見出し画像

【連載小説】檻城の姫君|第三章 第七話 「伝説」

▼前回▼


 ━━翔は気づいた。自分の部屋の前に一匹の猫がいる。体育座りして、
 俯いて、尻尾を体に巻きつけている。
「フライ?  どうしたんだ?」
 フライは顔を上げた。起き上がる。
「う、ううん。なんでもないのっ! おやすみなさい、翔」
「おやすみ」
 フライは隣の彼女用の個室へ入っていく。
 翔も部屋へ入った。またもベッドへ倒れる。
 ……フライの奴、どうしたんだろう? おやすみなさいが言いたかったのかな……? 
 なんか俺のこと待ってたみたいな感じだったけど……?
 なんか、元気なさそうだったな。なんかあったのかな………?
 翔は、ベッドの上へ腰を下ろした。フライの部屋のほうの壁を見つめた。
「………もしかして、あいつらに連れて行かれたときに、なんかされたんじゃ……⁈」
 エイムに殴られて気絶して、あの赤猫に連れて行かれた後。
 ━━もしかして何か……..⁈
 そう考えると、何かいても立ってもいられなくなった。
 その時。部屋のドアがノックされた。
「フライ⁈」
 翔はドアへ駆け寄った。ドアの向こうから現れたのは、フライではなく、白猫だった。
「エイム⁈」
「よっ」
 エイムははにかみながら、部屋の中に入ってきた。
「いいのかよ⁈ 主役が抜けてきて」
「よく言う。本当の主役は、翔でしょうに」
 エイムは部屋を見渡した。ナイトテーブルの上の、翔のショルダーバッグと高校の制服に目を向けた。
「あっ、それ? 俺の高校の制服なんだ」
「?」
「学校。勉強教えてくれるトコ」
「あ。あー……」
 なんかエイムは居心地悪そうに身じろいだ。
「あたいぃー、学校、行ったことないからー」
「そうなの?」
「う、うん………」
 エイムは恥ずかしそうに下を向いた。でもまだ珍しそうに、制服とかを見ている。
「触ってもいい………?」
 翔は微笑した。
「いいよ」
 翔もナイトテーブルに歩み寄った。
 気後れして、恐る恐るそれらに振れるエイムは、なんか小さな子供みたいでかわいかった。
「ほら」
 翔は自分の胸の前で、彼女に見えるように、ブレザーを広げた。
「うわー。なんかすご〜い! かっこい~っ! 頭、よさそうっ!」
「そうかな?」
 エイムは星の踊るような瞳でブレザーを見つめている。
 翔は、エイムの肩にそれをかけてやった。
 エイムは驚いて、すっごく嬉しそうに笑った。その場でターンしながら、
「うわぁーいっ‼︎  すごいすこいっ‼︎」
 笑う笑う。無邪気な白猫。エイムも結構若いのかもしれない。もしかしたらフライとおんなじくらいかも。
「ありがとうありがとうっ‼︎」
 エイムは綺麗にそれを折ってテーブルの上に戻してくれた。今度はショルダーバッグを見つめる。
「これ、かっこいいね!」
 エイムは剣に龍が巻きついた、金色のキーホルダーに触った。金属の擦れる音。
 鍔(つば)の辺りに、青い石が嵌(は)まっている。中学の時の修学旅行で買った奴だ。青い石と赤い石があって、迷った末、青いのにしたのだ。
 翔はベッドに腰掛けた。ゆっくりと笑った。
「ね、コスモドラゴンとフレアドラゴンって、どんなの?」
「え? えっとね、蒼いのと赤いの。強いんだよねー」
「かっこいい?」
「うんっ! あたいは結構好き。あとねー、メテオドラゴンってのもいるらしいな」
「どんなの?」
「黒っぽい奴。目が紅くってさー。やっぱでかいらしいねっ‼︎ あたいもまた見たことないけど。あたいのおじいが、見たらしいよ。翔は、ドラゴンが好きなの?」
「どうかな? かっこいいとは思うけど」
「だよねっ!  かっこいいよね〜っ‼︎ …….実物前にすると、佈いけど。ねっ、コレ、あたいにくんない?」
 青い石のついた、地球の小さな思い出のキーホルダー。
 でも、エイムに言われるまで忘れていた。 
