「父を破壊し、解き放つ娘」ルイーズ・ブルジョワ展
「家庭という環境は健全なはずなのに、たいがい、とてもとても心乱される。」- ルイーズ・ブルジョワ
この言葉のような心境の人は少なくない。ルイーズの作品は個人的でありながら、共感を通じて、個々の意識に揺さぶりをかける。
ルイーズ・ブルジョワ(1911年〜2010年)は、20世紀を代表する最も重要なアーティストの一人です。70年にわたるキャリアの中で、インスタレーション、彫刻、ドローイング、絵画など、さまざまなメディアを用いながら、男性と女性、受動と能動、具象と抽象、意識と無意識といった二項対立に潜む緊張関係を探求しました。そして、対極にあるこれらの概念を比類なき造形力によって作品の中に共存させてきました。
ブルジョワの芸術は、主に自身が幼少期に経験した、複雑で、ときにトラウマ的な出来事をインスピレーションの源としています。彼女は記憶や感情を呼び起こすことで普遍的なモチーフへと昇華させ、希望と恐怖、不安と安らぎ、罪悪感と償い、緊張と解放といった相反する感情や心理状態を表現しました。また、セクシュアリティやジェンダー、身体をモチーフにしたパフォーマンスや彫刻は、フェミニズムの文脈でも高く評価されてきました。
まず、六本木ヒルズにある巨大な蜘蛛の彫刻のタイトルが「ママン」で母蜘蛛であることを全く知らなかった。糸をはき、巣を織り、獲物を狩り、子を産み育てる。蜘蛛をあらためて美しいと感じた。

この展覧会では、ルイーズの家族との関係をもとにした3章に分け構成されている。
第1章「私を見捨てないで」は主に母と子の関係や母性について。
ルイーズは3人の子供の母親であり、自身の母親と強い絆を感じていた。そのような愛情、また信頼の上で成り立っている人間関係を失うことへの不安や恐れを同じく抱き続けていた。


それにしても我々人間は、なぜこんなにも愛され、受け入れられることを執拗に求めてしまうものなのか?
愛に溢れた楽園から追い出され、地獄を味わい、楽園に戻ろうとする旅。
第2章「地獄から帰ってきたところ」では、主に父親への愛憎や確執、受容への渇望など、内面から投影される様々なネガティブなヴィジョンが物語のコマのように差し出される。

本展中に最も気になった作品が、この「父の破壊」だった。
内臓や肉片のようなものが置かれたテーブルらしき台が赤く照らされている。これは父を囲んでの食事の時間に、その支配的な態度に耐えきれず、この父を殺して切り刻んで、娘である自分と姉弟と妻である母がその肉を食べる、という空想からきている。父を全く赦せなくて殺しながらも、家族と一緒に食べることで一つになりたい、という、ルイーズの愛憎入り混じる切なる思いが感じられる。
それにしても、娘にこんな思いを持たれてしまう父親の生き方は、一体どんなものだったのだろうか?
父親はタペストリーの画廊と修復工房を営んでおり、広く美しい庭付きの屋敷に使用人たちと共に暮らし、経済的に恵まれていた。その一方、父親は家族に対して一家の主の権力を振りかざしていた。
父親は男子誕生を望んでいたため、女に生まれたルイーズにたびたび否定的であり、また、若い愛人を家庭教師として公然と住まわせていたこともルイーズの激しい憂鬱の種でもあった。
一見、美男子でおしゃれな金持ちである父親の内面はどんなものだったろうか?家族を威圧的に支配していると実は孤独に陥りやすいのではないかと思う。タピストリー工房の経営者として気を張り続け、家族を養い、生活を保ち、できるだけ勝ち続けなければならない。「男は強くあらねば」人に弱みなど決して見せてはならない。そして、そのストレスで家族にあたる父の存在は現代でも決して珍しくなく、男性から言うに言えない弱さの病である。
ルイーズが憎んでいたのは、父親自身というより、この「男性の病」なのではないだろうか?
娘が、すでに死んでいる記憶の中の父親を切り刻み、食べることで、男の役割の呪縛、家族の、女の呪縛を解き放ち、生命回帰の道筋をつくっているように感じる。
実は、この第2章について書くのにあたり「男性の生きづらさ」についての数少ない記事や動画をいくつも見続けた。私自身も「男性は強いから大丈夫」「男性は稼いで当然」という思い込みがあったことに気がついた。わたしも集合意識的な男性を縛り、彼らと関わる女性や子供たちを苦しめる原因をつくることに加担していた、と言えなくもない。
人が無意識にかかっているトラウマなどの病や、慣習という呪いを自身や他者への投影を分離させれば、尊い命の存在しか残らないのだ。
女性・男性以前に人として、わたしも誰しも弱さも強さもある。そんなシンプルなことを大切に受け入れたい。
↑↑↑父親がルイーズが女であることをからかうタンジェリンの皮の剥き方。
最後の3章「青空の修復」では、ルイーズがトラウマを持ち続ける自分の終着点を見出し、人生、そして自分自身を受け入れていく軌跡が見えてくる。
作品に赤がが多く使われていたが、ここでは全てを洗い流す水のような青になっているのが感慨深い。

トンネルから出たよ感、まだ雲があるけど一息ついたよ感、癒される…

ちなみにトピアリーとは、樹木や花卉を人工的に刈り込んで、立体的に仕立てた造形物。幾何学的な形や動物の形、スパイラル、ピラミッドなど、さまざまな形に作ることができる。
もう一つ、とても気になった作品がこちら「トピアリー IV」
ルイーズが自身を支える杖と例えた創作活動をたのみにして、のびのびと枝を伸ばし、ターコイズブルーの実をたわわに実らせている。よく見ると黒ずんだ実もある。悲しげなモチーフもぶら下がっている。
完璧じゃない、不安も恐れもあるけれど、創造の喜びに満ちた、ありのままの彼女自身のセルフポートレートなのだと思う。
こんなふうに、自分も親も恋人も友達もそれぞれ、何かしらかけている部分があり、悲しみや喜びもあり、生きている。
近い存在、遠い存在と関わりながら、生きている。
自身の欲求を満たす意味の完璧な愛には感じられないかもしれないけど、不思議な恩恵で生かされている。さて、その不思議な恩恵をなんと呼んだらいいのだろう?

↑↑↑ルイーズの生い立ちについて詳しく書かれています。
会期は2025年1月19日まで。年末年始にルイーズ・ブルジョアと共に自分自身を棚卸ししてみるのもオツなものです。うちの子が行きたいそうなので、わたしも、ルイーズの魂にもう一回会いに行くつもりです。
お読みいただき、ありがとうございます。
