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高天原からの密命3 真相版② 蘇る伝説・統合に向けて出雲人の大移動が始まっていた

……「高天原からの密命3 真相版①」より

※三角寛著「サンカの社会」(1965年)
(一部に説明を付加、また一部の言葉を現代風に書き換えてます🙇‍♂️)

山窩「天幕(テント)張りの家」
この天幕ですが
それまで洞窟に住んでいた山窩の人々に対し
素戔嗚尊から与えられたのが始まり、
との伝承が伝わっています

(前回から)
……(山窩のO氏は)また言葉をついで
『わしらの祖先は、神武さん(初代「神武天皇」のこと)が東に征かっしゃる時(「神武東征」のことデスよ)、(山窩の)大方の人が一緒に連れていかれたんだが、行く先々で(鉄製の)剣や鏃(ヤジリ)を打ったんじゃ。
(当時のまつろわぬ者共は)石器の武具しか持っておらぬから、儂らの作る鉄製の武器に全く歯が立たんのじゃ。
それを考えてみてもですよ。もう神武さんの時代にはフイゴがあり、製鉄が行われていたんじゃ。

スサノオ様から神武さんまで何百代も経ってませう。
高天原から言えば、神武さんからニンノさん(今上天皇のこと。当時は「昭和天皇」)までなんて、本当に短い間となるんじゃ。(昭和天皇は124代目)

ヤシガサでも(私のような者でも)、(始祖から数えて)577代目ですから、ニンノさんの祖先である神武さんの、また更に祖先となるスサノヲ様などの神様達はどれくらい昔か、わかりゃせん。
だがそれ程の大昔から高天原では(スサノヲ様などが)鉄を拵えていたんじゃ。儂らはその恩恵を受けとるんじゃね。』……

もうとても想像など出来ないスケールの大きい話ですね😅

この山窩の人が言うには
素戔嗚尊は高天原の製鉄技術を伝え、出雲の人々はそれにより恩恵を受けていた、ようです。
そしてその製鉄技術を受け継いだ出雲の人達は、神武天皇東征の時、大和国(現在の奈良)へ大勢移動して行った、と。
現在、三輪に御鎮座する大神神社がその証明となりますのでしょうかね。

◯出雲人は更に東方へ

この書籍には書かれてませんが、大和まで来た出雲人の中には、天孫族の更なる東方進出(東海〜関東)に付き従って行った人々がいた、と考えられます。
東方には木曽三川や天竜川などの大きな川、そして神奈川の丹沢山地周辺では昔から鉄鉱石が採掘されています。
また最近はこんな事が起きてますよ☺️
……平成二十二年三月二十日、神奈川県川﨑市立柿生中学校で、生徒達が学校の近くを流れる鶴見川で採取した砂鉄約四十キロから見事な鉄分「ケラ」(玉鋼)を約四キロも抽出する実験に成功した、と。(当然フイゴを使っての実験です)……

そして
この鶴見川の横浜・川﨑市内の川沿いには、素戔嗚尊の息子「五十猛命」を祀る杉山神社が数多く御鎮座されており、横浜市北新羽の杉山神社は、大和国の三輪に御鎮座する大神神社から勧請された神社となります。

北新羽  杉山神社
上部に「三輪明神分霊」と
彫られています

そして同じく鶴見川の流域、東京都町田市に鎮座する椙山(スギヤマ)神社。
※「椙」は「杉」を意味する「国字」(こくじ)。
日本独自の漢字です。

東京都町田市三輪町  椙山神社
※noteサイト とぅーむゅらす  より🙇‍♂️

この神社の鎮座地の名称が「三輪町」です。

更に更に、ここから東方の埼玉県。
ここには素戔嗚尊を祀る氷川神社が数多く創建されていることはご存知かと。
これは正に出雲人達が出雲から大和へ、そして東方へと移動し、その移動先の先々で自分達の神を祀った祭祀場、と思われます。

高天原からの密命「天津神と国津神の統合」


東方へと出向く天孫族を裏から支えた出雲族。
その人達が活躍するのに充分な環境が東方に有ったんですね。

(「高天原からの密命4 プロローグ」へ続く)

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