隙あらばスぺジェネ
一
「盛れミ」がブーム化して、早いもので半年以上がもう経っている。それが、いつからブーム化しだしたのかの認識の違いによって、その期間の長さの捉え方にはいろいろと違いはあるだろうけれど。だが、とりあえず、このブームは、とても息が長くて、なかなかおさまりそうな気配がないのである。というか、いまだにメラメラと燃えているし、その盛り上がりは、さらに高く大きく広いものになろうとさえしている。そして、その勢いのままに、ついに本格的な夏に突入しようとしているのである。おそらく、今年の夏は、あちらでもこちらでも「盛れミ」が鳴り響く、というようなことになるのではないか。
「盛れ!ミ・アモーレ」は、二〇二五年十月八日にJuice=Juiceの二十作目となる両A面シングルに「四の五の言わず颯(さっ)と別れてあげた」のカップリング曲として収録されリリースされた。しかしながら、この音源リリースの時点でもうすでに「盛れミ」のブームは、局地的にだが起き始めていたのである。正式リリースの約一ヶ月ほど前になる九月一日に「盛れ!ミ・アモーレ」のMVはユーチューブにて公開されている。するともう、すぐにこの楽曲の印象的なサビのフレーズの中毒者たちが、ちらほらと現れはじめたのであった。
そんな繰り返しMVを見まくって、常に頭の中で「盛れ!ミ・アモーレ」が鳴っている状態となってしまった中毒者たちは、隙あらばサビのメロディを歌い、MVを見て覚えた振り付けを真似て踊っていた。そして、このちょっとした隙間の時間さえあれば、間暇を惜しまずに「盛れ!ミ・アモーレ」を歌って踊ってしまう行動のことを、OCHA NORMAの米村姫良々と窪田七海が「隙あらばアモーレ」略して「隙アモ」と名付けた(「盛れ!ミ・アモーレ」とは全く何の関係もないゲーム配信の最中に)。こうして「盛れミ」中毒者たちの奇妙な行動に謎にキャッチーな名称がついたことにより、この「隙アモ」という行為そのものもまた現象化してゆくことになる。「盛れ!ミ・アモーレ」という楽曲の中毒性が、隙あらばそれを歌って踊ってしまう「隙アモ」という現象を生み、その「隙アモ」のブームが、「隙あらばアモーレ」という楽曲の人気や話題性にさらにまた拍車をかけていったのだった。
十一月十九日、ザ・ファースト・テイクでJuice=Juiceが「盛れ!ミ・アモーレ」を歌唱した映像が公開された。Juice=Juiceは、その約二週間前となる十一月七日にもザ・ファースト・テイクで「『ひとりで生きられそう』って それってねえ、褒めているの?」を披露していた。これが、まず挨拶がわりのジャブであったとすれば、ザ・ファースト・テイクでの「盛れ!ミ・アモーレ」披露は、紛うことなき渾身のストレートであった。曲の間奏では、井上玲音がボイス・パーカッションでラテンのリズムをブーストし、有澤一華はバイオリン・ソロを弾いて、フィナーレでは江端妃咲がサンバ・ホイッスルを吹き鳴らすという、まさにお祭り騒ぎのような「盛れ!ミ・アモーレ」となっていた。
このザ・ファースト・テイクあたりから「盛れミ」ブームは本格的に水面下のものから水面上でも巻き起こっているものへの移行の過程に入ったといえる。そして、歌ってみた動画や踊ってみた動画が巷に溢れ出し、二月二十五日にはハロ吹による吹奏楽ヴァージョンも公開された。ここまでくると、明かに「盛れミ」は、誰がどう見てもバズっていた。もはやハロヲタだけの盛り上がりの域を完全に越えていた。こうなってくるとネット上で拡散された一般レヴェルでの話題性は人口に膾炙し、ブームは雪だるま式に膨れ上がってゆく。その勢いは止まらなくなり、完全に本物の「盛れミ」ブームの嵐が吹き荒れることになる。
二
二〇二六年六月二十四日、すでに半年以上に及ぶ超ロング・ヒットとなっていた「盛れ!ミ・アモーレ」をあらためて収録した七曲入りのミニ・アルバム「MORE! MORE! EP」がリリースされた。局地的な界隈での「隙アモ」現象から始まり、じわじわじわじわと盛り上がり、ちょっとした社会現象にまでなりつつある「盛れミ」ブームが、かなり規格外な展開を見せ始めた、その最たるものの一つが、このニ・アルバム「MORE! MORE! EP」と言えるであろう。本来であれば、「四の五の言わず颯(さっ)と別れてあげた」の次のシングルの準備に取り掛かるようなタイミングで、あらためて「盛れ!ミ・アモーレ」を再プッシュするようなミニ・アルバムのリリースとなっているのだから。ある意味これは、かなりの規格外の事例であると言えるであろう。
