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父の看取りを選んだ日

父の様子が、毎日気がかりだった。
いつ病院から病状説明の連絡が来るのだろうと、ずっと気にしていた。

4月7日の朝、母から電話があった。
「主治医から病状説明があるので、17時30分以降に来てくださいと言われた」とのことだった。

“今すぐではない”ということは、急変ではないのだろうと察した。

私は病院に折り返し電話をし、18時30分に伺うと伝えた。
対応してくれた看護師さんの様子も落ち着いていて、慌ただしさは感じられなかった。
おそらく、今の状態が厳しいため、今後についての話になるのだろうと思った。

このとき、私の中ではすでに決めていた。
もし、点滴が難しい状態で、食べることもできないという話になったら——
点滴はしない。胃ろうもしない。そう伝えようと。

いよいよ、看取りになるのだと覚悟していた。



夕方になり、病院から連絡が入った。
「不整脈が連発し、少し意識が悪くなりました。今は少し落ち着いています」とのことだった。

私は仕事を早退し、母を迎えに行き、そのまま病院へ向かった。

車の中で、これからのこと、覚悟しなければいけないことを母に話した。
母も静かにうなずいていた。
「もう、苦しまないでいてほしいね。よく頑張ったよね」と。



病室に入ると、父は個室に移動していた。

不整脈は続いているものの、連発はしていない。
血圧は100台。酸素マスクは4L。
点滴は外れていて、抑制もされていなかった。

「来たよ、いるよ」と声をかける。

父は目を開けてくれたが、とてもつらそうな表情だった。
首を横に振り、マスクを外そうとし、体の向きを変えようとする。

その姿を見て、思った。
——もう、頑張らなくていいよ。
点滴も嫌だよね、マスクもやりたくないよね
手が解放されてよかった…
父は、自由になりたいんだと感じた



主治医からの説明があった。

慢性うっ血性心不全の治療によって、状態は一度改善した。
しかし、衰弱が強く、体力がもたない。
先ほど不整脈が連発し、現在は落ち着いているが、予断は許さない状態。

そして——
父は点滴を自分で抜いてしまったという。

「点滴が入らないので、胸から点滴をする方法もありますが、どうされますか」



私は、答えた。
「点滴は、しなくていいです」

母に確認すると、静かにうなずいた。
医師も「それがいいと思います」と言った。

点滴をしないということは、看取りになるということ。
このまま、自然に最期を迎えるということ。

いつかは、この選択をする日が来ると思っていた。
それでも、実際に言葉にして伝えたとき、胸が強く締めつけられた。



訪問看護師として、在宅での看取りには関わってきた。
家族が点滴をするかどうかを決める場面も、何度も見てきた。

「何かしてあげないといけないのではないか」
「見捨ててしまうのではないか」
「少しでも長く生きてほしい」

そんな思いの中で、選択することの難しさも知っている。

私たち看護師は、「こうした方がいい」とは言わない。
本人や家族の思いは、それぞれ違うからだ。
メリットとデメリットを伝え、そのうえで選ぶのは家族。

本当に難しい選択だと思う。



実際に自分がその立場になり、
気持ちは決まっていたはずなのに、やはり苦しかった。

あのときの選択の重みを、
私は、自分のこととして初めて知った。



この日、
「その時が近づいている」ことを、はっきりと感じていた。
楽になってほしい、その気持ちだけだった。

お読みいただきありがとうございます。
そして温かいかコメントありがとうございます。

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