【連載小説】檻城の姫君|第一章 第二話 「出会い」
▼前回▼
冗談じゃない。いくらお姫様ったって、猫だろ⁈ メス猫なんかのテゴメになんかなってたまるかぁっ!
俺はなぁ、まだキスどころか、初恋だってまだなんだぞぉ! バカヤロー!
あぁ、それに、そんなことになったら笑われる! あのくそ生意気なバカ妹(香苗(かなえ)、中2)を筆頭に、ぜってぇみんな笑いやがる! ちくしょう、人の不幸をいつもいつも爆笑ですませやがって! 俺はなぁ、いつもいつも陰で泣いてるんだぞ!
地球人略取・暴行(←テゴメ……嫌だぁぁぁぁ‼︎)! 下手すりゃ星間戦争勃発だぞ⁈
一体、どんなばか姫だよ、どちくしょう!
翔は、開かない扉を蹴っていた。ひたすら蹴っていた。ほんとはちょっと涙ぐんでた。
連れてこられたのは、大きな寝台のある、どうやらフライ姫とかいう猫の寝室とおぼしき場所。一つしかない観音開きの扉は、外側からかんぬきでも填(は)め込まれたらしく、いくら蹴っても叩いても体当たりしても頭突きしてもチョップしても膝蹴りかましても……開かない。とにかく開かない。しかも外側には守衛がいる、何匹かは知らんがいるのだ。……逃げられない。
「いやだぁぁっっ‼︎ テゴメはいやだぁぁ!」
聞いたことがる。猫のお母さんは、実はいろんなオス猫と契っちゃってるって。だから、こいつの父親って一体⁈ とかって、いろんな種類の猫が生まれるって。
やっぱり、姫さんってのも、いわゆる、遊んでるタイプの奴なのか⁈ しかも、猫はこ子殺しするとかって怖い話も……いや、今はそんなのはいい。
翔は今日初めて。時代劇に出てくる悪代官に独楽(こま)回しにされたりしているいたいけな町娘たちの気持ちがなんかわかった。
あんなのほのぼのファミリーで観てる場合じゃなかったのだ。できるならば、今すぐテレビの中の入って、彼女たちをこの手で一人残さず救いたい!
いや、その前に、自分が救われたい。
「宇宙猫だからってな、やっていいことと悪いことがあるんんだ‼︎」
翔はバルコニーへ走った。かなり、高い。三階分はあるだろうか。六メートル……いや、八メートルはあるかもしれない。
半月型に貼り出したバルコニの手すりにすがって、翔は途方に暮れた。見上げると、地球と一見変わらない夜空。月は見えない。
よくファンタジー漫画とかSFに出てくるような二つ並んだ月が頭に浮かんだ。
片方は大きくて、片方はなぜか小さい。ここの月がほんとにそうかどうかはわからないが。
翔は部屋の中に戻った。忌々しげに天蓋つきのゴージャスなベッドを睨む。
「なんで猫のくせに、こんな立派なベッドなんだよっ!」
翔はロープを探した。……なかった。しかたなく、紐とかの使えそうな物を集める。帳(とばり)留めの紐とか、よくわからない紐飾りとかをもぎ取る。繋げてみる。
━━全然長さが足りない上に、強度が心配だ。
翔は部屋の隅に転がったままだった自分の通学用のショルダーバッグを開けて、中から折り畳み式のナイフを取り出しだ。
小さなナイフだ。カッターよりかはいくらか増しという程度の品物だ。
なんでこんなものを持ち歩いているのかというと、いつだったか市が発行している新聞で災害特集をやっていて、それにもしもの時のために備えて置くといい道具一覧が載っていて、そこにナイフという文字があったからだ。
他にもいろいろ書いてあって、とりあえず用意できた数品を、翔はバッグの隅に詰め込んだまま忘れていた。通学用バッグとは別の入れ物に入れとく手もあったが、こんなかに入とくの一番手っ取り早かったのだ。
自分の案外まめなところを心の中で褒めて、でももっと使えるバタフライナイフくらい買っておけばよかったと少し後悔しつつ、翔はむかつくくらい上質なベッドのシーツを切り裂いた。
小型ナイフで切るのは結構大変だ。黙々と作業を進め、ある程度切り裂き終わると、そのシーツ切ったのを結んでロープ代わりにしていく。
さっきの紐もくっつける。天蓋の帳とか、テーブルクロスとか、ほとんどありったけの布を大ざっぱに切り裂いた。全部結んで繋げた。
……でもはっきり言ってこんなので下りていくのは怖かった。捻ったりもして少しでも丈夫っぽくしたのだが……。
なんかふと思いついて、確証もなくその辺の木の椅子の脚を折って(ほとんど叩き壊した)、布ロープの端っこに結びつけたりする。最後に部屋の中を見回して毒づく。
「けっ。なんで猫のくせに、こんなに人間っぽいもんで溢れてんだよ。大体どうやって物を持つんだ? マジックハンドか? サイコキネシスか?」
ナイフを戻したショルダーバッグをかけて、布ロープを引きずってバルコニーに出た。バルコニーの壁際の手すりに結んで、恐る恐る布ロープを下ろしてみた。