セカンド・ヴァースのサビの前に「会えない日は写真/抱きしめて」という歌詞がある。ここを聴くと、いつも、吉原の花魁に一目惚れ(錦絵(ブロマイド)を見て)した染め物屋や米屋の奉公人が出てくる「幾代餅」や「紺屋高尾」といった落語の噺のことを思い出してしまう。いつの日か、吉原に行って恋した花魁に一目だけでも会うために、ひたすらに働いて金(十両)を貯めることになるのだが、その辛抱の長い年月(三年)を花魁の写真/錦絵をひたすらに抱きしめていたのだろうなと想像してしまうのである。ただし、「幾代餅」も「紺屋高尾」も最後はハッピーな結末を迎える噺なので、そこのところは事の顛末をあれこれ盛りながらめちゃくちゃにして話すことになる「盛れ!ミ・アモーレ」とは少し違うだろうか。
「盛れ!ミ・アモーレ」の冒頭の第一声は、工藤由愛によるインパクト抜群の「盛れ!ミ・アモーレ」の特大シャウトである。これを聴いていて思い出すのは、やはりC+Cミュージック・ファクトリー「ゴナ・メイク・ユー・スウェット」の冒頭でいきなり飛び出してくる特大シャウトである(ちなみに、C+Cミュージック・ファクトリーのロバート・クリヴィリスは、プエルトリコ移民の子でラテン系アメリカ人である)。あの誰でも一度は耳にしたことがあるであろう「エヴリバディ・ダンス・ナウ」というマーサ・ウォッシュによるシャウトだ。まさに、「盛れ!ミ・アモーレ」においても、工藤由愛の特大シャウトはマーサ・ウォッシュに匹敵するようなものとなっているし、「皆のもの、さあ踊れ」と煽り焚き付けるようなダンスのための合図になるような非常に重要な第一声となっているのである。あのバカでかい炸裂するシャウトがあるとないとでは、「盛れ!ミ・アモーレ」という楽曲の印象もまた大きく変わってくることであろう。それくらいに工藤由愛が最初のひと声が果たしている役割というのは、とてつもなく大きいのである。
Juice=Juiceが「盛れ!ミ・アモーレ」をバックバンドをつけたヴァージョンでライヴ・パフォーマンスする機会があった。生のバンドをバックにして歌うと、女性アイドル・グループの場合には結構それぞれのメンバーの歌唱の特徴というか、本来的な歌の地力やポテンシャルのようなものが、かなり明確に浮き彫りになったりすることがある。このことは勿論Juice=Juiceにも当てはまることであり、当該のバンド・ヴァージョンでの「盛れ!ミ・アモーレ」のパフォーマンスを通じて初めて見えてくるという部分もそれなりにあった。バックバンドが付くと、どうしても生演奏の圧力・(電子楽器の)音圧や(実際に人間の手を使用しての演奏であるがゆえの)独特の音の揺れ・揺らぎ(グルーヴ)に対応するために、若年の女性シンガーというのは特に必要以上に力んだり・がなったり、あるいはバンドのサウンドの上に歌声を置いていったりもしくは乗せてゆくような歌唱となるパターンが多々見受けられる。あの段原瑠々ですらバンドの音圧と張り合うような形ではなくバックのサウンドに乗せてゆくようなスタイルで歌っているのを確認することができる(テクニック面でも申し分がなく非常に高い歌唱能力をもつ人なので状況により細やかに歌唱スタイルを対応させてゆくことなど朝飯前なのであろう)。そんな中にあって、川嶋美楓のバックバンドの生演奏のど真ん中に真っ向から斬り込んでゆくような歌声は、非常に際立って聴こえた。乗せたり置いたりがなったりするのではなく、まったくいつもと変わらぬような歌唱で、その特徴的な澄んだ歌声をバンド・サウンドの真っ只中でずばっと煌めかせているのである。この歌声の切れ具合はかなりのものであるといえよう。そんなちょっとただ者ではないような歌唱を川嶋美楓は本当に何食わぬ顔であっさりと繰り出してしまえている。かなり歌い手として天才といえる部類に入る人なのではなかろうか。真っ直ぐで繊細だけれど鋼のような強さがある声質にも類い稀なるものがあるし、その歌唱の才能の使い方もよく斬れる名刀のような歌声の煌めかせ方ももうすでに十二分に心得ているようでもある。まさに末恐ろしいシンガーである。
ハロプロのラテン楽曲は、インストゥルメンタル・ヴァージョンを聴くと、そのおもしろさがさらに倍加するというのは古くからの言い伝えである。耳を奪われがちな歌がない状態で聴く方が、その楽曲の構造や音の構成がより分かりやすくなってくるので、そういう現象が起こりやすくなるのである。だが、「盛れ!ミ・アモーレ」の場合は、それほどおもしろみが増すということはなかったりする。歌があってもなくても、その楽曲の聴こえ方はあまり変わらないのだ。通常ならば、ベースラインがおかしかったり、ラテンやサンバのパーカッションに味があったりして、それまであまり聴こえていなかった部分が聴こえてきておもしろいのだが、「盛れミ」の場合は、それがほとんどない。