私の目の前でハンバーグを食べているのは他人の子|あいまいな日々に、名前をつけて― 気づきとこころのエッセイ⑪
「飯食いたいな」
半年ぶりに届いたLINEは、それだけでした。
「元気?」もなければ、「久しぶり」もない。
絵文字すらない。
でも、その一言だけで十分でした。
私はカレンダーを開き、「今度の土曜日なら空いてるよ」と返信します。
数日後。
鉄板の上でジュウジュウと音を立てるハンバーグ。
ナイフを入れた瞬間、湯気がふわっと立ち上ります。
「うまそう!」
そう言うやいなや、目の前の青年は迷いなくライスを口へ運び、大きなハンバーグを勢いよく頬張りました。
ライスはもちろん大盛り。
ハンバーグも特大サイズ。
食べる、食べる。
本当に気持ちがいいくらい食べる。
私はというと、そんな姿を眺めながら、サラダをつついています。
「若いっていいなあ。」
そんなことを思って笑っていると、ふと、不思議な気持ちになりました。
……この子は、私の子どもではありません。
親戚でもありません。
昔からの友達でもありません。
それなのに、一緒にご飯を食べて、お互いの近況を話し、笑い合っている。
この関係を、何と呼べばいいのでしょう。
彼と出会ったのは6年前でした。
当時、私は児童養護施設でボランティアを続けていました。
高校卒業を控えた子どもたちと、
「一人暮らしって何が必要だろう。」
「困ったときはどうする?」
そんなことを一緒に考える時間です。
彼も、その中の一人でした。
十八歳になると、多くの子どもたちは施設を卒業します。
親を頼れないまま社会へ出る子も少なくありません。
十八歳の自分を思い返すたび、
「自分だったら大丈夫だっただろうか。」と今でも考えます。
そんな子どもたちが、少しでも安心して社会へ羽ばたけるように。
その小さなお手伝いが、私のボランティアです。

「最近、何が流行ってるの?」
そう聞くと、口いっぱいにハンバーグを頬張りながら答えてくれます。
「今は、このゲームっすね。」
スマートフォンを見せながら、夢中になって説明してくれる。
私はゲームにはあまり詳しくありません。
それでも、「へぇ」で終わらせたくないので、家に帰って少し調べてみたりします。
アニメの話もそう。
バイクの話もそう。
次に会ったとき、「あれ、見てみたよ。」と言うと、少しうれしそうな顔をします。
年齢は三十歳近く違うのに、不思議なくらい話題が尽きません。
考えてみれば、この「話を聴く」という時間が好きになったのも、このボランティアがきっかけでした。
もっと相手の話を受け止められるようになりたい。
そんな思いから、コーチングや産業カウンセラー、キャリアコンサルタントの資格を学び始めました。
資格を取ったから話を聴けるようになったというより、この子たちが、私に「聴く意味」を教えてくれたような気がしています。
「それで、そのゲームって何が面白いの?」
気がつけば、また私が質問しています。
すると彼は、さっきまで以上に楽しそうに話し始めます。
不思議なくらい話題は尽きません。
一時間でも二時間でも話せてしまう。
沈黙になっても気まずくない。無理に笑わせようともしない。
思いついたことを話しているだけです。
ふと周りを見渡しました。
休日のハンバーグ屋さん。
小さな子どもを連れた家族。
若いカップル。
友達同士。
その中で、私たちのテーブルは周りからどう見えているのでしょう。
親子でしょうか。
いや、顔はまったく似ていません。
親戚でしょうか。
それとも会社の上司と部下でしょうか。
きっと、誰にもわからない。
実は私にもわかりません。
この子は私の子どもではありません。
でも、他人という言葉もしっくりこない。
友達というには年齢が離れすぎているし、ボランティアという言葉だけでは、この時間の温かさを説明しきれません。
誘うこともある。
誘われることもある。
都合が合えばご飯を食べる。
私は会計を済ませる。
彼は「ごちそうさまでした」と笑う。
それだけの関係です。
でも、その「それだけ」が、案外いい。
私は若い世代から新しい世界を教えてもらう。
彼は、お腹いっぱいハンバーグを食べる。
どちらが与えて、どちらが受け取っているのか、もうよくわかりません。
案外、お互い様なのかもしれません。
その瞬間、思いました。
もしかすると、人との関係は、無理に名前をつけなくてもいいのかもしれない。
親子でもない。
友達でもない。
先生でもない。
家族でもない。
それでも、大切な人はいる。
そんな関係が、一つくらい人生にあってもいい。
そう思えたのです。

会計を済ませて店を出ると、初夏の陽射しが少しまぶしく感じました。
「じゃあ、また。」
彼はいつものように手を軽く上げて駅の方へ歩いていきます。
また半年後かもしれない。
来月かもしれない。
次に届くLINEも、きっと短いのでしょう。
「飯食いたいな」
私は、その一言を少し楽しみにしています。
✍️シリーズタイトル:あいまいな日々に、名前をつけてー気づきとこころのエッセイ
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