本で心は旅をする
ニュージーランドに行きたい、と思っている。
名古屋に住んでいる私にとって、ニュージーランドはずっと遠い場所だ。

ニュージーランドは、妹が高校生のときに1年ほど留学していた場所でもあり、大人になった今、住んでいる場所でもある。
推しのグループがニュージーランドを訪れて、その様子がコンテンツになっていたこともあって、彼らが行った場所にいつか行ってみたい、という気持ちもある。
もともと私は、遠くへ行くことに憧れがない人ではなかった。
海外にも何度か旅行したことがある。
トルコやエジプト、イタリアなど、遠い国を旅したこともあった。
世界遺産が好きで、ギリシャやマチュピチュにも、いつか行ってみたいと思っていた。
でも今の私は、海外旅行が現実的ではない。
時間のこと。
体力のこと。
家のこと。
仕事のこと。
そして、コロナ禍以降に自分の中に残った「外に出ることへの怖さ」。
コロナ禍のあいだ、外に出ることは悪いことのように感じていた。
自分が外に出て感染して、家に持ち込んではいけない。
家族やまわりの人にうつしてはいけない。
コロナが5類になって、世の中は少しずつ元に戻っていったけれど、私の中にはまだ「うつってはいけない」という意識が残っていた。
今となっては、東京でさえ遠く感じる。
コロナ禍以降、県外に出たのは、仕事関係で行った高山と、モネが見たくて行った大阪だけだ。
いろいろ行ってみたい気持ちはある。
でも、あらかじめ予定を立てても、その日の自分の体調がどうなるのか、不安もある。
遠出することが難しくなった今、私のそばにずっとあったもの。
それは、本だった。
普段の外出のときも、私はいつも本を持っていた。
ちょっとした時間に読めるものを、かばんに入れていた。
活字中毒、というほどなのかもしれない。
何かしら毎日読むのが、私にとっては当たり前すぎた。
だからこそ、本が自分にとってどれほど大切なものだったのか、あらためて考えることもなかったのかもしれない。
シェア本棚に置く本を選ぶ中で、あらためて、本は自分にとって大切なものだったのだと気づいた。
そして今、私は本の活動が楽しい。
シェア本棚に本を置くこと。
本を選ぶこと。
誰かがその本を手に取ってくれるかもしれないと想像すること。
読書会や本のイベントを知ること。
本屋さんをめぐること。
ノートに言葉を書くこと。
名大のシェア本棚に出会い、名城大のシェア本棚にも関わるようになった。

隣の区の図書館や、シェア本棚もある本屋のルビオさんにも行ったし、GWは北区の本のイベント、BOOK BOOKにも出かけた。
イベントは北区内のあちこちに会場があり、2日間、自転車で回って楽しんだ。
知らない道をマップを眺めながら探索していくのは大冒険だったし、たくさんの本やZINEに出会った。

私にとって、北区は隣の区なのだけど、大曽根や平安通、上飯田周辺くらいしか行ったことがなかった。
今回、本のイベントをきっかけに、いろいろなお店を知ることができたのも嬉しかった
隣の区でも、知らない場所に出会う楽しさは、ちゃんとある。
今は、北区のお店を開拓するのが楽しい。
市内にも、県内にも、まだまだ行ってみたい本屋さんがある。
来月も、本のイベントに合わせて、気になる本屋さんへ行ってみる予定だ。
きっと、私が知らなかっただけで、本のイベントはこれまでもいろいろあったのだと思う。
でも今は、情報をキャッチしやすくなった。
シェア本棚に出会って、本のアンテナが立ったのかもしれない。
遠くに行かなくても、日常に近いところに自分の心を満たす幸せを感じられる。
本屋やシェア本棚、図書館、イベントで本と出会うこと。
本の話をする時間。
カフェで本を読んだり書きものをすることも。

海外旅行や東京遠征のような大きな旅は、今の私には少し遠い。
でも、本がある。
本で心は旅をする。
ニュージーランドも、いつか行けたらいい。
その憧れは、消さなくていい。
でも今は、無理をして遠くへ行かなくてもいい。
本を読んでいると、時代も世界も飛び越えられる気がする。
ファンタジーの世界にも、過去の時代にも、まだ見ぬ未来にも。
そして、自転車で行けるくらいの近い場所にも、まだ知らない世界がある。
幼い頃からずっとそばにあって、
いろいろなものが変わっても、つかず離れず、当たり前のようにそばにあったもの。
それが、私にとっては本だった。
そして今、その本がまた、私を少しずつ外の世界へ連れ出してくれている。
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