言い方を変えれば、あまりハロプロらしくはないラテン調ポップスらしいラテン調ポップスになっている、ということもできるだろうか。古いサルサなどと比較すると、とても曲の展開が早くて、かなり型通りのラテンのエッセンスを取り入れた(だけの)ダンス・ポップスという印象も強い。そして、その型通りのラテンのエッセンスを取り入れた曲の構成であるがゆえにか、そこにのるメロディもどちらかというと型通りのラテン(昭和)歌謡的なものに限りなく近い。そういう意味では、「盛れ!ミ・アモーレ」という楽曲は、ハロプロのラテン楽曲の系譜というよりも、どちらかというと旧ジャニーズ事務所のアイドルが歌っていたようなラテン歌謡曲に近いというような印象を受けたりもする。もしかすると、その辺りが「盛れ!ミ・アモーレ」の大ヒット/ロング・ヒットの要因のひとつなのではなかろうか。ちょっと独特で何とも言えないエグ味のあるハロプロの伝統的なラテン楽曲には、あまり感じられなかった、分かりやすさや親しみやすさのようなものが「盛れ!ミ・アモーレ」には、そういった部分であったということなのだと思われるし、そこがある意味ではウケているのではなかろうか。
三
「盛れ!ミ・アモーレ」のブームが到来するほんの少し前に、そこそこバズったことはバズったのだけれど、後続の「盛れミ」ほどの大きなムーヴメントにまでは至らなかった、ちょっと残念なことになったハロプロ曲があった(まあ、よくあることといえばよくあることであるのかも知れないが)。それが、二〇二五年一月二十九日にBEYOOOOONDSの六作目のシングルとしてリリースされた「Do-Did-Done」である。その前年の暮の十二月十七日に「Do-Did-Done」のMVは、動画配信サイトで公開されたのだが、その小気味よいテンポのリズミカルな曲調と言葉遊びのようなサビの歌詞、そしてコミカルかつキレキレな振り付けが、(一部の界隈で)大きな話題となった。ティックトックなどの動画投稿サイトでのダンス動画の素材となるように、サビの歌もダンスも、一瞬の瞬発力と強烈にインパクトのある思わずコピーしたくなるものを盛り込んだ、完全にネットでバズることを狙いにいった楽曲であり、それはその思惑通りに、そこそこの成果を獲得するところまではいった。しかし、その先のもうひとランク上への盛り上がりの拡大・拡散にまでは届かなかったのだった。そこが「盛れミ」との差になり、成功の大きな分かれ道となった。
「Do-Did-Done」は、ノリのよいサビのコーラスのリフレインと個性的なダンスで話題となったが、その特徴的なサビのリフレインの前のプレ・コーラス部が、YMO「ビハインド・ザ・マスク」の変奏(ヴァリエーション)となっていることも好事家の間ではちょっとした話題となった。だがしかし、「Do-Did-Done」の肝というのは、伝統的なアフリカのダンスのリズムと高速のテクノ・サウンドをブレンドしたかのような、かなり尖ったダンス・ビートにある。そして、このシンコペーションの利いたポリリズミックなビートの性急さトリッキーな尖り具合こそが、後に大ヒット曲となるJuice=Juiceの「盛れ!ミ・アモーレ」との決定的な違いでもあった、のかも知れない。様式的には、結構ベタなラテン歌謡であるところの「盛れミ」の方が、ティックトックなどの動画投稿サイトでのバズりにターゲットを絞ったインパクト重視でアタックの強い(ちょっと奇抜な)曲調よりも、やはりより幅広い層に波及してゆくことを可能にしたということなのであろう。
そんな「Do-Did-Done」の歌詞は、小説「##NAME##」が芥川賞候補となった作家の児玉雨子が手がけている。誰もが義務教育の中学校の英語の授業で習うはずの動詞の不規則変化を、時間とともに変化して(成長して)ゆく自分に見立てて歌うという、なかなか高度なひねりの利いた歌詞になっている。ただし、このちょっとばかし知的な感じが、やはり誰にでも無条件でわかりやすい(内容のわかりやすさやわかりにくさを越えた単純なストレートさのある)「盛れミ」との差となった部分は、おそらくあるのではなかろうか。「盛れ!ミ・アモーレ」の作詞・作曲を手がけているのは、シンガー・ソングライターの山崎あおいである。児玉の「Do-Did-Done」と比較して山崎の「盛れミ」が知的でない歌詞だとまでは言わないが、英語の不規則動詞を知らない、もしくは中学校の英語の授業でちゃんと学ばなかったような層にも広くアピールすることができるのが、山崎あおいの歌詞のような(ある意味で敷居の低い)ものなのではなかろうか。長嶋監督が学生時代に英和辞書で「goes」の意味を調べようとしたけれど、どこを探しても「goes」の項目がないので「この辞書は不良品だ」と言って投げ出したというエピソードがある。つまり、監督は「goes」が動詞「go」の三人称単数現在の変化形(三単現のS)であることを知らなかったので、どこを探しても「goes」の項は見つからなかったのである。ということは、いくらBEYOOOOONDSが小気味よくドゥディダンドゥディダンと繰り返し歌っていても、何のことやらさっぱりわからないという人も結構いるのかもしれないし、そこのところが了解できていないと児玉雨子が手がけた歌詞の味わい深さもなかなか伝わりきらないということになってしまうのであろう。