 そんなちっぽけな思い出と、存在。
「……いいよ」
 翔は、キーホルダーをバッグから外して、エイムの手に握らせてやった。
 ちょっぴり惜しい気もしたけど、エイムの笑顔を見たらそんな思いも吹き飛んだ。
 エイムはキーホルダーを手のひらの上で遊ばせている。
「エイムはさ、なんで宇宙海賊になったんだ?」
 なぜだろう。翔はエイムに親近感みたいなものを感じていた。
「え、うーん……」
 エイムは床に腰を下ろした。先程のフライと同じ体育座り。ベッドの上の翔を見上げる。
「あたいはさ~、他になんにもなかったんだよね……できることが。それだけ」
 エイムはどこか寂しげに笑った。
「あたいのおじいが、やっぱり頭(かしら)でさ〜、でもうちの親は今時海賊なんてはやんないって逃げちゃった。あたいは置いてかれた。おじいはあたいを育ててくれた。あたいは頭になるために生まれたんだって、おじいは言った。あたいも、ばかだから、他のことなんてできないしね……」
 翔はエイムの喉を撫でてやった。
「そんなことねぇよ。エイムなら、きっとなんだってできるよ。だって、今日のエイム、すごかったもんな。強いし、頭いいし」
「頭いい……? 本当に? そんなこといわれたの初めて! あはは~うれしぃな。あっ、でも、宇宙海賊になったこと、後悔はしてないよ。みんなばかだけど、いいヤツでさ〜、あたいはみんな大好きなのっ! そのおかげで翔にも逢えたしね。あたい、今日すっごく、宇宙海賊やっててよかったな~って思ったの」
 でも、エイムの表情は曇った。
「けど、けどさ……疲れちゃうの。みんなの前にいると、いつも頭をやってなきゃいけないから」
 翔の頭の中には、自分の運か彼方の家が浮かんだ。学校が浮かんだ。
 翔は両方とも大好きだけど、時には疲れてしまうことがあった。
「だけど、翔は違うの。翔の前だと、二人っきりだと、ただのエイムに戻れるの」
 翔はエイムに心を許した。似ていたのだ。エイムは。自分に。そしてなにより━━。
「あたいは、翔が大好きなの!」
 ━━フライに。
「エイムは、偉いな」
「えへへ~そうかなぁ?」
 翔は辺りを見回した。ナイトテーブル。ガラステーブル。デスク。ワードローブ。チェスト……などなど。
 フライは、地球っぽい家具をこの部屋に最初から備えてくれていた。青い地球のホログラフを再生したりもできる。
 ━━白い天井、白い蛍光灯。白い壁。                                
 ━━壁の向こうの部屋に、フライが居る。
「なぁ、<檻城の姫君>って、知ってる?」
「え? ……うーん。あ、あれでしょ? 伝説でしょ? 檻みたいな城に閉じ込められたお姫様が、遠い星から来た男の子と恋をするの。お姫様は、男の子にキスをしてもらうんだ。そうするとね、姫の呪いは解かれるの。檻城は消えてなくなるの。それで、お姫様はええと━━どうすんだっけかな……?」
「思い出せない?」
「え、えっとねーうーん……逃げるんだったかな……? なんか悲しい話だった気がする」
「悲しい?」
「うん。あぁそうだ! お姫様は死んで、男の子は自分の星へ帰っちゃうんだ! でも、最期に姫は言うの。『幸せだった』って………」
「…………」
「やだね。なんか無理やり感動させようとしてるっていうか、自己完結っての? 無理に綺麗にして、美化してるっていうか━━でも、よく翔知ってたね。これ、わりとマイナーなんだけどな? あははー。なんであたい知ってんだろってか? うちの親が昔聞かせてくれたのかな……? おじいかな?」
「━━フライが、前に言ってたから……」
 エイムの顔色が変わった。
「……」
 考え込んでしまった翔には、エイムの変化がわからない。
「……なんだ、そうか……そういうことか。あたいも酒に酔ってるのかな?すぐ気づきそうなもんなのに……」
「……」
「あんな、あんな姫さんの、どこがいいの?」
