誰かの「記憶のアルバム」に、自分が残っていた日|あいまいな日々に、名前をつけて― 気づきとこころのエッセイ⑯
「覚えてる?」
そう聞かれたときって、ちょっと困りますよね。
もちろん覚えていれば、「覚えてるよ!」と笑顔で答えられるのですが、
……覚えていない。
こういうとき、大人には一瞬だけ高度な判断力が求められます。
「覚えてる、覚えてる」と乗り切るのか。
それとも正直に、「ごめん、覚えてない……」と言うのか。
私は後者を選びました。
だって、このあと具体的な話をされたら、たぶん秒でバレますから(笑)。
私は、児童養護施設などで暮らしてきた子どもたちが、社会へ出て自立していくためのお手伝いをするボランティアをしています。18歳を迎える頃、施設を退所して社会へ出ていく子たちがいます。
住むところ。
仕事のこと。
お金のこと。
食事や生活のこと。
そして、人とのつながり。
多くの人が家族に聞いたり、頼ったりしながら覚えていくことを、自分でひとつずつ身につけていかなければならない子もいます。そんな彼ら、彼女らの社会への一歩を、ほんの少しだけお手伝いする活動です。
気づけば、私もこのボランティアを始めて9年目になりました。毎年20人くらいの子どもたちと出会います。
さらに今は、親を頼ることが難しい若者たちが、ふらっと立ち寄ることのできる「居場所」のボランティアにも関わっています。
そこでも、毎月のように新しい出会いがあります。
そうなるとですね。
残念ながら……覚えていられないんです。
もちろん、印象的な出来事があった子は覚えています。でも、9年分の出会いが積み重なると、顔と名前と出来事が、頭の中の引き出しで迷子になることもあります。
そんな居場所に、ある日ひとりの女の子がふらっとやってきました。
そして私を見て言いました。
「覚えてる?」
……むむ。
顔を見ても、すぐには思い出せません。
「ごめん。覚えてない……」
正直に答えると、「えー、残念!」と言いながら、その子は笑いました。
そして、「ほら、こんなことがあったよ」「あんなこともしたよ」「こんな話もしてくれたんだよ」と、3年前の出来事を次々と話してくれます。
ものすごい記憶力です。
私はというと、「へぇ〜……そんなこと言ったんだ、私」ほとんど他人事です(笑)。
でも、話を聞いているうちに、不思議なことが起きました。ぼんやりしていた記憶の向こう側から、少しずつ景色が見えてきたのです。
霧がゆっくり晴れていくように。
薄い紙を一枚ずつはがしていくように。
「あ……そういえば」
3年前の夏。
自立に向けたイベントで、同じグループになったメンバー同士、お互いの名札を作ったことを思い出しました。そこで、ふと思いました。
それなら、取ってある。
ネームタグを入れてあるところを探してみると……
ありました。
かわいいシールがいっぱい貼られていて、マスキングテープで縁取られた手作りの名札。3年前の、小さな夏の忘れもののように、ちゃんと残っていました。
「あ、これじゃない? 3年前にみんなに作ってもらった名札だと思うよ」そう言って差し出すと、その子の表情がぱっと明るくなりました。
「これ、私がシールでデコったんだよ〜!」そして、「わ〜、取っておいてくれたんだ〜」と、とても喜んでくれました。
よかった。
本当に、取っておいてよかった。
子どもたちが作ってくれたものだから、なんとなく捨てられず、大切にしまってあった名札。まさか3年後に、こんなふうにもう一度日の目を見るとは思っていませんでした。そこからしばらく、3年前の話で盛り上がりました。
「あったね〜」
「そうだったっけ?」
「そうだよ!」
そんなやりとりをしながら。忘れていた私と、覚えていてくれたその子。少しちぐはぐなのだけれど、それもなんだか心地よい時間でした。

大人にとっては、たくさんある出会いの中のほんの一瞬だったのかもしれません。けれど、その子にとっては、その日の出来事や交わした言葉が、ちゃんと記憶の中に残っていました。
私は忘れてしまっていたけれど、名札という「モノ」を残していました。
その子は名札を持っていなかったけれど、「記憶」を残していました。
思い出の保管方法が、ちょっと違っていたんですね。
私は引き出しに。
その子は心の中に。
そして3年後。
それぞれ別々の場所にしまってあった思い出を持ち寄って、
「あった、あった」と答え合わせをする。
なんだか、それだけで少しあたたかい気持ちになりました。人との関わりって、その瞬間にはどれくらい意味があるのか、案外わからないものなのかもしれません。
何気なく話したこと。
一緒に笑ったこと。
隣に座ったこと。
名前を書いたこと。
シールを貼ったこと。
こちらは忘れてしまっていても、誰かの中では小さな一枚の写真のように残っていることがある。そう考えると、人と過ごす時間をほんの少しだけ丁寧にしたくなります。

親とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、親を頼ることができなかったり。そんな環境の中でも、一生懸命に自分の生活をつくっている若者たちがいます。
私は、その子たちの人生を大きく変えられるわけではありません。何か特別なことができるわけでもありません。ただ、一緒に話したり、ご飯を食べたり、笑ったり。
そんな時間を少し共有するだけです。
それでも今回、誰かの「記憶のアルバム」の片隅に、自分が少しだけ登場していたことを知りました。これはもう、ボランティア冥利に尽きます。
みなさんは、誰かの記憶の中に、自分が残っていたことを感じた経験はありますか?
自分ではすっかり忘れていた言葉を、「あのとき言ってくれたよね」と覚えていてもらったり。
昔の何気ない出来事を、「あれ、楽しかったよね」と思い出してもらったり。
もしかすると私たちは、自分が思っている以上に、誰かの記憶の中に小さな足跡を残しているのかもしれません。
また今年も、自立に向けたイベントの季節がやってきます。
暑い夏です。
きっとまた、新しい出会いがたくさんあります。
その一つひとつを、私は全部覚えていられないかもしれません。向こうだって、私のことなんてすぐに忘れてしまうかもしれない。
それでいいのだと思います。
でも、一緒に過ごした時間のどこかに、「なんか楽しかったな」「こんな大人もいたな」そんな小さな記憶が残ったら、それはとても嬉しいことです。
そして今年も、きっと新しい手作りの名札が増えます。シールだらけになるのか。マスキングテープだらけになるのか。ものすごく個性的な作品が完成するのか(笑)。
それはまだわかりません。
でも、その名札もまた、私は大切にしまっておこうと思います。
いつかまた、「覚えてる?」と誰かに聞かれた日のために。
今度こそ、少しくらいは覚えていられますように。
✍️シリーズタイトル:あいまいな日々に、名前をつけてー気づきとこころのエッセイ
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