Juice=Juiceのラテン曲といえば、「盛れミ」以前には「Fiesta! Fiesta!」という風にほぼ相場は決まっていた。というか、段原瑠々が加入して以降の体制のJuice=Juiceにおいて、グループの新たな代表曲となっていたのが、このラテン風味が大爆発している「Fiesta! Fiesta!」であったのである。二〇一七年八月二十三日、「Fiesta! Fiesta!」は配信シングルとして発表され、即座にライヴでの人気曲・定番曲となってゆく。これは、ジェイピールーム(アップフロントグループ)所属のエリック・フクサキ(ペルー系日系人)によって作曲された、ある意味かなり本格的なラテン楽曲である。ただし、そのアレンジは、トランペットが鳴り響くハードコア・テクノ・スタイルのラテン・ポップスであった。性急な四つ打ちの低音ビートがかなり効いていて、ライヴでは無条件に盛り上がれるようなサウンドとなっている。のだが、やはりコテコテのラテン歌謡スタイルの「盛れミ」と比較すると、パーカッションによるリズムの多彩さはあまりなく、かなり平坦なラテン風味であったような印象を受ける。されどしかし、この「Fiesta! Fiesta!」が段原瑠々加入以降のJuice=Juiceを象徴するような一曲となったからこそ、その後の「盛れミ」の成功があったのだと考えると、Juice=Juiceにとって否、ハロプロにとって、大変に大きな意味のあった一曲だといえるのかも知れない。まさに「Fiesta! Fiesta!」なくして「盛れミ」なし、なのである。
重篤なアディクト状態に陥り四六時中「盛れミ」を歌い踊ってしまう現象を、逸早く「隙アモ」と名付けたことにより、その後の「盛れミ」ブームに多大なる貢献をした米村姫良々と窪田七海が所属するOCHA NORMAが、二〇二三年七月二十六日にリリースされたトリプルA面シングルの収録曲に「シェケナーレ」という楽曲があった。作詞は、「Do-Did-Done」の児玉雨子。このタイトルの「シェケナーレ」という言葉は、一聴したところスペイン語か何かのように聞こえるし、その語感にもラテンの要素を強く感じさせる雰囲気がある、のだが、実際のところは児玉による造語である。そして、その曲調にも、そのタイトルから予感させるラテンのノリはうっすらとあるのだけれど、大まかにいえばポップ・ディスコとブラス・ロックを混ぜ合わせたようなノリのよいアイドル・ポップスである。あまりバリバリのコテコテなラテンではない。いわゆる当世風ギャルのライトなノリこそが、OCHA NORMAらしさでもある。そして、その問題の「シェケナーレ」という造語は、英語の「シェイク・イット・アップ(Shake it up)」に願望を込めた婉曲的な命令形の「なれ/なーれ」をくっつけたものであるという。「シェイク・イット・アップ」には、元気を出して嫌なことは忘れてノリノリで行こうぜ、という意味があるので、「シェケナーレ」というのは平たくいえば「上がってこう」とか「目一杯騒ごうぜ」みたいなことを歌っているということになるのではなかろうか(シェリル・リンの名曲「シェイク・イット・アップ・トゥナイト」は、まさに「今夜ははちゃめちゃに盛りあがろう!」という内容の一曲である。また、内田裕也の常套句「シェケナベイビー」は、「ベイビー、陽気にいこうぜ」ということを意味している)。こうした、ちょっとした知的な含蓄のある言葉遊びや造語を全面に出してきているところなど、実に児玉雨子テイストがはっきりと感じられる一曲である。しかしまた、こうした知性がきらりと光るような楽曲(歌詞)の造りにあまりピンとこない人でも無条件に上がれるのが、山崎あおいの手がける楽曲(歌詞)の特徴でもある。