「……えっ?」
「あたい、知ってるよ。フライ姫は、まじめだって評判だけど……けどさ、でも、笑わないんだって」
「……笑わない……?」
「そうだよ ! 決して笑わない変なお姫さんだって! あたいも見たことないや。嘲笑くらいなら今日、見たけどさ。それすら珍しいんじゃない? 表情の乏(とぼ)しい姫なんだって!」
「嘘だ!」
「嘘なもんか! なんだったらみんなに訊いて回るといいよ。あんた、いい加減目ェ覚ましなよ! あんた、利用されてるだけじゃないか! このままじゃ、あんたいつか殺されるよ⁈  あんたの星になんか帰れっこない‼︎ 今はまだいいさ。でも、戴冠式が近づいてごらんよ。猫ってさ、キレると怖いんだよ? あんた、確実に死ぬよ。……そうだ。うちらの船においでよ! 王家だってまだ知らない秘密の隠れ家があるんだっ! 仲間以外にゃ場所も教えちゃいけないんだけどさ、あんたなら平気だよっ‼︎  あたいじゃ、あんたを地球へは帰してあげられないけど、かくまってあげられる。少なくとも、あんな自分勝手な姫さんといるより、長く生きられるはずだよ⁈」
「……」
「そうしなよ⁈  ねぇ、そうしてよ⁈  あたい、あんたが死んじゃうんなんて嫌だよぉ!」
 エイムは、翔の腕にすがりついた。翔はなぜか、彼女から目を逸らしてしまった。
「…………。あんたさ、王家舐めてんの⁈  そりゃばかばっかだけど、あそこにはマイティがいるんだよ! 切れ者のあの黒猫がっ‼︎」
「……マイティ?」
 いろんなところで聞いた名だ。翔は、重鎮(じゅうちん)かなんかだろうとは思っていたが……。
「あんた……そんなことも知らないの? なんにも話してないんだね。あのお姫さんは。よくそれで、あの子のこと、信じられたね⁈  公爵家のプリンスさ。へぇ~じゃぁあのことも知らないんだ? かわいそう」
 意地悪く、エイムは笑った。
「フライ姫はね、もうすぐ域冠する。それは知ってるよね? 十六で戴冠するのが、うちらの星の王家の習わしさ。その時、その時さ━━ほんとに考えつかなかった? ふふふ、結婚するんだよっ! 当たり前じゃん? 星を司(つかさど)りながら、子孫代々栄えさせていくのが、王家の使命だもん!あはは、あははは」
 エイムの笑いが掠れる。翔はものすごく怖い顔をしていた。でも、エイムは言わずにはいられなかった。
「その、その相手ってのがあれだよっ! 婚約者のマイティさま。あはははは。あの子は、結婚しちゃうんだよっ‼︎ 残念だったね! あはは、あはははは……」
 泣いていた。エイムは表面上は笑っていたけど━━心の中では泣いていた。どうして今日逢ったばかりなのに、こんなにこの人のことが好きなんだろう……?
 心が壊れそうだ。砕けそうだ。悲しくて愛しくて、こんなにも想いが膨らんで膨らんで破裂しそうだ。
「……なんだよそれ……」
 迷い子みたいに呟いて、翔はエイムの両腕を掴んだ。
 ━━痛い。怖い。翔の目は、怖くて怖くて、でも悲しい。
「なんだよそれっ⁈  そんなの俺聞いてないぞっっ⁈」
 エイムは泣きそうになった。子供のように大声で泣きたくなった。
「翔のバカっ‼︎」
 逃げてしまった。もう、見ていられなかった。エイムは翔の部屋から逃げ出した。
 なんで。なんで翔は、あの子のことばかり、あんな、あんなに一生懸命に想ってるの? あの子のために、声を嗄らして叫ぶのっ⁈  あの子のために、あの子のために、そればかり━━‼︎

※よろしければ、スキやフォローで続きを応援していただけると嬉しいです。

▼次回 第八話 「すれ違い」



▶ 目次①に戻って他の話も読む 
https://note.com/usagisantoka/n/na28673f5c44c



いいなと思ったら応援しよう!

うさぎさん⭐︎/usagisantoka 応援してくださると、次の物語を書く励みになります✨