮ってるんだろうなあ〜
最後の息子さんの写真も
普段の息子さんの姿だと思うんだけど、なんとも可愛い。
いつものまんまが、そのまんまが可愛いって、こういうこと♡と思った。