そんな山崎あおい関連の楽曲のうちでも、ここ最近ではかなりダントツの傑作といえそうな出来栄えなのが、ハロプロ研修生の「バブってらんない夢がある!」である。二〇二六年一月の冬のハロコンで初披露された研修生の新しいレパートリーである。曲調は、どこか横浜銀蝿の「ツッパリHigh School Rock'n Roll」やアラジンの「完全無欠のロックンローラー」あたりを思い起こさせる、バリバリにポップなロックンロール(ポップンロール)歌謡。冒頭は「お子ちゃまちゃましないでヤダ」とラップ調で始まり、「それな」の合いの手の繰り返しとともに怒りと不満の感情のテンションが上がってゆき、それとシンクロして曲のピッチも早くなり、ヴォルテージが高まったところで「超見くびってない?」のセリフを合図に研修生の反抗期ロックンロールが大噴火するという展開。そして、その直後の振り付けで、いきなり研修生たちが一斉に膝を入れてくるのである。いまだかつて、こんなにもヴァイオレントでデインジャラスな研修生曲があっただろうか。この曲には、本当にはっとさせられるような仕掛けが幾つも仕込まれている。そんなはっとさせるような反抗期のお子ちゃまの波立ちさかまく嵐のような感情を、山崎あおいは、実に巧みにエンタメ感あふれるジェットコースターのような歌詞にまとめ上げている。この年頃、この世代というのは、いつの時代も変わらないものなのだなと思わせる、完全無欠のエヴァーグリーンな匂い(スメルズ・ライク・ティーン・スピリット)が曲全体からムンムンと立ち上っている。そして、クライマックスでは「カタカナの職業、イマどき普通だよ」なんていうセリフが、本当にすさまじいまでの破壊力をもって響くのだから堪らない(ハロプロ研修生が夢見るカタカナの職業とは、もちろんアイドルである)。この曲、今、山崎あおいが、本当にのりにのっている作家であることが端的なまでにわかれてしまうような一曲なのである。また、見るからに生意気盛りであった杉原明紗や鈴木もあといったメンバーが、すでに研修課程を終了しモーニング娘。'26に加入していることから、更なる新メンバーを迎えて世代交代した「バブってらんない夢がある!」が、これからは炸裂してゆくことになるのであろう。そちらも非常に気になるところである。できれば、研修生を経ずにBEYOOOOONDSの新メンバーとなった杉山結菜が「超見くびってない?」から強烈な膝蹴りをかますところを一度ぐらいは見てみたい。
通常の感覚であるならば、「盛れ!ミ・アモーレ」の最後のパートとて、スペイン語の「オレ!」という掛け声をもじったような「盛れ!盛れ!」の連呼になりそうなところを、山崎あおいは「エム!オー!アール!イー!」と「モア(盛れ)」をアルファベットの一文字一文字に分解して叫ばせるのである。このちょいダサだが、何かよく意味はわからないけど破れかぶれの盛り上がりを生みそうな言葉のチョイスは、やはり感覚的な冴えのなせるわざなのであろうか。また、研修生たちには「バブってらんない夢がある!」のサビで、「グロー・グロー・アップ(ヘイ!)」なんて連呼させるのである。絶賛成長期真っ盛りの研修生が「グロー・グロー・アップ(ヘイ!)」と歌うのだから、これはもはやちょいダサを通り越して、逆にすごくおもしろく聴こえてくる。こうしたひと味違うワード・センスには、本当に唸らされる。この絶妙なダサさおもしろさ、山崎あおいはそこのところをわざと狙ってやっているのだろうか。どうも、そこには意識的なのか無意識的なのかよくわからない(スーパーナチュラルな)したたかさのようなものすら感じ取れたりもするのである。この言語感覚の何とも言えないダサさ、言葉遣いの何とも言えないベタさ、そしてその何気ない言葉が内に蔵している誰の内面にも響くであろうある種の大衆性/庶民性のあるインパクトのようなものが、山崎の歌詞の特徴だと言えようか。そこらへんが、児玉の歌詞にはあまり表立っては出てきていない部分であるのかもしれない。やはり、どこか雨子先生は知的でシュッとしていて優等生的であり教科書臭が常にしているのだ。でも、そここそが雨子先生らしさでもあり、先生の歌詞のおもしろさにしておもむき深さでもあるのである。どう考えても、「グロー・グロー・アップ(ヘイ!)」のような歌詞は、雨子先生の頭の中から出てくることはないだろう。
四
変なラテンこそがハロプロのラテンである(※意見には個人差があります)。ハロプロのラテン曲には、ちょっとどうかしているようなラテン曲が多いのだ。そういう意味では、「盛れ!ミ・アモーレ」というのは、かなり例外的な、とてもラテンらしいラテン曲なのである。どうかしているハロプロのラテン曲の中でも、かなりどうかしてしまっているラテンをかましてくれる一曲が、Berryz工房の「スッぺシャルジェネレ〜ション」である。「スッぺシャルジェネレ〜ション」は、二〇〇三年三月三十日にBerryz工房の六作目のシングルとしてリリースされた。インストゥルメンタル・ヴァージョンを聴くと即座にわかることだが、この曲のベースラインは異常なまでにうねっていて、凄まじい鬼のようなラテンのグルーヴを生み出している。