見出し画像

課題レポートのために博物館に行った社会人学生の話。#創作大賞2026

3月31日 曇りのち雨
埼玉県立歴史と民俗の博物館

私は長いこと(5年くらいだからそんなに長くないけど)、社会人学生をやってます。
今回は大学の課題レポート作成のための訪問です。前回、落とした科目だから、なんとかがんばりたいところ。

最寄り駅の大宮公園駅から歩いて5分くらいかな、住宅街に、博物館がいきなり出てくるところがいいですね。このあたりは「大宮公園内遺跡」として埼玉県指定の史跡になってました。弥生時代の住居(復元)もあって、ここにも人の営みがあったのかと。行田や寄居だけじゃないんですね(あたりまえだよ)。

受付で学生証を提示したけど、なんにも不思議がられませんでした。そういえば行きつけのパン屋のおねーさんにも「小説家ちゃん(私はこう呼ばれてます)って現役の大学生に見える」みたいなことを言われたような。えーとそれはつまり「まだ大学生」ということでしょうか(中身は某企業に勤める人です)。
パンフレットは動線チェック用と送付用に二部もらいました。「記入するときは鉛筆でお願いします」鉛筆も尖ってたら折れる可能性はあるけど、ボールペンよりいいのかな。

・エントランス

はい、ではエントランスから。すごく広いエントランスです。ここに展示はないけど、ちらっと見えるものもあります(地階の展示)。なんでこんなに広いのかは、あとで書こうと思います。休憩所とミュージアムショップがエントランスの2階にあたる部分にありました。帰りに寄っていきます。
れきみんは1階と地階に分かれてて、1階をすっ飛ばして地階に行くことができる構造でした。地階への階段も、封鎖されてるわけじゃないから行くことはできます。ただ、そっちを先にすると「江戸時代」より前のことがわからない。見学するのにそれはどうなのか、と思った私は1階からが行くことにします。

・1階

旧石器〜江戸直前の時代までを一気見する感じで、ざっと見学。動線チェック用のパンフレットに動線を描いておきました。雑すぎてわけがわからん。前回のことも踏まえて、持ってきたメモ帳にも雑に書き込みます。
石器とか円筒埴輪とか、昔の道具っておもしろいですよね。削ってできた石のカケラで獲物の肉を切ったり穀物を潰したり、矢の先端(鏃)にしてたんだから、使えるものは使えの精神がすごい。たまたま石と石がぶつかって欠けた破片を持ってみて「あ!」って思ったのかな。発想を得る機会って、どこに潜んでるかわかりませんね。いろんなAI技術が出てきた「今」だからこそ、私たちも見習わないといけないのかも、とあらためて感じました。縄文土器も土器に縄を押しつけて紋様つけてるから、手先も器用だったのかもしれませんね。

ここにも「金錯銘鉄剣」が置いてあります。れきみんにあるのは複製品で、さきたま史跡の博物館にあるのが本物。この鉄剣が出土した稲荷山古墳は「さきたま古墳群」の古墳だけど、県内でも有名(このへんの地域も集落があった)だから、ここにも関連資料があるんですね。
銀象嵌銘が彫られた太刀と、稲荷山古墳から出土した金錯銘の鉄剣と、それとは違う鉄剣。合わせて3振り。「ワカタケル大王」の文字もちゃんとありました。ワカタケル大王は雄略天皇の説が有力で、かなり力があったそうだ、というのを、さきたま史跡の博物館でボランティアさんが説明してくれた話を思い出しながら観覧。相当な権力があった、ということ。
そんな調子で動線をメモしながら見学して、1階だけで軽く1時間は経ってました。途中の美術展示場が空気感を変えてきたんだけど、一度視覚がリセット(?)されて、いい感じ。

