ちょこちょこ書く日記(つんどく、心が貴族)


2026年4月17日(金)

夫が朝、金魚たちに餌をあげようとして間違えて塩コショウを手に取ってしまい間一髪だった。自分で気が付いて偉かった。金魚はキッチンのカウンター上にいる。

子どもたちを送ってからポストを見ると、友人から本が届いていた。おすすめの本もらった!と夫に報告すると「女の子って本当すごいね」と言った。女の子のわたしもビックリ嬉しい出来事だったので女の子がみんなサラリと本を送れるわけではない。夫に言われてわたしたちってまだ女の子なんだ、という感想を持つ。
わたしは積読の山が当たり前で、読んでいないことに罪悪感は持たない。これはわたしの日記だから本当のことを書くけど、読書ではなく本は集めて飾るのが趣味。本って可愛いから。ガチャガチャと同じ。また1冊コレクションが増えて嬉しい。積読と書いてつんどくだなんて、もう読み方さえ可愛いから、積読でも別にいいのですよ。でもいただいた本は読むけどね。
趣味は本を集めることです、読書ではありませんだなんて人には言わない。趣味を聞かれたら答えは読書。

出社して遠くの役所へ。なんとなくYOASOBIのメドレーをかけて運転。わたしには推しと呼べる人やグループがいなくて、曲の好みも分からない。いつもなんとなくで曲をかけるのは失礼なんじゃないかと、積読には罪悪感を持たないのにこれにはうっすら罪悪感がある。いつか思いきり好きな自信がある音楽を見つけてみたい。
休みなく次の曲が始まると「わたしの運転のためにずっと歌ってくれて、ikuraちゃんありがとうね〜」という気持ちになって、自分が愉快な主人公すぎて躁状態じゃないか心配になってきた。他の人は音楽を聴きながら何を考えるんだろう。

役所の中にはどこも大体コンビニがあってお腹が空くと何か買いたくなるけど、小学生の息子は静かな授業中お腹がグーグー鳴っても鳴らし続ける他ないんだと思うと、自分だけが買うわけにはいかない、とチョコを我慢することが出来た。これはいい。
学校にはレンジがないからと世のお母さんが会社でお弁当を温めずに食べるのと同じパターンだ。
これを読んだお母さんはお弁当温めてもいいんですよ。
親目線だと感動的だけど、子ども目線だと子どものせいにしないで普通にお弁当温めてチョコ買いなよ、と思われるのは知ってる。自己犠牲からは何も生まれない。わたしは心からチョコを食べたい時は買うから大丈夫。わたしが書くことなんて全部テキトーなのよ。

メインの仕事の合間にちょこちょこやっていたCADの図面がようやく出来た。わたしがはじめて最初から最後まで描いた図面。プレッシャーから解放された。写真を撮って夫に送りたい衝動に駆られたけどギリギリのところでまともな自分が勝った。
隣のお姉さんが「よく頑張ったね」と褒めてくれた。これが飴と鞭か。
自分で考える力を培う機会をもらったおかげで理解は深まった。プレッシャーはあったし出社は憂鬱だったけど、多分髪もそんなに抜けてない。レベルアップ。

お姉さんたちがカルシウムをちゃんと摂っているかという話をしていて、役員と正社員のお姉さんたちがブルガリアが安くなってる時にいくつか買って毎日食べるようにしていると話していた。わたしはパートだけど心が貴族だから500円弱する大きなパルテノを2つとか買っちゃうけど、言うとわたしの印象が180度変わりそうだったからやめておいた。1年経ってもまだ自分を出しきれていない。換気扇を全く掃除していないことは言えた。言えたけど別に嬉しくない。

帰り道、YOASOBIが好きな友人と会って、今日ずっとYOASOBI聴いてたんだよと言いたかったけど、推しがいないわたしが聴くYOASOBIの報告に何の意味があるのかと無駄なことを考えたせいで雑談が出来なかった。年々雑談を自分から振るのが苦手になっている。わたしの日記は家族や友人も読んでくれているから、日記でしか本心が伝えられなくなってきているかも、これは一大事だ。

日記が日常に影響を及ぼすことはあってはならないから、日記を書いていることを忘れて日常を過ごすのがベスト。本当は忘れていないけど、気付かないフリをして生きなければならない。
わたしは何を書いていますか。

2026年4月18日(土)

息子の授業参観。息子の隣の席の子がわたしに「お母さんまだこないの」と言った。話しかけてくれることが可愛い。
赤ちゃん〜幼稚園時代はやっぱり自分の子が特別という意識があったと思うけど、最近人の子もめちゃくちゃ可愛い。子どもは皆いい子で天使。わたしはあなたのお母さんじゃないのに胸が苦しくなる。お母さんきっとくるよと伝えると、6年生のお姉ちゃんを先にみるからこないんだよと言った。それはまだこないね。

「まだ来てない」と「もう行っちゃった」どっちのが悲しいのかな、授業参観は上の子と下の子の順番に気をつける、と頭の片隅にメモ。三人きょうだいのわたしは授業参観の記憶がないから、実際はそこまで気にすることじゃないんでしょうな。

授業の中で「い」のつく言葉を探す。息子はまっすぐ手を上げて「いもうと」と言った。親を泣かせにきてる。
先生がいもうとね、ここにいるかな〜?と言うとみんなが後ろを振り返ったので夫と一緒に目の前の娘の頭をニコニコ笑顔で指差した。そういえば授業ってこういうことあったね。自分たちがみんなの話題に上がる、こういう小さな経験の積み重ねが2人の性格に影響していくんだろうな。

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