ビートは、高速の四つ打ちテクノ調であるのだが、基本的に「スッぺシャルジェネレ〜ション」はラテン調であり、形式的にはサンバである。重層的かつ切分音的なパーカッシヴなダンスのリズムに、カルナバルな気分を盛り立てるシェイカーなどによる細やかな振り物の刻みが散りばめられ、非常に印象的な打楽器のうなる響きが疾走する。冒頭いきなりの大合唱となる「スッ!ぺ!スッぺシャルジェネレ〜ション」と曲のタイトルをコールするイントロがあり、そこから第一ヴァースの歌が入る直前の一瞬の間、そのビートもベースも管楽器もやむ一拍の静止のところでカウベルのような非常に乾いた打楽器の音が鳴る。この一瞬の「コン」に、すさまじく「スッぺシャルジェネレ〜ション」のサンバが感じられる。
元Berryz工房の夏焼雅が参加したM-lineのライヴで「スッぺシャルジェネレ〜ション」が歌われた際の映像がある。ここで、この日の参加メンバーであった元モーニング娘。の佐藤優樹が、イントロ後そして歌前の一瞬に入る「コン」という打楽器の音に合わせて、素早く首を小さく斜めに振ってかしげるようなアクションをしている様子を確認することができる。これは動画のコメント欄でも指摘されていることだが、なかなかこの細かな一つのリズムにまで反応してノッてくる人というのはいない。ましてや、ちょうど歌に入る直前なのである。ただ、これはイントロ部の最後の一拍なので、ラテンの起伏ある流れるようなグルーヴを考える上では、決して蔑ろにできない一拍だといえる。この「コン」という最後の一拍にしっかりノッてゆかなくては、歌い出しの「どうたらこうたら」の一拍目のグルーヴにうまくつながらないのである。そんな「コン」に(意識的にか無意識的にかはよくわからないが)しっかり反抗しているあたりが、佐藤優樹が音楽的な天才だと言われる所以なのであろう。ラテン〜サンバのノリ、そのグルーヴ感が、完全に身体感覚として染み込んでいる証拠である。
「スッぺシャルジェネレ〜ション」では、「余所見なんて許さないわよ」程度であったものが、「盛れ!ミ・アモーレ」では、ありのままではない「現実以上」に「盛れ」た「一番の私を見て」と歌われている。たった約二十年ほどの時代の変化で、ここまで見られることの感覚が変化してしまっていることは、非常に興味深い。美意識や自意識の変化というか、ありのままではもはや美にはほど遠くて、そのままのそのものの本質ではもはや真であることにも足りないとこうことなのであろうか。リアリティのヴァーチャル化が凄まじいほどに進んでいるとも言えるだろうか。現代の真善美についてを、あらためて考えさせられる。
だがしかし、「スッぺシャルジェネレ〜ション」というのは、一体どのようにスッぺシャルなジェネレ〜ションなのだろうか。Berryz工房の母体となった十五人からなるハロプロ・キッズは、一九九一年から一九九六年という主に九十年代前半の五年間に誕生したメンバーたちによって構成されていた。「スッぺシャルジェネレ〜ション」がリリースされた当時、Berryz工房のメンバーはまだ中学生と小学生であったのである。つまり、昭和が終わり、平成が始まった頃に生まれた、小中学生のキッズたちがBerryz工房であったわけで、そんなキッズたちが「スッぺシャルジェネレ〜ション」と歌っていたわけである。元号が昭和から平成に移り変わり、賑やかで騒がしかった八十年代が終わり、九十年代という新しい時代を迎えた、あの大きな時代の節目を経た後に生まれた若く新しい世代であるので、ハロプロ・キッズたちには、何かとても「スッぺシャル」な感じが実際に感じられるようなところがあったのだった。Berryz工房の最年少メンバーの菅谷梨沙子はまだ九歳になったばかりであったが、文字通りに「スッぺシャルジェネレ〜ション」だと感じさせるようなアウラというか雰囲気のようなものを明らかに持ち合わせていた(まだ背は小さかったけれどどこか悟ったような落ち着いた雰囲気があった菅谷梨沙子は、小学生の頃から妙に貫禄があったのである。八歳で主演したドラマ「湘南瓦屋根物語」での演技(怪演)は、今でも語り草となっている)。