・地階

いよいよ(?)地階に降ります。階段を降りてすぐの場所にベンチがあったので座らせてもらいました。展示室と展示室のあいだにベンチとかスペースがあると助かります。博物館って歩き倒すところだと思ってるから、意図的に休む場所って必要なのかもしれない。
エントランスぶち抜きの吹き抜けフロアは圧巻。複製とはいえ3メートルくらいの板碑が何本も立ってるから、そりゃそうだよって感じですね! 縦に広い空間にしてあげないと、板碑もただの横長の石。存在感はあるけど、横倒しだとなんだかよくわからない。
通路を挟みながら展示室を歩いて、現代まで戻ってくるのに約1時間くらい使いました。江戸時代の高札場(原寸大)のお知らせをがっつり読んじゃったり、解説パネル(キャプション)の表現が一部おもしろかったり、このあたりの復興の力ってすげー! とかね。1階の展示室より資料が細かくないのは(遠い時代ほど資料の数が多いということ)、どこの博物館でも同じなのかな? ちょっと気になるところです。
戦後にあたる展示室は当時の想像力(少なくとも私はそう思った)が光る展示もあったから、気になる方は見学してみるといいです。想像するのは人間の特性だと思ってるから、あの状況下であそこまで想像してた人がいた、ということに驚きました。戦争には負けたけど、これから暮らしがよくなっていくはずだっていうのがそのまま残ってたのがすごいです。復興の力もすごいですよね。

・見学後

いろいろメモしまくって、動線チェック用にもらったパンフレットに描いた線がわけわからん状態になったのは言うまでもありません。ちょっと遅めのお昼ごはんを食べてから、再チャレンジしてきました。最初は純粋に見学したい気持ちで1周。動線確認と資料の名称確認でプラス1周。雑にまとめたというよりは「きったない字で書いたから意味不明」な部分があちこちにあって、文字起こしするのが大変だと思ったからもう1周した、ってところですかね。2回以上はまわったことになりますか。まわりすぎですね。
あとはこの動線を紙に書き起こすだけです。

なんか、こうやって自分の動線をチェックしてみると、けっこうおもしろいのかもしれないって思いました。どうして1回目の履修でそこまで考えなかったのか? って思いました。今なら、答えられます。「やらなきゃいけない感じで見学したから」って。
それだと評価に響くのは当然です。だから落としたんですけども。今回は見るところを変えてみて、こう思ったわけです。

雨じゃなかったら、大宮公園も一周したかったんですけど、外に出たら雨が降ってました。もともとの予報が大雨だったし、まだよかったのかな? 雨でしっとり濡れた弥生時代の住居(復元)も、いい味が出てました。
ふとしか疑問。この時代の住居って、雨が降ったら雨漏りしたんでしょうか。もし雨漏りしたとしたら、葺き直しとか、取り替えたりしてたんでしょうか。それともぜんぶぶち壊して作り直した(これはムダな労力かな…)? などいろいろ考えた一日でした。


最初は司書資格だけのつもりが、学芸員資格も取らないと卒業までの単位が足りない。だから「今」ここにいて、博物館見学の課題レポートをやってます。
奨学金制度を使ってたら、おそらく現役でも大学に行けたかなと思うんです。学力とか偏差値には触れないでおいてくださいね。私そこまで頭よくないし、文系寄りだと思うけど、外国語はできない人なんです。
でも、社会に出てから学生をやってみると、また違った見方・違う感覚になれるといいますか。現役で学生をやれなかったから「今」やってるんだけど、「今」のほうが楽しいって思えるんです。

つまり、今のほうが「知識」は頭に入ってるんじゃないか? と。暗記中心(数学系は公式に当てはめるとかそんな感じだったけど)から「考える」になって、自分が見る世界も変わってきたかな、なんて思うんです。

ふつうに働いてるだけだと得られないものって、もしかして「これ」なのかな?

いいなと思ったら応援しよう!

秋津 うるら いただいたサポートは「自分探し(できてないけど)」のために使わせていただければなぁと思ってます。