シリーズ「摩訶不思議」2 杉山神社の本社は何処に?
では「杉山神社」はいつ頃鎮座したのでしょうか?
◯杉山神社の創建時期
……平安時代の貞観11年(869)に編纂された「続日本後紀」では「枌山(スギヤマ)神社」と記述され、同書には当社が承和5年(838)2月に官幣を賜り、承和15年(848年)5月には従五位下を授かった旨が記されている。
更に延長5年(927)に編纂された「延喜式神名帳」には、「武蔵国都筑(つづき)郡唯一の式内社」との記載もされている。
しかしその本社は比定されておらず、未だ多くの論社が存在する。……(Wikipediaより)
七、八世紀の歴史書物に色々と記されていますが、杉山神社の「本社」が、現在御鎮座している四十四社のどこなのかは、ハッキリしていないのが現状です。
またこれは杉山神社に限った事ではないですが、長い歴史において神社は、隣村の神社と諸々の事情により合祀などをして、途中で名称が変わる場合がよくあります。これらの事を考慮すると、記されている文献があまり多いとは言えない「杉山神社」に関しては、本社を明確にするのは甚だ難かしい、と思います。

(横浜市鶴見区)

大正九年(1920)に合祀された旨が書かれています。
この場合「杉山神社」としては神社庁には
登録されていないので
四十四社に含まれていません。


(神明社 阿府神社 浅間神社)が合祀されています。
◯なぜ杉山神社には「本社」がないのか?
仮に過去に名称を変えた神社も含めれば杉山神社はもっと多くの神社数になるかと想像出来ます。
日本にはそれこそ多数の神社が鎮座してますが、同じ『御霊』(ミタマ)を祀っている「神社群」には確固たる「本社」だと伝わっているお宮が存在してます。
・「八幡社」は「宇佐八幡宮」(大分県宇佐市)
・「天満宮」は「北野天満宮」(京都府京都市)
・「住吉神社」は「住吉大社」(大阪府大阪市)
・「諏訪神社」は「諏訪大社」(長野県諏訪市)
もし仮に「〇〇の神様を祀りたい」と思ったら、その神様を祀る神社群の「本社」から神様の『御霊』を分霊、勧請させて頂くのですが、「本社」が不明確だと、『御霊』を呼べる事が出来ず、祀る事が出来ないはずです。
何で杉山神社にはないのかな〜
現在でも四十四社が御鎮座しているのですからね〜
もしかしたら敢えて「本社」を決めていないのか、
決められないのか?
もしそうならば何が原因か?
そこにはやはり「摩訶不思議」な理由が有る、とは思いませんか?
◯歴史には出てこない、ある「集団」の存在
皆さんもご存知の通り、世界の歴史において下記の様な現象はよく有る事です。
① それまで活躍していた「ある民族」が突然姿を消す
②「 勝者側」が「敗者側」の文化、歴史をかき消してしまう
具体的に例を挙げると
①はユダヤ民族。
「失われた十部族」はかなり有名デスよね。
②は秦の始皇帝による「焚書坑儒」(ふんしょこうじゅ)。言葉を変えれば「民族弾圧」「思想弾圧」となるかと思います。
これらの現象は当然この日本においても起こっています。
例えば古代氏族「蘇我」氏による強権政治。
そして平安時代の「藤原」氏は、他のライバル氏族を悉く弾圧し、自分達一族だけを繁栄させ、その敗者は表舞台から姿を消してゆきました。
ですが敗者側は全滅したわけではなく、姿や名前を変えて日本のどこかで生き延びている場合が有ります。
藤原氏に対し怨念を持って亡くなった天神様「菅原道真」(すがわらみちざね)公。
この方のご子孫がちゃんと生き延びていた事、ご存知でしょうか?
今回の杉山神社。
実はこの神社群には歴史から消された、ある「集団」の存在があるのでは、と感じています。
それについては次回以降に記そうと思います。

では、また宜しくお願いします。
……シリーズ「摩訶不思議」3に続く……