━━届かなかった。あとちょい、地面に届きそうもない。
部屋へ振り返ると、絨毯が目に入った。窓辺と扉を抜かす四辺ほとんどが家具に踏まれている。
あれも使えるだろうか? ━━しゃがんでバルコニーの下を見下ろして、溜め息をつく。怖じ気づいてしまった。部屋の中から天球儀っぽい飾りを掴んできて、バルコニーの縁から落としてみる、しばらくして、それが砕けたかなんかした音がして、翔はさらに溜め息。
「メス猫にテゴメにされるのと、ここから落ちて死ぬのとどっちがいいだろー……? ……いや待て、何もテゴメと決まったわけじゃ……そうだよ、『地球のお話を聞かせて下さい』とかいうだけかもしんねー。そんで明日になれば返してくれるかも」
希望的観測。
「そうだよな。服だってそのまんまだし。テゴメだったら風呂の一つくらい入れさせられるよな? でも、猫って風呂嫌いだしな……」
沸き起こる黒い不安。
「こうなったら姫とかいうのが入ってきた隙に飛び出すとか……」
守衛が居ます。
「姫を人質に……いや、なんか返り討ちにされた上にマジで殺されそう……」
手持ちの武器はちっぽけなナイフ一本。
「もし、テゴメにされそうになったら、これでメス猫に勝てるか? いや、だめだ。たとえメス猫に勝っても、他の猫に殺される……」
文字どおり頭を抱える翔。
その背後で扉の開く音。
姫さんのお出ましらしい。
翔は布ロープに飛びついた。ちょっと長さが足りないけど、最端部まで下りて、あとはジャンプすればもしかしたらどうにかなるかもしれない。
「ぅゔ……き、軋んでる……」
怖くて、片手がバルコニーの手すりから放せない。
もう片方の手は布ロープを掴んでるし、もう体はバルコニーの外側。両足も外壁につけているのだが。
気分は絶望的なロッククライミングだ。
「なにしてるの?」
頭上から声。仰ぐと、茶虎の猫。ドレスを着ている。ここの猫はみんなそうだが、頭がでかい。体もでかい。
……いや、この猫は小柄だ。翔より背は低いだろう。一メートル五十センチちょいくらい。ちょっと気になって手を観察すると、驚くべきことに、指が長い。五本指だ。人間とかなり似ている。ほとんど一緒。ちょっと、でかい気もするけど。
爪も長い。そういえば、一応猫って元から五本指だっけ……? 腕よりも脚のほうが長い。だいたいこいつら二足歩行だ。……なんかいいかげんなファンタジーか、できのわるいSFみたいだ。
でも━━冗談じゃすまない。マジなのだ。
固まってしまった翔を、フライ姫(らしい)は小首を傾げて見つめる。
翔は思わず吹き出した。
だってこの猫、漫画みたいに大きな垂れ目なのだ。
にらめっこに勝つのはちょっと無理だった。
不気味というより、愛嬌があるように翔は感じた。作り物めいていて現実感が欠けているせいかもしれない。はっきり言って、翔のほうがよっぽど猫っぽい目をしている。
つられたのか、フライ姫も笑い出した。きらきらと目が輝く。鈴が転がるようなかわいい声。━━猫だけど。
フライ姫は翔の横を抜け、バルコニーから身を乗り出した。
「お、おい⁈ 死ぬ気か⁈」
フライはバルコニーから飛び降りた。見事な猫ひねり。難なく姫は着地した。
「かっこいい!」
翔は思わずそう口走った。姫は翔を見上げて両手を広げて上へ差し出した。どうやら翔を受け止めてくれるつもりらしい。
「冗談だろ⁈!」
しかし益々わからないこの状況。寝室を出たってことは、フライは翔をテゴメにするつもりはない……のか⁈
翔は思い切って、手すりから片手を放し、心許ない布ロープを使って、壁を下りていく。何もしなきゃ何も始まらない。
━━だが。
「うわぁぁぁぁぁっ‼︎」
翔は手を滑らせた。ついでに布ロープが切れた。
布と一緒に仲良く落下した翔を、しかし、フライは笑顔で抱き留めた。小柄なくせに力持ちらしい。よろめきもしない。
「しー」
姫が言った。翔を抱えたまま唇に人差し指を当てる。
「は?」
どうやら「静かにしろ」という意味らしい。姫は翔を地面に下ろすと、抑えた声で言い放った。
「走るよ!」
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▼次回 第三話 「王城脱出」▼
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https://note.com/usagisantoka/n/na28673f5c44
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