ベルリンの壁が崩れて、東西冷戦が終わり、全世界的にこれまでとは違う新しい時代がやってきたという時代の気分の中でこの世に生まれてきた世代。それが「スッぺシャルジェネレ〜ション」であった。その頃、わたしたちは東京の地下のナイトクラブの薄暗いダンスフロアでハウス・ミュージックやデトロイト・テクノの四つ打ちのビートやベースラインが爆音で鳴り響く中、何かに取り憑かれたようにダンスに明け暮れていた。そんなダンスフロアの薄暗さの中であっても(いや、であるからこそ、であったのだろうか)、九十年代以降の輝かしい未来につながる新しい時代の到来というものを感じ取ることができていたから。そのダンスフロアで大音量で鳴っているその週に東京の輸入レコード店の店頭に並んだばかりの新曲のダンス・ビートは、同じようにニューヨークやロンドン、そして世界中の都市の狭く薄暗いダンスフロアで爆音で鳴り響いているであろうし、その曲に歌詞はなかったとしても、世界中のダンスフロアでその曲で同じようにダンスしている若者たちは、きっと同じような感情や思いを胸に抱いて、同じようなイメージを頭の中に思い描きながらステップを踏んでいるに違いない、と思えていた。わたしたちは、そんな新しい時代のダンスフロアで、それまでの時代に人々を隔てていた壁がなくなった(ブリング・ダウン・ザ・ウォールズ)、平らになった世界や言葉を越えて通じ合える世界を感じていたのである。そこから見える景色の先には、間違いなく、輝かしい未来があると、その時は、信じることができていたのである。だが、そんな風にかなり無邪気に輝ける未来を信じることができていたのも、やはり九十年代の前半ぐらいまでであった。ちょうど、ハロプロ・キッズのメンバーの大半が生まれた時期である。バブルの崩壊の影響がようやく実体経済にも暗い影を落とし始め、阪神淡路大震災が起こり、カルト宗教による地下鉄サリン事件のような無差別テロがあり、(その間にも東欧の紛争は続いていて、湾岸戦争は中東の不安定化という火種を残していた、)輝かしいはずの未来はみるみるうちにくすんでいってしまった。
未来がちっとも明るく見えてこない時代に生まれ育った「スッぺシャルジェネレ〜ション」は、現在三十代となっている。バブル崩壊後の失われた三十年とよくいわれるが、失われた三十年こそが「スッぺシャルジェネレ〜ション」がこれまでに生きてきた時代そのものであった。本当に厳しい時代を生きてきたのだと思う。生まれてこのかた一瞬たりとも世の中が前向きにぱっと明るくなるようなことはなかったのであろうから。だが、そんなこれまでにいいことがちっともなかった三十代になった「スッぺシャルジェネレ〜ション」が、いよいよ動き出している。二〇二六年二月八日に行われた第五十一回衆議院議員総選挙にて、三十代の投票者のうち四割近い人々が、高市早苗総裁率いる自民党に投票したのである。要するに、まだほとんど何もしていない高市政権に信任の票を投じたということである。これまで高齢者を中心に支持されていて、若者にはあまり人気がなかった自民党を、いわゆる「スッぺシャルジェネレ〜ション」が推し始めたのだ。これまでの三十代の投票と比較すると今回の総選挙では倍増していたという。これはやはり、鬱々と失われた三十年を生きてきた「スッぺシャルジェネレ〜ション」が、憲政史上初の女性総理となった高市早苗という存在に何か一筋の光明のようなものを見出したということなのであろうか。ずっと失われた三十年を生きてきた反動で責任ある積極経済とサナエノミクスこそが新時代への救世主であるかのように見えてきたということなのであろうか。もしかして、もう「スッぺシャルジェネレ〜ション」は、ちっともスッぺシャルではなくなってしまったのか。これが、見果てぬ夢を見て一縷の希望を後生大事に持ち続けるよりも、現実をしっかりと見る現実路線というものなのか。政治や社会を入れ物ごと大きく変えてしまうよりも、色々と問題含みであっても自民党の政治の方がいいということか。「スッぺシャルジェネレ〜ション」とは、これまでの失われた三十年とは異なる何かまったく新しい革新的なものを求めながらも、何もかもが根底からくつがえってしまうような大きな変化には及び腰になってしまう世代なのか。生まれながらに白けている世代ではあるけれど、映えたいし盛れたくもあり、運命を信じたい。それが「スッぺシャルジェネレ〜ション」なのである。だが、せっかく投票して支持したのにもかかわらず、今もうすでに高市早苗によって「スッぺシャルジェネレ〜ション」は裏切られつつある。責任ある積極経済とサナエノミクスの先に日本のブランク・ジェネレーションにとっての輝かしい未来が見えてきそうな気配はさっぱりない。ただし、そんなスッぺシャルな世代であるはずの「スッぺシャルジェネレ〜ション」が、その本来的なスッぺシャルさを取り戻すことができた時、本当の意味で、時代も、未来も、またきっとスッぺシャルに輝き出すことになるのではなかろうか。
