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久米ちゃんと、ネコ族だった私たちへ


――同じ時代を生き、同じ速度で老いていく者からのオマージュ――


なぜ、今、この文章を書く必要があるのか。
それは、最近、同じ世代の名前が、静かに、
しかし確実に、「過去形」になっていくからだ。


 
訃報は、かつての“スター”や“有名人”だけのものではなくなった。


同じ空気を吸い、同じ時代の渦をくぐり抜け、
同じように若さを消費し、夢を抱え、仕事に身を削ってきた人たちが、少しずつ、こちら側の世界から退いていく。


 
そのたびに思う。
これは、誰かの物語ではない。これは「私たちの時代」が、静かに幕を下ろし始めている合図なのだ、と。だから、この文章は、追悼ではない。


別れの言葉でもない。
同じ時代を歩いた“ネコ族”から、もう一匹のネコ族へ送る、静かな合図である。



四十年以上前。
私は、日本大学芸術学部・放送学科にいた。
あの頃の放送業界は、まだ形を持たない海のようで、正解も、成功のモデルも、どこにもなかった。


校舎の廊下には、未来の名もなき才能と、
少し危うい匂いのする大人たちが、同じ空気を吸っていた。

 
誰もが、まだ何者でもなく、
そして、何者にもなれる気がしていた。
私はやがて、インテリアという道に進み、空間をつくる仕事を始めた。人の暮らしに、静かな居場所を用意する仕事だった。

 
そんなある日、
私の事務所に、一本の話が舞い込んだ。
オフィス21の社長が所有する、逗子にある別荘のリノベーション案件。



その背後にいたのが
――久米宏。まだ“伝説のキャスター”になる前の、ただの一人の、少し風変わりな男だった。


 
私たちは、正面から言葉を交わしたわけではない。だが、確かに、同じ時代の、同じ渦の中にいた。それで、十分だった。


猫は、群れない。
だが、同じ屋根の下にいる気配は、ちゃんと感じ取る。久米ちゃんも私も、あの時代の“ネコ族”だったのだと思う。



久米宏という人は、正義を振りかざす人ではなかった。怒鳴らない。説教しない。答えを与えない。


ただ、「ここに、違和感がある」「ここに、考える余地がある」そう、静かに差し出す人だった。

 
テレビという、本来は“騒がしい窓”の前で、
彼は、考えるための“静けさ”を残そうとした。


死刑囚の死に顔をめぐる、あのエピソードが象徴しているのは、正しさの勝敗ではない。



放送倫理も、視聴者への配慮も、どちらも、間違ってはいない。それでも、久米ちゃんは言った。「視聴者には、知る権利がある」

 

彼は、見せることも、隠すことも、どちらの重さも知った上で、“存在していた事実”だけを、視聴者に返した。それは、英雄の振る舞いではない。

 

猫が、窓の外をじっと見つめ、「何かが起きている」とただ尻尾を動かすような、そんな在り方だった。



今、同世代の人間が、次々と去っていく。
名前を聞けば、「ああ、あの人もか」と胸の奥が、少しだけ沈む。誰もが、あの渦の中で、
それぞれの場所を見つけ、それぞれのやり方で、生きた。

 
テレビの前に立ち続けた者もいれば、
空間をつくり続けた者もいる。
だが、共通していたのは「群れない」という性質だった。



時代に迎合せず、
しかし、時代から逃げもせず、ただ、自分の場所で、見続けていた。それが、ネコ族の生き方だった。



久米宏は、時代を変えたのではない。
ただ、“考える余白”を、奪わせなかった。
それだけだ。


だが、それがどれほど難しいことかを、私たちは、今の時代に生きて、ようやく知り始めている。

 
声の大きなものが、
正しさを独占し、沈黙が、美徳のように扱われる世界で、「考えていい」と言い続けること。



それは、革命よりも、ずっと孤独な仕事だ。
久米ちゃんは、それを、毎晩、淡々と、続けていた。



これは、追悼ではない。
同じ時代を、同じ温度で生きた、ネコ族からネコ族への、静かな合図だ。


「ちゃんと、見てたよ」「あなたの尻尾の動きは、こっちからも見えていた」それだけで、
十分なのだ。
私たちは、大きな声を出さなくてもいい。

 
ただ、窓のそばに座り、世界を、少しだけ疑いながら、見つめ続ければいい。
久米宏というネコが、そこに居た。
そして、私もまた、別の窓辺で、同じ時代を見ていた。それで、いいのだ。



このエッセイは、「久米宏」という実名を掲げながら、実は、“同じ時代を生きた私たち自身”への静かな確認のために書かれた。

 

私たちは、まだ、ここにいる。
そして、まだ、見ている。
それだけで、十分に、ネコ族なのだ。
 

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