小説 星新一のショートショートにでてくる穴

 家の庭に「星新一のショートショートにでてくる穴」ができているのに気がついてしまい、思わず「これって星新一のショートショートにでてくる穴じゃん」と叫んで、穴の中に小石を放り投げてみたあとになって、「はっ」と口をつぐんだ。 
「迂闊なことを叫ぶと、話のオチの部分で、今のセリフが頭の上から聞こえてくるではないか」と空恐ろしくなったのだ。
 それから、「こんな穴の存在が近隣住民にばれてしまったら、みんなゴミを捨てにくるのに決まっている」ということにも気づき、慌てて枯れ枝などを置いて穴の存在を人々から隠そうと思ったのだけれども、人の口に戸は立てられないというべきか、どこからともなく噂を聞きつけた人たちが、おれの止める暇もなくどんどんゴミを投棄し始めてしまうのだった。
「やめなさい、そんなことをしたら、最終的にこのゴミはみんなの頭の上に降ってくるんだぞ」と説得しようとするけれども、
「確かに星新一のショートショートでは最終的にそういうオチになるけれども、まだこの穴が星新一のショートショートにでてくる穴だとは決まったわけじゃないじゃないですか」などと白々しいことを言って、好き勝手にゴミやら赤点のテストやら処分に困った残土やらを穴の中に投棄していくのだった。 
 ゴミが穴の底に落ちる反響の音はついぞ聞こえなかった。やっぱりこの穴は星新一のショートショートにでてくる穴なんだ、という確信は日増しに強まっていくばかりである。
 そのうちどこからか噂を聞きつけた政府もやってきた。きちっとしたスーツを着た環境省だかどこかの役人が銀色の名刺入れからぴしっとした名刺を取り出しながら、
「お宅の庭をゴミ処理場として収用させてもらいたいのです」と大真面目な顔で言うのだった。 
「いや、おわかりでしょうけど、この穴は星新一のショートショートにでてくる穴なのですから、最終的には投棄したゴミはみんな戻ってきてしまうんですよ」
 だが役人はにこやかな姿勢を崩さないまま、
「存じております。でも、作中でも最初に投棄したゴミが再び空から降ってくるのにはタイムラグがありましたでしょ」
「そりゃまあ」 
 そういえば作中の最初のゴミ(小さな石ころ)は、穴のところまで道路が引きこまれるくらい時間が経ったあとになって、やっと建設員の頭の上に現れたはずであった。
「であれば、投棄してからしばらくの間は、ゴミはこの世から消え失せるというように考えることもできるわけです」
「そりゃそうかもしれませんが」
「それだけあれば十分なのです。わたしたちはゴミ捨て場に本当に悩んでいるものですから」と役人。
 なにを言っても無駄だろうなと思ったので、おれは素直にお金を受け取って地方の海沿いの町に移り住むことにした。
 政府は穴を拡張して、原子炉のカスや機密書類や犯罪に使われた偽札なんかを処分することに決めたらしかった。かつておれの家だった空き地にはゴミを捨てるための道路が引かれ、毎日毎日何台ものトラックがやってきていた。というたぐいの話を、まだその町に残っている昔の知り合いから、おれはどこか他人事のように聞いていた。
 でも、おれにはもはや関係のないことだった。
 おれは毎日波が行ったりきたりするのを見て過ごした。日毎に風景の変わる海や砂浜を見て過ごしていた。穴のことは忘れようと思ったけれども、本当は、一日だって穴のことを考えない日はないのだった。
 それからしばらく経った。おれはやっぱり海を見て、潮の満ち引きを飽きずにぼーっと眺めていたのだけれども、そんなある日のこと、ふと、海の風景の中に、なにかいやな気配が走ったのを感じた。
 まるで冬と春の交代する日に感じる、奇妙な空気の温かさのような、なんとも言えない湿り気を感じて、なんだろうな、と首を傾けていると、唐突に虚空から、空の高いところから、まるでみんなに呼びかけるみたいな声で、
「これって星新一のショートショートにでてくる穴じゃん」という声がした。
 おれはちょっとだけ顔を上げ、それから耳の穴を掻いて、耳が悪くなったわけでもないし、幻聴が聞こえるようになったわけでもないな、と思いながら、「やっぱりそうだよな」とつぶやいた。
 おれの足元に、どこからともなく小石が落っこちてきた。