だが、そんな今や三十代となった迷える「スッぺシャルジェネレ〜ション」にとっても、聴くだけでスッぺシャルな処方箋となるであろう楽曲が、もうすでにしっかりと用意されている。そういうとこがハロプロの結構すごいところである。二〇二五年十二月十日リリースのBEYOOOOONDSのアルバム「BEYOOOOONDS 3rd」(前述の「Do-Did-Done」も収録)において発表された「ポジティブプログラム」がその曲である。王道のハロプロ様式のディスコ・ポップ曲であり、勿論ばりばりのダンス・クラシックスからの引用もふんだんに盛り込まれている。この、まさにシェイク・イット・アップな上がる楽曲を手掛けているのは、今やハロプロのギャンブル=ハフといえるような強力コンビになりつつある西野蒟蒻と星部ショウ。そこでは「やば星のもと生まれ落ちても/トラウマどもが吠え続けても/不幸を幸に一発変換してみせるよ」という歌詞が歌われている。「スッぺシャルジェネレ〜ション」が失われた三十年の間に蓄積させてきたネガティヴィティをくるっと逆転させてポジティブに一発変換してしまうプログラムが、「ポジティブプログラム」ということなのである。そして、その「どんな理不尽だらけの/未来も解釈次第信じたい」という歌詞は、かつて「運命を信じたい」と歌っていた「スッぺシャルジェネレ〜ション」が、「ポジティブプログラム」によって未来は解釈次第であると思えるようになるまでに一発変換されるのだということを、まさに物語っている。「ポジティブプログラム」によって、「スッぺシャルジェネレ〜ション」は「無理矢理でも/希望語る」ようになってしまうのである。その上で、やっぱり「池袋/過ぎたって/この愛は/え・い・え・ん」なのだ。「スッぺシャルジェネレ〜ション」が「Yes! POSITIVE」となって、時代も未来も環状線のようにぐるぐる巡りスッぺシャルに輝き始めることになるのである。
追記
西野蒟蒻と星部ショウの共作曲といえば、やはり今ならばもうとりあえずはこれに触れておかなくてはなるまいて。デカビートの「ワッチャ☆フューチャー」である。デカビートは、デカボ(脱炭素)アクションを推進するためのプロジェクトのために結成された特別ユニット。メンバーは、現在活動中のハロプロの七つのグループから各一名ずつが選抜されている。まさに、現行のハロプロにおけるフレッシュ・オールスターズ的な多彩で溌剌とした顔ぶれとなっている。二〇二六年三月十日、「ワッチャ☆フューチャー」のMVが発表され、ユニットの全貌が明らかになった。デカボ(脱炭素)アクションを通じて、地球の未来について考えることをテーマにした楽曲であるわけだが、もはやそんなの国の政策レヴェルの取り組みではあるものの、あまり畏まらずに、そこはハロプロらしく弾けに弾けて弾けまくるようなディスコ・サウンドで日常の中で無理なく楽しく環境に貢献する行動(デカボアクション)というものを見事に表現しきってみせてくれている。そして、そこで西野蒟蒻と星部ショウのコンビの仕事が最高に輝いているのである。クール&ザ・ギャングやシックを思わせるホーンやカッティング・ギターを盛り込んだオーセンティック・ファンキー・マナーのノリを、MFSBのような大らかなストリングスをあしらったディープなディスコ・グルーヴで包み込み、そこにデカビートの七人のフレッシュでノリノリなキレのある歌唱を合体させる。このハロプロの魂(ソウル)と(シティ・オブ・ブラザリー・ラヴ)フィラデルフィア・サウンド的なものの融合が、輝かしい未来を垣間見させるような現代版のフィリー・ソウル・ダンサーを生み出してしまっているところに、デカビートの「ワッチャ☆フューチャー」という一曲の凄さは極まる。もしかして、このコンビは、本当にハロプロのギャンブル=ハフなのではなかろうか(ギャンブル=ハフ風にいえば、コンニャク=ショウか)。ポスト・トランプ、ポスト分断の時代には、共同体の復権、コミュニティの再建、人間の再生、社会の再生などが、喫緊の課題となってくるだろう。すると、そこでは、やっぱり、かつてのあの時代のギャンブル=ハフによる兄弟愛、人類愛、隣人愛、人間讃歌の思想が込められたエヴァーグリーンな美メロ音楽といったものが、再び大きな注目を集めることになってくるに違いない。「ワッチャ☆フューチャー」は、そうした来るべき時代の魁のような一曲である。おそらく、このようなフィリー・サウンドとハロプロの接点のようなものもまた、これからの時代の音楽の中で、さらにさらに重要な意味を帯びてくるはずである。そこで西野蒟蒻と星部ショウのコンビは、さらなる名曲を生み出してゆくことになるのだろう。「ワッチャ☆フューチャー」という輝かしい未来のその先にあるものとは何なのか、期待は高まる。
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「働き人がその報いを得るのは当然である」キリスト(ルカによる福音書 10:7)